ラスボス復活させます~雨夜の品定め?~
こんな人たちと一緒にいられたら楽しいだろうなぁと思って徒然なるままに書きました。
読み返すと全然、品定めされていませんでした。ご了承ください。
「雨の日は夜が長いよなぁ」
このバレットの一言で、他の四人と一匹の全員が一室に集まることになった。場所は、発端であるバレットの宿泊する部屋である。
国を滅ぼそうとして倒されたドラゴンを理由あって復活させようとしているバレット、アラン、リブ、ヴァイス、エースケの五人は、その旅の途中で山の麓の宿に泊まることになった。昼過ぎから小雨がぱらつく天候だったので、早めに宿を確保できたことは僥倖だったといっていい。だがしかし。
「で、なんで男だらけで膝を突き合わせることになるんだ」
呆れたようにバレットへと切れ長の水色の瞳を向けるのはヴァイスだ。年の頃は、二十代後半。いつも余裕を崩さず、彼が慌てているところなど誰も見たことないのではないだろうか。長身ですらりとした体躯を部屋着で包み、誰よりもくつろいでいる。だらしないとも思える姿なのに、優雅に見えるのは、端正な容姿と醸し出す大人のオーラのせいだろうか。普段から歩くだけで周囲の女性の視線が彼を追っているのに、内心で嫉妬を覚えるバレットである。
そんなヴァイスの視線を受けて、バレットは口を尖らせた。
「だってよ~、夜って普通でもすることないのに、雨なんて降ってちゃあ、余計に暇になるってもんだろ」
宿に入ったのが、夕暮れ前。時を置かず、本格的に雨が降り出し、ホッと胸をなでおろした一同だったが、結果として宿に閉じ込められる形になってしまった。小さな町の小さな宿だ。これといった娯楽もなく、バレットはすぐにすることがなくなってしまった。
「武器の手入れや地図の確認は?」
「した」
「荷物の整理は?」
「した」
「なら、することはないな」
「だろ?」
「で、なんで男だらけで膝を突き合わせることになるんだ」
ヴァイスとバレットのやり取りは一巡して戻ってきた。膝を突き合わせての会話なんてする気ないだろう、と彼のくつろいだ姿を見て思うバレットである。絶対、適当に聞き流しやがる。
内心で毒づきながら、バレットはよほど暇を持て余しているのか、胡坐をかいたまま身体を左右に揺らす。そのたびに、彼の髪の毛に無造作に巻かれたバンダナが髪とともに揺れ、さながら振り子のようだ。黙って澄ましていれば整った容貌であるのに、バレットの仕草はたいていそれを裏切っている。もっとも、そんな愛嬌と持ち前の明るさがバレットの魅力といえば魅力だった。
「夜は、疲れをとるために活用しようよ」
「そうですね、個人的な用事を済ませてしまえば、特に何かをする必要はないかと」
やんわりとした声音で言うのはアラン。年齢の割には幼さの残る優しい面差しは、どこか少女めいた印象を受ける。誰に対しても、物腰柔らかく、丁寧に応じるので旅の道中で多くの人から可愛がられていた。隣に彼がいてくれると、不思議と優しくなれる気がするのはバレットに限ったことではないだろう。小柄で、守ってあげなければと思えてしまうアランだが、彼の中には誰にも負けない強い信念があることをバレットは知っている。
その横では、リブがアランに同意を示し、拭き終えた眼鏡をかけ直していた。そんな仕草の一つでさえも何となく気品にあふれ、見返す眼鏡の奥の瞳は知的に煌めいている。二十歳を少し越えたリブはバレットとそう変わらない年齢であるはずなのに、ずいぶんと大人びて見えた。頭の回転も速く、リブの機転に助けられたことは一度や二度ではない。また、大らかといえば聞こえはいいが、金銭感覚がザルばかりな旅のメンバーにリブがいなければ、財政が破綻していただろう。口にはなかなか出せないが、バレットは大変感謝している。
「ふぁ……」
不意にアランとリブの間から、気の抜けた声が届いた。見れば、三、四歳くらいの男の子が八重歯をのぞかせるほどの大あくびをして、しょぼしょぼと目をこすっている。大きな金色の瞳が特徴的な可愛らしい子だ。
この一見、普通の人間の子どもにしか見えない男の子こそが、バレットたちが復活させようとしているドラゴンだ。今は力が足りなくて子どもの姿をしている。通称ちびドラだ。早く成長するためには、精霊の力が必要であるらしく、バレットたちは旅をしながら、その力をちびドラに蓄えていた。
