ここは戦場 1
俺は説明する。納得はしてもらえないだろうが、この人は色んな意味で思考が柔軟そうな気がしている。そしてなぜか「嘘をついていない」という一点おいては信頼を(不思議と)置かれているらしい。ならば、たとえそれが非現実的な仮説であってもちゃんと意見を言うべきだろう。
俺自身も、自分の考えを言葉にして誰かに話したいって思えたんだ。
「なるほど、な」
嶺善さんは、終始俺の話を聞いてくれた。ちゃんと俺と向き合って、耳を傾けて、この絵空事のような仮説に対して真剣に取り合ってくれた。
「……わかった」
煙草の火を消し、懐から取り出した携帯灰皿に収納。やっぱ紳士だわ。
「突然の出まかせにしてはできすぎているし、嘘八百を並べるタイプの人間でもなさそうだしな。少なくとも俺は、お前を信じることにしたよ」
「ほ、本当ですか!」
メチャクチャうれしい。本当にうれしい。いきなり死んだと思って突然意味わからない出来事が立て続けに起こって疑われてそれで……。短時間のうちに、心がけっこうやつれていた。誰かから信じてもらえるって、すごく有難いことなんだと生まれて初めて思った。特に、今は。
「ああ。そうなると、お前のいた世界では我が国が日本国であり、君にとっての日本がこの世界でのひのくに。そういうわけだな。」
「ええ、そうなります」
「そして時代、か。今が100年ほど前となると、君は2013年から来たことになるな」
「正確には西暦2019年ですけどね」
「西暦?」
ああ、ここも違うのか。
「えっと、この世界での暦って、どんなものなんですか?」
「そうだな、我が国では皇歴を使うこともあるし、だが世界共通と言えば世界暦だな」
「現在は世界暦1913年ということですね」
「うむ」
なるほど、なるほど。
「そろそろ、頃合いか」
そう言って嶺善さんは立ち上がり、服についた土や砂を払う。俺もそれに従う。
「現状、お前……つまり刻峰将平は、我が班の保護下にある」
あ、一つ気になってたことが。
「あの」
「なんだ?」
「こういう風に”迷子”の面倒見を任されるって、普通にあるんですか?」
「ない。が、仕方あるまい」
やっぱり変なんだ、こういう扱い。あのハゲ、絶対許さない。
「それじゃあ、班員にもお前のことを伝えんとな」
そういって、嶺善さんは班のメンバーたちに集合を呼び掛けた。
「……というわけで、彼については我々がしばらく保護することになった」
{別世界がどうのって下りは除いて}ざっと経緯を説明し、班員に俺を紹介。また俺にも、班員の名前を紹介してくれた。
「はい、できるだけ迷惑はかけないようにします。大人しくしてます」
できるだけ穏便に。というか、さっきの怖い男がいるせいでかなり委縮してしまっている。
「ん、俺は納得だぜ、班長」
勇田実美は俺にウインクしながらそう答えた。相変わらず、爽やかだ。
「はい」
とだけ答える無表情な女、白楼魅夜。この人、こっそり暗殺したりするタイプじゃないよね……?
「了解です!」
こっちはもう一人の女性軍人、信濃原由紀。小柄だし童顔だし、職場体験に来た女子高生か何かにしか見えない。茶髪だけど、染めてるのか地毛なのか、いずれにせよ100年前の”日本”感覚だと非常に珍しいタイプ。
「了解。君、ちょっと面白そうだな」
無精ひげの目立つ30代くらいのこの人、確か黒桐史郎。どこか退廃的で、パチンコとかやってそう。
「了解。リスク増えちゃったなあ……」
陰キャっぽい感じの人、光峰欽二。俺にちょっとだけ悪印象を覚えてそうな感じ。少なくとも、快く歓迎してくれる感じじゃなさそうだ。だが邪険にされないだけ有難いというもの。
「了解。まあ、そう大規模な戦闘になるとは考えにくい。大したことでもないだろう」
刀持ちのおっさんこと徳長蒼龍。七三分けで眼鏡って、風貌的には結構現代的な感じがする。武装からするとこの人が指揮官って方がしっくりくるんだけど。まさか刀で戦うの?
