18話 赤ずきんの結末
かなり長いです。
「やけにご機嫌じゃないか」
部屋に戻ると先に帰っていたゼゾッラが俺を見てそう言った。
「そうか?いつも通りだろ?
それよりゼゾッラは調べ物は見つかったのか?」
俺がそう聞くと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、無事に見つかったよ。
私もとても有意義な時間だったね」
といつも以上に楽しそうにしている。
「なんだ、ご機嫌なのはゼゾッラの方じゃないか。
さ、明日もあるしもうそろそろ寝るか」
「そうだね、イナバももう寝てることだし」
と言って当たり前のように俺のベッドに入ってくる。
「うん?何だか違う女性の匂いがするようだが?」
「あ、ああ。
村に来る前にキャンプしてた一団がいただろ?
あそこの動物とイナバが仲良くなってな。
そのツテで俺もあの時いた女性と話したからそのせいじゃないかな?」
俺がそう言うとゼゾッラはクンクンと俺の身体の臭いを嗅ぎはじめた。
「おい、やめろよ」
「やましい事がないならそんなに気にしなくてもいいだろ?」
「いや、全身臭いを嗅がれるのは嫌だと思うぞ」
「そんなものかね?
それよりもちょっと話しただけにしては体全体から別の女性の匂いがするねぇ。
特に」
ゼゾッラは俺の唇に人差し指を当てる。
「ここから強い匂いを感じるね」
俺はその手を掴んでグッと押し返す。
「いい加減にしろよ。
それ以上しつこいとベッドから追い出すぞ」
俺がそう言うとゼゾッラは笑いながら俺の背中に顔を寄せる。
「分かった、これ以上は言わないさ。
それに私は別に気にしてはいないんだよ。
最後に私のところに戻ってきてくれさえすればいいんだからね」
そう言ったと思ったらすぐに寝息を立てはじめた。
俺はドキドキと高鳴る胸を押さえながら眠りにつく。
この胸の高鳴りの原因が乙女のものなのか、それともゼゾッラのものなのか分からないままに」
深夜、草木も眠るほどに静寂とした世界の中で突然叫び声が聞こえた。
「お、お、お、オオカミだー!
みんなオオカミが出たぞーーー!!」
俺たちは突然の叫び声に眼を覚ます。
しかし、脳が覚醒してくるといつものイタズラと理解した。
「やれやれ、こんな夜中にまでイタズラするとは性質の悪い子供だな」
俺は近くの灯りを点けながらみんなに言った。
その間にも
「オオカミが出たんだー!!」
「今度は本当なんだ!
誰か助けてくれ!!」
と言った声が聞こえていた。
更にその直後に扉を開けて廊下をバタバタと走る音が聞こえた。
「乙女達もまた騙されることになるのに放っておけないんだから大変だな」
俺がイナバにそう言うと彼女は何か考え込んでいた。
そして俺の方を見て話しかけてくる。
「シャルルさん、これはおかしいですよ。
私は村で聞いたんです。
嘘つき少年が叫ぶのは昼間だけだと。
夜に叫んで睡眠を邪魔しないことだけはマシだと」
「そ、それは今までの話でみんなが騙されなくなったからイタズラの趣向を変えたとかじゃないのか?」
「いや、それにしては声が必死すぎる。
これは本当にオオカミが出たのかもしれない。
どうする、シャルル。
確かめに行くかい?」
ゼゾッラに問いかけられて考える。
頭に浮かぶのは乙女の顔。
彼女達とオオカミとの因縁に俺が同行してやれることはないかもしれない。
でも、動かずにはいられなかった。
俺は扉を開けて宿を飛び出していく。
「私も行きますよ。
三男さんと末っ子さんが気になりますからね」
「もちろん私もだよ。
君と私は一心同体だからね」
一人と一匹もそう言ってついてきてくれる。
「多分、村の入り口の方だ!
