表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
3/134

理不尽な転移 1

 人は、迷うものだと思う。


 昔と比べて自由が増え、様々な場面での選択肢が増えた。人生を「敷かれたレール」って表現することもあるけれど、実際のところ人はより自由な存在になりつつあると思う。インターネットの発達、スマートフォンの普及、教育制度の充実によって、色んな情報にアクセスできるようになった。

 

 自らの能力やお金の問題というものもあるけれど、生まれ持った身分や親の職業によって生き方が縛られるって時代ではない。無論伝統的な生き方をする者や、伝統に縛られた生き方をする者もいるのだろうが、それでも昔に比べたら自由だろう。


 だが、自由というのは必ずしも「幸福」をもたらしてくれるものではないし、むしろ「自由にする権利」を手に入れるには「責任を負う義務」という対価が必要だ。そう考えると、俺たちが享受している「自由」というのは「何から解放されて、何から縛られるのか」を選択する自由、言い換えれば「何を得て、何を失うか」を選べる自由といったところか。


 人生が敷かれたレールであるならば、大量のレールの中から好きなレールを選択することができるってことかもしれない。



 生き方に最適解はない。だからこそ、人は迷う。自由を獲得し、選択肢が増えたことで、生き方や人生の在り方を「考える」作業が必要になってしまった。


 明確な憧れとか目標とか、そういうものを持っている人にとっては都合のいい話だ。進みたい道が決まっているのなら、その道を進めばいいだけの話。ケーキ屋になるとか、医者になるとか、一念発起して起業し、社長になってみるだとか、そういうやつ。必要な修行や勉強や試行錯誤がどれ程のものになるかはわからないが、とにかくゴールがあればなんとかなるんだ。そのゴールに向かう事が、努力の動機や原動力になってくれる。


 そして、俺には何もなかった。なりたいもの、目指すべきもの、そんなものは持ち合わせていない。正しさ、生き方、そういうものが明確になっていない俺は、自分がどうあるべきかって難題に答えを出せずにいた。



 大学3年の春、就職という大事な進路を固めていく時期。元来与えられている「自由」とやらの選択肢はどんどん減っていく。中高大と進学を繰り返す中で少しづつ分岐していった「生き方」、そのどこでもその場しのぎの選択を取ってきた俺にとって、進路選択のアンケートは突き付けられた最後通牒か何かに思えてしまう。


 正しさはわからなくても、焦りはする。生き方は定まっていなくても、何かをしなくちゃって感覚だけは当たり前のように覚えている。


 そして、俺には行動力があった。そこそこの金もあった。そして都合よくパスポートも持っていたし、旅行経験も豊富だった。


 加えて、動機もあった。



 そんな動機と軍資金とを投入して、俺は生き方を探す小旅行に出かけた。



 結果。




 俺は今、中国大陸にいる。




*   *   *



 


 中華人民共和国遼寧省旅順口区、ここは日露戦争の激戦地であり、旅順要塞を防衛するロシア帝国軍と、そこを攻め落とそうとする大日本帝国軍が衝突したらしい。


 同時にここは、俺のご先祖様が戦死した地でもある。



 ここを旅の目的地にした理由、ここに来ようと思った理由。それは、俺のルーツを俺なりに掴みたかったから。


 熱心な学者の方々が歴史や人類の発端を研究するのは、きっと「人間のルーツ」を解き明かしたいから。人類そのものが「どこからきて、どこへ行くのか」を明確にすることが、一つの大きなゴールなんじゃないだろうか。


 俺も、自分自身の家系の物語を知ろうと思った。辿れるだけ辿って、自分がどういう存在なのかを導き出そうと考えたのだ。自由な社会にあって、俺はそういう縛られた生き方を選ぼうとしていた。


 何故かって、それは非常に「楽」で、シンプルで、分かりやすいから。正しさや生き方を一から自分で考えるのは、大変労力のいる作業だと思う。だからこそ俺は、手っ取り早く「それっぽい」答えを出すための材料を求めている。


