表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
5/134

理不尽な転移 3

 「まあ、嘘は言ってないだろう。内容については意味わからんが、おまえさんが嘘をついているつもりはないってことだけは信じるぜ」

と、男はケロッとした表情で言う。俺の試みは功を奏したらしい。


 「全く論理的じゃありませんが」

ただし、女の方はあまり納得がいかない様子。素人の俺でも想像がつくが、少なくとも戦場にいる場違いな人間は「不審者」と認識されるはず。オマケに(恐らく、彼らにとって)発言も意味不明。それが何らかのリスクにつながる可能性を考慮すれば、とりあえず殺しておくのが安全というもの。


 命のやり取りをするような立場であれば、特に。


 「どう見たって怪しいですし、もしかすると工作員、或いは現地協力者か何かの可能性だってあります。何かの間違いで民間人が戦場へ紛れ込んだにしても、ここまでの妙な応答は意味不明です」

「まあ、普通に考えればそうなんだけどな」

正直、俺も同意。だが俺はスパイでも敵(どこ?)の協力者でも何でもないんだ。男の方は俺を始末しない方針のようなので、彼の説得に全てを託すことしかできない。

「でもよ、だからこそ確認する必要だってあるんじゃねえか?こいつ丸腰だぜ、抵抗される心配だってありゃしない」

「……」


 女は、俺と彼を交互に見たのち

「……信じたいんですね。わかりました、この男は連行しましょう」

俺を殺さない方針に同意してくれたらしい。

「あいよ、んじゃ……刻峰だっけ?とりあえず班長のとこまで連れてくぜ」

そういうわけで、なし崩し的にどこかへ連れていかれることとなった。




一応は色々な嫌疑が晴れてはいないということで、男が先導し女に銃を突き付けられた状態で歩かされる。軍隊という組織のシステム上、恐らく俺を上官のもとへ連れていきこの場での処遇を決めるといったところだろう。


 「もし、」

後ろで女の声。

「もし、あなたが敵のスパイや協力者なら」

一言一句、ハッキリした口調で。



「私が、絶対に殺します」

静かに、しかし強烈な殺意の感じられる声でそう言い放った。




*  *  *




 しばらく塹壕を歩かされた後、やや幅が広く数人が集まっている箇所へと到着した。皆彼らと同じ軍服姿、これが彼の仲間なのだろうとあたりをつける。



 ……!?


 心の中で突っ込みを入れかけた。確かに皆武器をもっている軍服姿の「軍人」なのだが、今更女性兵士がもう一人混じっているのは置いといても「変な」人が多すぎないか?


 ぱっと見でも確認できたのは、とっくに定年退職でもして自宅で余生を過ごしていそうな感じのお爺さん。いかにも仕事のできるサラリーマン風な顔と背格好と髪形をして、だがビジネスバッグやライフルの代わりに日本刀のようなものを2本腰につけた30代くらいの男。物凄く失礼だが、軍人というより自宅に引きこもって延々ネットで誰かの悪口でも書いてそうな明らか陰キャっぽい男。それに、これまた大変失礼だが明らかに”堅気じゃない”雰囲気(文民でなく軍人らしい、という意味ではない)で威圧感を放つ目の据わった男。


 事情はサッパリだが、この10人足らずの規模のグループにここまで変わり種が揃うものなのか。先ほどの二人は割と普通の若者といった感じだったが……。



 「班長、戻りました」

連行してきた若い男が、その場にいたおっさん軍人に話しかける。班長というからには、きっと彼らのリーダー格に当たる人物。こっちの人は割とイメージ通りの兵隊さんって雰囲気だ。

「ご苦労、イサダ……それにハクロウ。」

胡坐をかいて何かの書類に目をっとしていた班長なる人物は、彼らに向かってそう生返事を返す。続いてこちらの方に目を向け、連行されてきた俺の存在に気づく。

「それで、何があった?そいつはだれだ?」

俺の方に目を向けつつも、淡々と彼らに質問を投げる。こんなこと言ってる場合じゃないが、なんかこういう立場って気まずい。と、呑気な感想を抱く。



 先ほどの応答からして、俺を連れてきた若い男の方がイサダ、もう一人の女の方はハクロウというらしい。彼らは、というよりメインでイサダの方が班長に対して事の次第を説明しつつ、時々ハクロウが(主に俺に対する嫌疑を深めるような言い方で)補足するという形で事情を話す。他の者達は、俺を物珍しそうに観察しているか、眼中にも入れず何かの作業に没頭している様子。



