12話 ヘンゼルとグレーテル(本書)
翌日、幼い兄妹は姿を見せなかった。
俺は心配になり森に探しに行こうかと思ったが、ゼゾッラの二重遭難になるという言葉で大人しく待つことにした。
彼女は物語は間違いなく進行しているので心配する事は無いという。
そうして、1日が経ち2日が経ち、3日目に兄妹達は現れた。
それも元気になった父親を連れて。
「貴方が私を救ってくださった薬屋さんですか!
息子達も世話になったそうで、本当にありがとうございます」
父親はニコニコとした人の良さそうな笑顔で話しかけてきた。
その両手を兄妹としっかり握り合っている姿に俺の心はホッコリとしていた。
「いえいえ、お元気になられたようで良かったです。
2人とも良かったな!」
「シャルルさん、本当にありがとうございました」
「これでまた家族3人で仲良く暮らせるね!」
ヘンゼルとグレーテルも嬉しそうに言うが、俺はその言葉に引っかかるものを感じた。
(家族3人?父親と兄妹と・・・奥さんは?)
恐らく俺の顔にその疑問が出ていたのだろう。
父親が説明をし始めた。
「妻のことですよね?
彼女とは離縁しました。
息子達から聞いたのですが、妻は子供達を森に捨てようとしたとか。
更に私のためにと頂いた薬も全て売って現金に換えてしまったそうです。
貴方達がそれを見越して子供達に薬を渡してくれたお陰で私は助かったのです。
感謝してもしきれませんよ」
父親はそう言って俺の手を取り涙ながらに感謝を伝えてきた。
俺はその真摯なお礼に照れくさくなり、これ以上にこの話を続ける気にはならなかった。
「貴方がこうして無事に生きて家族仲良く暮らせるだけで俺たちも満足ですよ」
俺はそう言うが父親は頭を振る。
「いえ、こうして助けて頂いた恩を返さないのは人の道に外れます。
これは命のお礼としては少ないですが、どうか受け取ってください」
そう言ってズッシリと重い袋を渡してきた。
俺は何だろうと中身を見るとその中にはお金がギッシリと詰まっていた。
「こ、こんなに貰うわけにはいきませんよ。
渡した薬の相場としても精々この中の1割程度です」
「貴方達は私の命を救い息子達の助けになってくれたのです。
これを受け取って貰えなかったらこれからの人生でずっと心残りになるでしょう。
どうぞお受け取りください」
父親はどうあってもお金を渡したいらしく俺はしょうがなく受け取った。
「分かりました、これはお受け取りします。
しかし、貴方達にも生活があるでしょうからお金は無駄にしてはいけませんよ」
俺がそう言うとヘンゼルとグレーテルがニコリと笑う。
「それは心配いらないです。
実は僕たちは2回目に森に捨てられた時に金銀財宝を見つけてきたんです」
「魔女さんの家にあったんだよ!
悪い魔女さんはお兄ちゃんを食べようとしたから退治したの!」
2人は嬉しそうに言うが俺には何の話か理解できなかった。
「実はこの子達は捨てられて森を彷徨っていたそうです。
パン屑を目印として置いてきたそうですが、森の動物達に食べられてしまったそうで目印がなくなったのです。
しばらく彷徨うと魔女の家を見つけたんだと。
その魔女にヘンゼルが食べられそうになったのを、グレーテルが機転を利かせて魔女を竃に入れて退治したそうなのですよ。
その魔女の家には金銀財宝があり、それらを持ち帰ってきてくれたお陰で生活にゆとりが出来たんです」
父親の言葉になるほどと思った。
パン屑のせいで道に迷い、魔女の家で食べられそうになるも撃退。
兄妹達は宝の山を持って帰宅。
更に母親の悪行を語ることで父と母は離縁。
3人は幸せに暮らしましたとさ。
この流れがヘンゼルとグレーテルの話なのだろう。
その後も別れるまで感謝の言葉を述べる3人の家族を見送った。
宿に戻り俺は自分の考えをゼゾッラに話した。
「なるほどなるほど。
それがシャルルの導き出した物語か。
素晴らしい!
一部に差異はあるものの見事に後世に伝えられた通りの物語だ。
流石はシャルルだ。
君には物語を人々に分かりやすいように纏めて、時に捻じ曲げる才能があるよ!」
俺の考えを聞いたゼゾッラは褒め称える。
しかし、それは何処から演劇のように芝居掛かったものであった。
そんな芝居の中でも最後のセリフは聞き逃せない。
「物語を捻じ曲げる?」
「そうさ。
君はこの方が人に聞かせるのにいいと思ったんだろう?
魔女を悪者にすれば兄妹達は純真無垢な存在のままでいられる。
悪いことをした母親は離縁という罰を受けて舞台から退場する。
こうすれば子供達に聞かせられる物語になるからね。
この話を聞かされた子供達は思うだろう。
いい子にしていれば良いことが起き、悪い子にしていれば罰を受けると」
反論しようとする前に頭に痛みが走る。
各地の伝承を集める男。
その男は同じようで正反対の伝承を見ていた。
男によって片方の伝承は消され、もう一つの伝承が纏められて本になる。
その本のタイトルは***童話集。
そこで見えていたビジョンが無くなり頭の痛みが引いていく。
「何か見えていたのかな?」
「男が・・・伝承を集めていた。
似たようなものから一つを選んでまとめあげて本にしていたんだ。
本のタイトルは・・・ダメだ、思い出せない」
無理に思い出そうとすると再び頭が痛み出す。
そんな俺をゼゾッラは優しく抱きしめた。
「辛いなら無理に思い出さなくても大丈夫だよ。
きっと自然に思い出せる日が来るはずさ。
私はずっと側にいるからゆっくり思い出せば良いさ」
俺は彼女の温もりと優しい囁きにより少しずつ落ち着いていく。
「ああ、もう大丈夫だ。
・・・聞きたいんだが、俺の推測した話は真実じゃないのか?
それなら真実は何処にあるんだ?」
「それはヘンゼルとグレーテルにしか分からない話だよ。
でも、蓋を開けて見るまでは何が真実か分からない。
毒ガスで充満した箱の中に猫を入れて閉じ込めても、蓋を開けて中を確認するまでは猫が生きているか死んでいるか分からない。
私の能力『観測する猫』の意味と同じさ」
俺は何も言えずに黙ってしまう。
ゼゾッラの言いたいことは分かる。
だけど、俺には他の話など・・・。
「君なら分かるはずさ。
何せ一度聞いたことのある物語だ。
色眼鏡さえ外せばすぐに分かるよ」
色眼鏡を外す・・・そう言えばさっきゼゾッラは何といった?
魔女は悪者、兄妹は純真無垢・・・色眼鏡を外すということは魔女は良い人で兄妹は悪者。
魔女の家から手に入れた財宝。
消えた母親。
・・・まさか!?
「どうやら気付いたようだね。
それではここからは私の仕事だ。
『観測する猫』は瞬間移動するだけの能力じゃない。
観測して出てくる可能性を実際に映像で見ることが出来るんだ」
彼女がそう言うと部屋の景色が変わっていき森の中へと変わっていった。
「今宵語るはヘンデルとグレーテルの捨てられし伝承。
残酷すぎて伝わらなかった物語のカケラ。
どうぞ、最後までこの劇をお楽しみください」




