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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
8/134

ここは戦場 2

 突如として鳴り響いた爆音。あまりの衝撃に、腰を抜かしたようによろめき倒れる。だが目の前の二人は踏みとどまって衝撃に耐え、即座に行動を起こした。


 「刻峰、大丈夫か!?」

「大丈夫、尻もちついちゃっただけだ……しかし、何なんだ?」

原因不明。そもそも何の音かも不明。とりあえず何かが爆発した音、ということだけはわかった。

「休戦状態なんだがな、一応」

「一応、ですね」

信濃原がそう付け加える。先ほどまでとは違い、真剣な顔つきになっている。メリハリがつくとはこういうことを言うのだろう。


 そして一応、というのは「所詮口約束に過ぎない」と解される。夜襲にしては中途半端な時間だが、事故なのだろうか。それとも……。


 「とにかく、班長のところへ向かうぞ」

「はい!」

「わかりました」

勇田の掛け声に二人で素早く応じ、少し離れた場所へ向かった班長の元へ向かう。確か、塹壕伝いに奥の方へと向かったはず。


 「というか、俺たちだけで向かっていいものなんですか?」

こういう時は、むしろ予め決めていた集合場所へ向かったり、団体行動をとるのが常ではないのだろうか。特に軍隊、できるだけシンプルなシステムで動く軍隊組織にあって、行動が場当たり的すぎるように思えた。



 「あぁ、”ウチ”じゃこれでいいんだ」

勇田は答えつつ残りの班員の方に目を向ける。俺も続いてそちらに目をやると、既に緊急事態への備えを完了させた面々が各自で敵方の方へ双眼鏡を向けて動きがないか確認したり、銃眼の近くにスタンバイしながら周りの誰かに指示したりしている。


 「な、心配いらねーだろ?んじゃ、行くぞ」

不思議に思いながらも、とりあえず勇田に続いて走る。途中他の兵たちも目にはいったが、やっぱり”日本人ぽい”感じがする。だが、少し外国系の特徴のある人、ぱっと見はハーフだかクォーターっぽい人も混じったりしている。時代感覚が狂いそうだが、ここはそういう世界なのだろうか。



 道中、散発的に銃声が鳴り響いてきた。それはどんどん間隔を縮め、どこかで銃撃戦が行われていることを素人ながら察知した。


 「急ぐぞ」


 そう言う勇田の表情には、微かな焦りが感じられた。




*  *  *




 塹壕を走り、ようやく班長の姿が確認できた。真剣な面持ちで誰かと話しているのが見える。


 「班長!」

勇田の声に気づいた嶺善さんは、手短に会話を締めくくると速足でこちらへと向かってきた。

「敵が攻めてきた」

やっぱり、そういうことか。

「さっきの爆発音は何なんですか?」

信濃原さんも口を開く。

「音がしたのは我々の陣地内だったようでな。ダイナマイトか何かで、我が方の塹壕陣地に”穴”を開けたらしい」

ということは、敵軍による破壊工作か何か。そして、同時に攻撃を仕掛けてくるということは……。


「イギリスの連中は、今日この時を狙っていたのだろう。今夜のうちに戦線を押し戻す覚悟で、全力をもって攻撃してくるはずだ」


 その言葉が終わるや否や、各地で砲弾の落ちる音がし始めた。2発3発とかの規模じゃない、何十発と連続で撃ちこまれている。



 「分かるだろう、彼らは本気だ」

「そうみたいっすね」

「そのようですね」

部下二名も、正しく状況を理解。そして、

「班長、ご命令を」

上官に指示を仰ぐ。


 「伝える。勇田と信濃原はここに待機、何かあれば各自の判断で動け。ただし、保護対象を絶対に死なせるな」

「了解!」

「了解!」

二人とも、威勢のいい返事で応える。


 「私は先ほどの地点へ向かう、後の動きは……いつも通りだ」

そう言い残して、班長は俺たちが来た道を駆けて行った。



「それじゃ、俺らは刻峰を全力で保護する、と」

「ですね!ただ、あまり動かないほうが良いと思います」

「だな。連絡も取りづらくなるし、どこにいてもリスクはそう変わらねえ」

二人の間では、ここに残留するという答えが固まったようだ。俺としてはもう少し前線から下がってくれた方が安心できるのだが……


 「ちなみに、刻峰」

勇田が俺に語り掛ける。

「一応言っとくが、どこでも絶対安全なんて言いきれねえ。前線から離れても砲弾落下のリスクはあるし、むしろお前さんを守ってくれる班員たちから離れることになっちまう。わかるか?」

