13話 ヘンゼルとグレーテル (偽書)
ヘンゼルとグレーテルが森の中を歩いている。
「ねぇ、お兄ちゃん。
パン屑が無くなってるよ」
「森の動物たちに食べられてしまったんだろう。
大丈夫だ!
必ず僕が家まで帰すから」
「でも、家に帰ってもまたお母さんが・・・」
「・・・どうにかするさ」
よく見ると彼らはパンを持っていた。
しかし、それを食べようとはしなかった。
「このパンも怪しいと思ってその辺りにいるリスで試して良かったね」
「ああ、僕たちに死んでほしい母さんがパンを与えるなんておかしいと思ったんだ。
まさか毒入りのパンだなんて・・・また帰ってくることを危惧して確実に殺そうと思ったんだろう。
でも、気付いてしまえば何かの獣に襲われた時の対策になるんだからな」
2人はそんなことを話しながら当てもなく歩いていた。
しばらく進むと森の中に一軒の家を見つけた。
「助かった!事情を話して今日はあの家に泊めてもらおう」
「うん、お兄ちゃん」
兄妹がドアをノックすると中から優しそうなお婆さんが出てきた。
「おやまあ、こんな夜遅くに幼い子供2人なんてどうしたんだい?」
2人が事情を話すと彼女は優しげな笑顔で2人を迎え入れた。
「そういう事情なら幾らでもこの家にいると良いよ。
私は森の魔女。
だけど怖がらないで良いのよ。
この家には2人のように親に捨てられたり死別したりで孤児になった子達もたくさんいるからね」
2人が部屋の中に入るとたくさんの子供たちが2人を迎え入れてくれた。
彼らは新しい家族になるかもしれない者たちに喜んでいた。
そんな中で2人の兄妹だけは冷めた目つきで辺りを見回していた。
2人は周りに聞こえないくらいの小さな声で話をする。
「ねぇお兄ちゃん。
ここ食べるものが沢山あるよ。
それに財宝もたっくさん。
これだけあればお父さんが無理して働かなくて良くなるんじゃないかな?」
「母さんと僕らがいる限り父さんは無理するだろうからね。
どうにかここの物を持ち帰れば父さんも楽が出来るな」
この時点で2人の頭の中にはここで一緒に住むという選択肢は無かった。
2人の頭の中には魔女たちをどう出し抜いてここにあるものを奪い去るか、それだけだったと言えるだろう。
結局その日は温かい食事を与えられて就寝した。
翌日、まだ子供達が寝入ってる早朝に魔女は起き出して朝食の準備を始める。
その様子を既に起きていた兄妹は確認していた。
そして彼らは動き出した。
この家の食料と財宝を全て奪い去るために。
始めにグレーテルが起きて魔女に手伝いをすると名乗り出た。
魔女は幼いながらに恩を感じて頑張ろうとしているのだろうと微笑ましい気持ちで了承した。
しばらくすると沢山の子供達の料理を作る釜の中に大事なものを落としてしまったとグレーテルは訴えた。
魔女はどれどれと釜の中を覗き込む。
その時、今まで様子を見ていたヘンゼルが魔女の背中を思いっきり押した。
そのまま釜の中に落ちていく魔女。
その直後にグレーテルは鍋に火をつける。
「ひいいいい、誰か助けておくれえええ」
鍋は大きく深かったために魔女は溺れた。
更に火をつけて煮込まれていき熱くて苦しくてパニックになってしまった。
結果、魔女は鍋で煮込まれて死んでしまった。
「上手くいったね、お兄ちゃん」
「そうだな、グレーテル」
作戦の成功を喜び合う2人。
そこには罪悪感などカケラも存在していない。
次に2人が行ったのは食卓の準備だ。
鍋を適当によそい、テーブルに一口サイズにちぎったパンを置く。
子供達がゾロゾロと起きてくる。
「あれ?お婆ちゃんは?」
と問いかける彼らに2人は食卓の支度だけして出かけていったと嘘をつく。
彼らはその言葉に納得して食卓に座る。
これが最後の晩餐になるとも知らずに。
子供達は先ずパンから手をつけた。
全員が一斉にパンにかじりつく。
その直後に子供達は血を吐きながら絶命していく。
そう、2人が食卓に出したのは母親から渡されたパンだったのだ。
「やったー!これでこの家は私たちのものだね!」
「それじゃ、早速食べ物と財宝を運び込もう!」
2人は荷車を見つけるとそこに食料と財宝を積めるだけ積んでいく。
ついでにこのあたりの地図も見つけたので無事に家に帰れそうだ。
「それじゃ、出発しんこー!!」
「おおー!」
2人は荷車を押して家まで帰宅する。
家に帰ると7日が経ち回復していた父親が出迎えてくれた。
愛する子供達との再会を喜ぶ父親に2人は喜びながらも説明をする。
母親が自分達を森に捨てたこと。
毒入りのパンを持たせたこと。
父のための薬を全部売り払ってしまったこと。
父は2人の言葉に激昂した。
そして、そのまま家に入ると母親を斧で惨殺してしまったのだ。
その後、父は遺体を井戸に投げ込んだ。
こうして意地悪な母親がいなくなり、金銀財宝を手に入れたヘンゼルとグレーテルは大好きなお父さんといつまでも幸せに暮らすのでした。
めでたしめでたし。
その言葉を最後に部屋に映し出された映像は終わりを迎える。
そのあまりに凄惨な無いように俺は言葉を発せずにいた。
「さっきも言ったがこれはあくまで可能性の話さ。
観測するまで結果は分からない」
「・・・だけど、この可能性もあるってことなんだろ?」
「そりゃ絶対に無いとは言えないさ。
何ならあの兄妹に直接聞いてみるかい?