行くぞ!!」
こうして俺たちは叫び声のする方へと向かっていった。
入り口に到着すると嘘つき少年が半狂乱になりながら叫び続けていた。
「おい、しっかりしろ。
何があったんだ」
俺が肩を掴むと嘘つき少年はハッと我にかえる。
「あ、ああ。
オオカミが・・・本当にオオカミが出たんだ。
俺は必死に叫んでみんなに助けを求めたけど誰も来てくれりゃしない。
俺の羊は全部オオカミに食われっちまった」
「女性と子山羊と子豚がここに来なかったか?」
「ああ、それならさっき来たよ。
逃げたオオカミを追いかけてあっちの方へ向かっていった」
俺は嘘つき少年が指差した方向を見る。
「分かった、お前は村に避難してろ」
俺はそう言うと先程の道へと向かっていった。
道の先では硬いものがぶつかり合う音や銃声が聞こえる。
俺が急いでそちらに向かうと戦いは既に終わりかけていた。
オオカミがうつ伏せに倒れている。
足には糸がグルグルと巻きつき、投げ出された手にはレンガが無数に積み重ねられていた。
乙女は身動きの出来ないオオカミの背中に馬乗りになり、頭に猟銃を構えていた。
「終わりだ、オオカミ。
私のお婆さんと三男の兄達。
それに末っ子の家族の仇を取らせてもらう」
乙女が猟銃の引き金を引く。
猟銃から発射された弾はオオカミの頭に吸い込まれ弾けさせた。
そのせいで血がビチャビチャと飛び散り、密着していた乙女に降りかかる。
それでも気にせずに何度も引き金を引く乙女。
その度に血が吹き出し、乙女の全身を赤く染め上げていく。
そう、俺が買って渡した白いケープも。
「乙女、それくらいにしとけ!
もう完全に死んでるよ!!」
俺が乙女に声をかけたことで彼女はやっとこちらに気付いたようだ。
「あ、シャルル!
見てよ、やっとオオカミを倒せたんだ。
これで私達先に進めるよ」
嬉しそうに立ち上がる乙女。
赤く染まった彼女のフードを見て俺の中にある言葉が浮かんだ。
「・・・赤ずきん」
「う、うわあああああ!」
俺がそう呟いた瞬間、乙女は頭を抑えて蹲る。
「おい、大丈夫か?
しっかりしろ、乙女」
「なに、この頭に入ってくる記憶は?
赤い頭巾を被った私がお婆ちゃんの家に行って。
そして、そして・・・オオカミに頭から齧られていく。
いやあああああああああ!!」
「おい、しっかりしろ。
どうしたんだよ、オオカミは倒したんだろ?」
俺は乙女の肩に手をかけて声をかけるが全く反応しない。
そして変化はそれだけではなかった。
この場にいる俺たち以外の人物の身体が全員透け始めてきていた。
「やっと兄達に会える」
「お母さん、兄さん達。
いま会いに行きます」
三男と子山羊はそう言うと完全にその場から消えてしまった。
更にオオカミの姿も無い。
乙女の姿も今にも消えそうなくらい薄くなっていた。
「いや、戻りたくない!
こんな結末望んでたわけじゃない!
私はただお婆ちゃんと静かに暮らしたかっただけなの!!」
その言葉を最後に乙女は消えてしまった。
俺は誰もいなくなった場所を見つめながらゼゾッラに尋ねる。
「なぁ、乙女の物語は一体なんなんだ?
最後はどうなるんだ?」
「彼女は恐らく黒い森の乙女という話の主人公だったのだろう。
最後はオオカミに食べられて終わるのだが、その前に裸でベッドに来なさいと言われるなどセンシティブな内容だった。
しかし、最後の姿は・・・」
「赤ずきんという話は分かるか?
彼女を見たら唐突に浮かんできたんだ」
「黒い森の乙女を編集して物語にしたものさ。
主人公に赤いフードを被せ、センシティブなシーンを除いた事くらいで内容は変わらない。
最後はオオカミに食べられて終わりさ」
俺はその言葉で全身の力が抜ける。
「なんだよ、それ。
彼女はオオカミに関わらなかったから生きていた。
でも、オオカミが出てきて本来の童話に修正されたから死んだってことかよ。
全部、全部無駄じゃないか!!」
俺は泣きながら地面に拳を叩きつけた。
もう一回殴ろうとした手がゼゾッラによって止められる。
「大丈夫、無駄じゃないさ。
彼女は赤ずきんになったのだろう?
今は最後が死ぬエンディングになっているが時期に変わる。
別の人間がこの話を編集した時に猟師がオオカミの腹を裂き、赤ずきんとお婆ちゃんは助かるという話にね。
シャルルがあげたケープは時期に彼女の命を救う。
安心するといい」
「彼女は本当に助かるのか?」
「ああ、もちろん。
先にこちらの話をすれば良かったね」
「そうか、俺のあげたケープのお陰で助かるのか。
ハハッ、良かった。
その話を変えずに胸糞悪い結末のままにした編集者め、ざまあみろだな」
そこで夜中に叩き起こされて走り、精神が掻き乱されたショックなのか俺は気を失ってしまった。
何故ゼゾッラが乙女にケープをあげた事を知っていたのか?
その事を疑問に思わないままに。
長文読んでいただきありがどうございます。
これで赤ずきん+α編終わりと見せかけてもう少しだけ続きます。
次回はこの事件の裏でゼゾッラが何をしていたかの話になります。