 今の俺は、自分で自分の生き方を決められないから。



 そして色々調べていったところで、一人の先祖の生き方に目が行った。高祖父の父親にあたる「刻峰完造」、彼は極めて優秀な軍人だったらしく、比較的若いうちから中隊長の地位に就いていたという。地元でも「人格者で徳のある男」という評判があり、多くの人から尊敬されていたとさえ言われている。そしてそんな彼は、強い絆で結ばれた彼の部下たちと共に旅順要塞で戦い、数多くの敵を殺し、行方不明になり、最終的には戦死扱いとなった。


 俺には計り知れない。彼が何を思って戦い、死んでいったのか。死んだ?本当に?行方不明ということだから、或いはどこかで生き延びたって可能性もありそうだが。もしかすると、コッソリ周辺の集落にでも定住を……。



 いや、ないか。



 彼には家族がいた。愛する妻と息子がおり、地元や軍隊にだって帰るべき場所があった。明確な居場所があった。何かの拍子に行方不明になったって、きっと彼は帰ってきたはずなんだ。


 だから彼は仲間と共に生き、戦い、そして命を散らした。そこで何を見たのか。彼は、どこへ行ってしまったのか。激戦のさなか、彼は何を思って、何のために戦ったのか。そして、どこへ消えてしまったのか。その戦争の中で彼は勲章だってもらっている、必死に捜索した記録も残っているのに骨の一本も衣服の欠片さえも見つかっていないのだ。砲撃の直撃でも食らい、木っ端微塵にふきとばされたってことなのだろうか。



 そんなことを考えながらしばらく歩き、小高い山を登って要塞の跡地へと到着した。ロクに体力もない俺は、脱力するように座り込む。そして、イメージする。ここは堡塁跡、敵が居座っていたはずの場所。下からやってくる敵を眺めるその景色は、きっと苛烈で残酷で恐ろしいものだったに違いない。自分を殺しに来る幾重もの隊列。その殺意の総量たるや、きっと凡人には耐えられない。


 勿論、こちらへ向う側だって命懸けだ。当時と地形は変わっているのだろうが、この山の根元から上へ上へと上がっていくだけでもかなりキツイ。そのうえで、銃弾の嵐。平和な日本に生まれ育った俺には、想像もつかない世界。互いに命を奪い合う世界。



 疲れた。たまらず仰向けに寝転がる。どうやら、俺にフィールドワークは難しいらしい。まずは体力、そして知識。色々下調べはしてきたが、都合のいいツアーも見つからなかったしガイドもいない。素人知識で戦場跡巡りなんて無謀だったか、なんて考える。


 そして、思いを馳せる。俺のご先祖様、この地で死んだ「彼」に。故郷でもない、自国ですらない、この異国の地で最期を迎えた一人の男の心境を、少しでも理解したかった。何のために生き、何のために死んだのか。それを知ることができれば、俺は自分の生き方を見つけられそうな気がしていた。




 そう思ったとき、音が耳に入った。何かが飛ぶ音、飛行機か何か。……いや違う。もっと低空を、絹を切り裂くような甲高い音で。擬音語としては、「キューン」とか「ヒューン」て感じ。


 まるで、何かが落下してくるような。しかも、音はどんどん近づいてくる。


 不思議に思いながら、両手を使って上半身を起こし、周囲を見回す。何もない。でも、音だけはどんどん近づいてくる。音のなる方向を確認すべく、よくよく耳を澄ます。


 上?


 空を見上げる。何か黒い点が動いている。こちらに向かって、黒色の大きい何かが落下している……?


 えっ、砲弾!?



 そこからは一瞬の出来事だった。「なんでそんなものが」とか、「どうしてこんなところに」とか、そんなことを考える余裕などなく。ただただ「俺は死ぬんだろうな」ってことだけが頭を過った。


 砲弾は当たり前のように落下し、俺はその真下にいて。




 その炸裂音や痛みさえ感じる間もなく、俺の意識は途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