9話 幼い兄妹との出会い
ピノッキオを殺してから俺たちはすぐに村を後にした。
蘇る所まで確認したかったのだが、役目を終えた者達がいつまでもウロウロしているのは良くないという判断をしたからだ。
ピノッキオとの一件から俺とゼゾッラの関係に少し変化があった。
今までは彼女がベタベタくっついてきても何も思わなかったので邪険に扱っていた。
しかし、今はそれで安心している自分がいることを感じている。
「シャルルが嫌がることがなくて嬉しいね。
私はいつでも構わないよ」
シャルルは耳元でそんなことを囁くが俺にその気は無い。
これ恋心や愛情ではなく只の依存だ。
この狂った童話の中で磨り減った心の中に彼女が少し入り込んだだけ。
「シャルルさんは我慢強いですね!
ウサギのオスにも見習って欲しいですよ」
と俺たちを見ながらイナバは言った。
正直な話、イナバがこの旅についてきてくれて本当に良かったと思う。
ゼゾッラと2人だったなら俺は彼女の魔性の魅力に溺れていたかもしれない。
そんな風に少し距離感と心境に変化はあったものの旅は続いていた。
この時、世界の正体を知っても俺には旅を続けるという選択肢しかなかった。
それは長靴を履いた猫という童話に導かれていたのかもしれない。
いや、操られていたのかもしれない。
どちらにしても旅は続いていく。
そして、俺たちは新しい村に着き新たな物語に出会う。
そこで知ることになるのは物語とは誰かが作ったものだということ。
誰かの手が入った時点で物語はそのままの形ではなく、その人物の思想が入り捻じ曲げられるということだった。
いつも通りに宿を取り露天の薬売りを始める。
ここでもウサギ印の薬はとても評判が良く飛ぶように売れた。
そうして店じまいをしようとした時に小さな女の子がやってきた。
「あ、あの・・・薬を売って欲しいの
お父さんが最近元気が無くて・・・。
お金はないから私を買ってください!
近所の人から女の子は売ることが出来るって聞いたから・・・お願いします!」
小さな女の子はそう言って頭を下げた。
俺はどうしたものかと困っていると向こうから男の子が走ってきた。
「こら、グレーテル。
1人で勝手なことをするんじゃない!
父さんのことはお兄ちゃんがなんとかするから。
あの・・・妹が何を言ったか分かりませんがご迷惑をおかけしました。
この話は忘れてください」
と言って少女を掴み頭を上げさせた。
どうやらこの2人は兄妹らしい。
少年は妹の手を掴みこの場を去ろうとした。
「待ってくれ。
なぁ、イナバ。
お前は相手の状態を見れば適切な薬が作れるんだったよな?
儲けにはならないかもしれないが偶には人助けしてやらないか?」
俺がそう言うとイナバは頷く。
「白兎というのは元々神様の使いで人々を手助けするための存在ですからね。
シャルルさんが問題ないなら喜んで手伝いますよ」
俺の言葉にイナバも賛同してくれる。
そんな俺たちを見ながら
「やれやれ、本当に厄介事に首を突っ込むのが好きだね。
面倒が起こる気しかしないが君がそう決めたなら好きにするといいさ」
とゼゾッラも同意したため、俺たちはこの幼い兄妹に力を貸すことにした。
「そういうわけで単なる気まぐれで君たちの力になるからお礼とかは気にしなくていい。
先ずは君たちの両親に会いに行こうか」
意味がわからずに俺たちのやりとりを見ていた兄妹だが、最後の俺の言葉で自分たちを助けてくれると分かったのか2人は笑顔で喜び始めた。
「俺はシャルルで、この腕にくっついてるのがゼゾッラ。
肩にいるウサギがイナバだ。
よろしくな」
「僕はヘンゼルでこっちは妹のグレーテルです。
シャルルさん・・・どうか父をよろしくお願いします!」
そう言ってヘンゼルとグレーテルは頭を下げた。
俺はこの時はまだ気付いていなかった。
この幼い兄妹がとある童話の主人公であり、いま伝えられているものとは全く別の結末があったことを。
童話に込められた悪意と狂気の世界をこの幼い兄妹に見せられることになることを。
〜ヘンゼルとグレーテル 捻じ曲げられた物語〜