君たちは善良なお婆さんを自分たちの生活の為に殺したのかい?ってね」
「そんなこと・・・出来るわけないだろ・・・」
「なら真相は闇の中さ。
いいじゃないか。
兄妹は父親と仲良く暮らし、森にいる財宝を持っていた魔女と兄妹を殺そうとした意地悪な母親はいなくなったんだ。
正に『めでたしめでたし』だ」
「・・・悪い、今日はもう寝る」
俺はどうにも納得が出来ずモヤモヤとした気分で床についた。
確かに字面だけならばめでたしめでたしだ。
しかし、その裏で無実のお婆さんや子供達が犠牲になっていると思うと気分が悪くなってくる。
それでも昼間からの疲れのせいかすぐに眠気はやってきた。
俺はその眠気に身をまかせるのだった。
「やり過ぎだったんじゃないですか?」
「まぁ、多少はね。
でも、私はシャルルに自分を取り戻して欲しいんだ」
「自分を取り戻す?
シャルルさんは長靴を履いた猫の主人公じゃないんですか?」
「そうだね。
彼が只のシャルルである限りそれは変わらない。
きっとこの物語を完成させないかぎり、彼は長靴を履いた猫の主役さ」
「きっとその先は私とは関係のない物語なのでしょうね。
答えてくれてありがとうございました」
「・・・最後に君にだけ一つ情報をあげよう。
魔女が悪逆な場合兄であるヘンゼルを肥え太らせて食べようと1ヶ月間監禁するんだ」
「一か月・・・あの兄妹は行方不明後2日目に帰ってきてましたよ」
「まぁ、つまりはそういうことさ。
この事はシャルルには内緒にしておいてくれ」
「不器用な優しさですね。
私はお二人に付き従うだけですから構いませんよ」
「ありがとう、それじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
「・・・・・・・・・ふふっ。
早く目覚めて私のためにガラスの靴とカボチャの馬車を拵えてね。
私の魔法使いの王子様」
〜ヘンゼルとグレーテル 捻じ曲げられた物語 完結〜
☆次回予告☆
レンガ持つ子豚。
鋏と糸を持つ子ヤギ。
猟銃を持った少女。
彼女達はある人物を探し追い求めていた。
とある村にたどり着いた時に少年は叫ぶ。
「狼が出たぞーーー!!」
同じ時期に村にたどり着いたシャルル一行。
彼らと少女達が出会う時、新たな物語が動き出す。
少女はシャルルの顔を見て呟いた。
「ペロー?」
次回
〜物語から消えた狼〜
童話とは各地の伝承を集めて人々が読みやすいようにまとめられています。
グリム童話など顕著で勧善懲悪になり教訓として聞かせられるように編集したというのは有名ですね。
編集作業では物語にする際に相応しくない部分というのは削られていることが多いです。
ヘンゼルとグレーテルの場合は全く逆のパターンの伝承があった為に、こちらで書いた話は採用されなかったそうです。
今後もそういう知ってみると意外だった話というのを盛り込みながら話を書いていけたらと思います。
次回は一つの童話ではなく、話の中で悪役にされることが多い狼に焦点を当てていきます。