 話を聞き終えた班長は、俺に目を向ける。

「なるほど。頭が狂っているか、或いは適当なことを言ってごまかそうとしているか……。イサダ、お前はどう思っている?」

質問されたイサダは、

「とりあえず、嘘を言っているようには見えないっす」

と、シンプルに回答。

「分かった。では、ええと……お前、名前は何と言ったか」

やっと俺に水が向けられた、

「恐縮ながら、前提として俺は狂ってなど居ません。一切の嘘も言っていません。初対面の不審者が何言ってんだと思われるかもしれませんが、本当です。そして、俺の名前は刻峰将平といいます」



 言い終えた途端、班長なる人物は気持ちばかり目を見開いて俺の方を凝視した。え、何だろう、自己主張が強すぎて警戒されたか?立場上仕方ないとはいえあそこまで淡白に狂人扱いされても困るし、今の俺はトコトン正直であることでこのピンチを切り抜けるって選択を取っている。その姿勢が少しでも伝わればと思ったのだが……逆効果だったか?



 「キザミネショウヘイ。キザミネとは、どういう書き方をするんだ?」

え、そこ?とりあえず聞かれたからには答える。

「はい、えと、漢字で”刻む”に”最高峰”の最後の字で刻峰、です」

「そうか……刻峰……」

さらっと言っちゃったけど、”漢字”ってワードが普通に通じるんだな。じゃあここは文字も文法も日本語と同じ?


 「あの、何か……?」

「いや、なんでもない」

今度は体ごとこっちに向けてきた。正面から見ると、あぁ、この人確かに軍人さんなんだなって感じる。今どきの日本にいる同年代の人たちに比べると、服の上からあからさまにわかるレベルでゴツイ体つきだ。

「武器も持っていないし、特に抵抗する様子でもない。お前の言い分を完全に信じるわけじゃないが、とりあえずは無害な民間人ということはわかった」

有難い。

「とりあえずは”保護”ということで、中隊長のもとへ連れて行くとしよう。そこでお前の扱いを判断してもらう。見ての通り、ここは戦場だからな」

「分かりました」



 オーケー、理想的な流れだ。俺は死にたくないし、とりあえずはここを離れてできるだけ安全な場所に移動したい。道すがら地面に付着した血(おそらく負傷者だか戦死者だかは回収された後だったのだろう)や弾痕っぽいものも複数見受けられた、ここは俺のいるべき場所じゃない。



 「皆聞け、私はこれからこいつを中隊長に引き渡してくる。俺が不在の間、この場のことは神吉軍曹に任せるものとする」

全員が了解、と返事。かくして俺は、班長さんに連れられ再びどこぞへと歩き始めることになった。




*  *  *



 「中隊長殿、嶺善です」

「入り給え」

「失礼します」

班長さんに連れられた俺は、テント張りの指揮所っぽいところへと到着した。班長さんの挨拶に次いでなんとなく「失礼します」と小声で言ったのち、一緒に中へと入った。


 「何の用かね」

俺の存在は一応目に入っているのだろうが、偉そうなおっさん(班長と同年齢くらいか?)は特に気にする様子もなく嶺善班長に質問を投げかける。どうでもいいが、禿げてるな。どうでもいいが、M字禿げというやつか。

「はい。戦場で民間人らしき人物を部下が発見しました。素性はよくわかりませんが、我が国の言語を流暢に話せること、それから特段怪しい言動も見受けられないため保護した次第です」

え、マジか。俺の言い分を聞いたうえで”怪しい言動も見受けられない”、彼は上官にそう報告しているのか。

「民間人、か。もう一週間近くドンパチやってるこの地域に残留、または迷い込んだと?」

「ええ、そのようです。」

目線がちらりと俺の方を向く。お前も口を開いて何か弁明を、という無言の合図。その意をくみ取った俺は、中隊長とかいう禿げのおっさんに事の経緯を話す。旅順にいたときから、今までの経緯を。



 「意味が分からんな」

それがおっさんの第一声。まあ、普通はそうなるわな。

「嶺善、そいつ頭が狂ってるんじゃないのか?軍医にでも診察を受けさせてはどうかね」

「しかし、彼の応答は正常です。内容に関しては確かにおっしゃる通りなのですが、私には彼が気の触れた人間には思えないのです」

「ならば、しばらく君が面倒を見てくれ」

「……え?」

同感。え?なにそれ。戦場に迷い込んだ民間人を保護してくれるってコースじゃなかったのか?

「すまんが、今はこれ以上の厄介ごとを管理しきれんのでな。しばらくでいい、そいつを見張っておいてくれ」

「はぁ……」

肯定する旨を表明したのか溜息をついたのか判然としない声で返事をする班長。いやえっと、嶺善さんだっけ。彼は一呼吸分目をつむったのち、


「行くぞ」

と、俺に声をかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