「ん、了解。しっかしこんな場所によくもまあ文民がねえ。あんた、長生きしないタイプじゃな」
と仰るお爺さん、神吉迅。表情もおっとりしていて「還暦迎えてんじゃないの?」とすら思える風体。普通に考えて戦える年齢じゃない気がするんだが……。
「了解。班長がそう言うなら、異存はねえ。言いたいことはしっかり言ってあるしな」
特に睨みつけたり怒ってるわけじゃないんだろうけど、視線だけでおっかなく思えてしまう滝隅秀一。圧が凄すぎて苦笑いしか出てこない。
「もう一人班員がいるのだが、色々あってここには居ない。彼が戻ったら、改めて刻峰の存在を伝えよう。」
「あの人、いつ戻るんでしょーね」
勇田から気になる発言。
「さあな。まぁ今日は戦いが終わっていることだし、夜のうちに戻らなかったら明日明後日に戻るだろう」
もう一人の班員、どういう人なんだろう。いつ戻るかはっきりしてないって、”行方不明”ってことなのだろうか。
「それでは、そろそろ寝るとするか。刻峰、不満はあるだろうがしばらくは野宿だ。そこに広いスペースがある、そこで雑魚寝だ」
「わかりました」
できるだけ隅っこで、邪魔にならないように寝よう。
「見張りは私が勤める。皆、自由にしてくれ」
その掛け声に応じ、皆思い思いの場所でくつろいだり、銃を弄ったり、持参した本を読んだりし始めた。その一方で2名が俺のところへとやってきた。
「よぉ、刻峰。中隊長に会ったんだろ、ハゲてただろ?」
勇田は、そう気さくに話しかけてくれた。
「あぁ……えっと、勇田秀実……さん?」
「勇田でも秀実でもいいぜ。俺さ、なんとなく嘘ついてるかどうかってわかるからよ。将平、おまえの言ってたことマジなんだろ?」
さらっと下の名前、そして呼び捨て。歳は離れていないと思うし、仲良くなれそうなタイプだと思えた。
「そうだね。嶺善さんにも色々話して、とりあえずは納得してもらえたっぽいかな」
「それって、どんなお話なんですか~?」
信濃原も話に入ってきた。
「あぁ、うん。信濃原さん、ですよね?」
「由紀で良いですよ~!」
見た目だけじゃなく、ノリというか雰囲気まで完全にその辺の学生さんっぽい。マックでスマホ片手に友達と談笑してそうなイメージ。賭けてもいいが、この人は確実に未成年だろう。
「そっか、ええと……由紀さん。話せば長くなるんだけd」
「こいつは不思議な体験をしたらしいぞ!何でもこことは全く無関係のところでうたた寝してて、気が付いたら戦場のど真ん中でぶっ倒れてたんだとさ!すげえだろ!?」
「ん~?それ、どういうことですか?」
にこやかな表情を一切崩さず、彼女は首をかしげる。
「よくわからんけど……」
そうして、勇田は俺の境遇について聞いたままの内容をそのまま信濃原に伝えた。俺のことをどこか信用してくれてるみたいなんだが、語り口は割と面白おかしいトンデモ話をしているような感じ。
「脚色が入ってそうだけど、大体そんな感じです。」
と、俺も一応認めておく。別に、うたた寝はしてないし泣きながら命乞いなんてしてないんだが。
「あ~……。え~……っと。」
ちょっと困惑した表情を見せる信濃原。それから口を開き、
「ごめんなさい」
え?なんで謝るの?
「私看護兵なので、怪我とかそういうのは治療できるんですけど……さすがに、頭や心の病はちょっと」
「いやいや!別にどこもおかしくないから!」
思わず突っ込みを入れてしまう。その様子を見ている勇田はものすごく楽しそうだが、本気で異常者扱いされたら堪らない。
「そう思われるのは仕方ないと思いますが、なんでこんなことになってるのか俺の方が知りたいくらいですよ」
と、零したとき。
すぐ近くで、凄まじい爆発音が鳴り響いた。