「はい」

なるほど。確かに、一時的な保護対象であるにせよ事情を知らない者から見ればただの不審者。敵と誤解されて殺されるリスクだってある。先ほど多くのは兵隊さんとすれ違ったが、中には俺に怪訝な視線を送る者もいた。


 「つーわけで、俺らはしばらくここに残る。刻峰、”敵がいる側”の壁際に張りついとけ」

「わかった」

指示に従う。確かにここなら、敵から放物線を描いて飛んできた弾丸やら何やらがここへ落ちてきたとき、少しでも怪我のリスクを軽減できる。無意識のうちに、頭を両手で覆う仕草をする。

「完璧です!」

皆が慌ただしく動いてる中一人こうしているのは何とも言えず臆病っぽくて気恥ずかしさを覚えてしまうが、立場をわきまえた振る舞いに対し信濃原からはお褒めの言葉。



 先ほどからの銃声はどんどん激しさを増し、撃ち合いの気配はこちらに近づいてくる。また、砲弾の炸裂音もさきほどから絶え間なくあちこちで鳴り響いている。


 まだ距離はありそうだな、と思えた瞬間、



俺のすぐ横で、一人の兵士が倒れこんだ。続いて、銃声が遅れて聞こえてきた。思わず目を向ける。そこには首から上が吹き飛んでいて、ピンク色の内容物がぶちまけられた死体が転がっていた。



 「刻峰!」

「刻峰さん!」

目の前の光景に恐怖と気持ち悪さ、自身の体に強烈な吐き気と動悸を覚えている。死んだ。さっきまで横に立ち、敵側の陣地にライフルを構えていた男が死んだ。ここで。

「おい!聞こえてるのか!」

勇田は俺の肩を揺する。あぁ、聞こえてる。でも……

「……うっぷ」

なんとか嘔吐を耐える。ただし俺の状態は察してくれたようで、勇田はそれ以上俺を揺すろうとしなかった。

「ここは戦場だ。人が死ぬ。だが大丈夫だ、お前はこうならない」

「私たちが、ついてます」

「……ありがとう」

それしか、言えなかった。



 勇田と信濃原に慰められた俺。だが、まったくもって安心などできなかった。目の前の兵隊さんが正確に頭部を撃ち抜かれたという事実。


 つまり、ここは既に最前線になっているってこと。




 俺の嫌な予想は的中したらしい。敵側の方、すぐ近くから一斉に銃声が鳴り始める。この塹壕内の者達も一斉に銃を構え、敵との撃ち合いを開始した。向こうからもひっきりなしに飛翔物が塹壕の上を掠め、誰かに当たり、たちまち悲痛の叫びとなって俺の恐怖心を煽り立てた。


 「じゃあ、行くぞ」

覚悟は決まらないが、ここにいても仕方がないし迷惑になる。そう判断した俺は、「わかった」と返し、勇田と信濃原に続いて移動を開始した。



 その後ろでは銃声が一層激しさを増し、誰かの大声や爆発音が鳴り響いていた。




*  *  *




 俺は走る。二人よりもやや遅いスピードではあるが、勇田が先導し、信濃原が時折俺の方を確認して置いてけぼりにならないよう勇田に減速を呼び掛ける。

「もう、いつ接敵してもおかしくないぞ」

勇田の声は真剣そのもの。道中、味方の死体や血塗れの銃剣が転がっている。


 そういえば、勇田はずっとライフル銃を構えているが、信濃原の方は銃らしきものを手にしていない。腰のベルトには手榴弾やナイフを確認できるが、この人は班内でどういう立ち位置何だろうと疑問に思う。


 もし仮に敵と遭遇して、この人はどうするつもりなんだろう。武器を持っていなかったら殺されない?そんな甘い話があるとは思えない。目の前に敵軍の兵隊を確認したら、装備の確認など行う前にまず攻撃するのが当たり前なのでは?



 「そろそろですね、先を急ぎましょう」

そんな俺の疑問など意に介さず、信濃原は(恐らく俺に向けて)励ましの言葉を口にした。

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