「坊が寝そうだな」
そんなちびドラを見たヴァイスが立ち上がり、毛布を探す。この中で一番のやる気なしだが、意外にも一番面倒見がいい。
そこにサッと毛布を手渡すのは、今まで口数なく部屋に控えていたエースケだ。バレットたちのいる大陸より、東から来たという青年は、長い黒髪を一つに結び、ワソウと呼ばれる独特の装束を身につけていた。所作が洗練されており、男性であるのに美しいと表現したくなる。感情の起伏は乏しいエースケだが、その内面は人情にあふれ、とても優しいのだというのを、この場の全員が知っている。
毛布を受け取ったヴァイスは、うつらうつらとしているちびドラの肩にかけてやった。
それを横目で見ながら、バレットはため息とともに不満を口にする。
「そりゃ、疲れをとるのは大事だと思うけどさ。それでもこの時間にすることがなくて動けないっていうのはさ」
バレットはなおも納得がいかない様子で窓を見た。外は出るのも億劫になるほどの大雨だ。幸い風はなく、大粒の雨が降るだけで宿屋をはじめとした建物が倒壊しそうな様子はない。
しかし、厚い雲で覆われているせいか、外は真っ暗だ。
バレットとて、夜に休息をとるのが大切なのはわかっている。まして、野宿ではなく宿屋に泊まっているなら尚更だ。けれど、暇なものは暇なのである。元々、体が丈夫なせいか他の者ほど休息を必要としないバレットは、本来なら今の時間帯は町を巡って心の休息をとるのが常だった。たとえ、そこに娯楽はなくとも、ただ散歩をするだけでも十分な気晴らしになるというのに。
バレットは窓を睨みつけた。そんなことをしても雨が止むはずはなく、無駄なことだとは分かってはいるが。町での楽しみを奪われたバレットは、まるで親の仇がそこにいるかの如く、青灰色の瞳をぎらつかせる。
「ま、たまにはこんな日もいいかもな。ハハッ、百物語でもするか」
「えー、ボク、それは遠慮したいなぁ」
「では、理想の夜の過ごし方を話すのはいかがですか。もしくは、こんなことをしたいという夢、ですとか」
ヴァイスの提案に難色を示すアラン。それを受けて、リブが助け舟を出した。他にこれといった話題もない。異論はなさそうだと見て取ったリブは、バレットへと視線を投げかけた。
「では、バレットさん、どうぞ」
「え、オレ?」
「はい。貴方が皆を集めたのでしょう」
「あー、まぁ、そうだけどさ。いきなり言われても困るというか」
バレットは揺らしていた身体を止め、ガシガシと頭をかいた。やがて、頬を少し赤らめながら、照れくさそうに話し始める。
「オレの夢はさ、やっぱり好きな人とデートしたいよ。夜のデート。食事に誘ってさぁ。夜景とか見て」
「ほぅ、夜のデートねぇ」
「……変な想像すんじゃねぇぞ。そりゃ、もちろん、オレも男だし、なんだけどさ。まずは、相手にとびきり優しくして、オレのこと好きになってもらいたい」
悪戯っぽく反応するヴァイスに半眼になって否定するバレットは、次いで、少し切なく遠い目をした。脳裏に浮かぶのは幼い頃に見た一人の女性の姿。小麦色の短い髪に周囲を元気にさせる明るい笑顔。美しく輝く珍しい紫の瞳。
「相変わらず、紫の天使様に夢中だよね」
「うるせー、ジェスさんはオレの永遠の初恋相手なんだ。アランだって憧れているくせに」
「天使様の肖像画、とっても綺麗だよね」
「ばっかやろー、実物のがきれいに決まってるだろ」
アランの住んでいた都で人気の戯曲作家が生み出した作品の一つに、戯曲『紫の天使』がある。アランはその作家が手掛けた天使の肖像画も含めてその作品が大好きだった。その紫の天使なる存在はジェスという実在の人物をモデルにしているらしい。そして、偶然にも彼女に恋しているバレットに出会い、二人は同士として絆を深めることになった。
「ふぁぁ~、我は夜は寝るのがいいのぉ」
ちびドラが限界とばかりに大あくびを繰り返し、見かねたエースケがちびドラを抱え上げる。半分、もう眠っているようなちびドラを軽々と担ぐエースケを羨望の眼差しで見ていたアランはポツリとつぶやく。
「ボクも夜は寝たいかな。もっと成長したいし」
そうして悠然と座るヴァイスを見て、ため息を一つ。ヴァイスはにやりと笑って、バレットへと呼びかける。
「バレットも、もう少し身長伸ばした方がいいんじゃないか」
「うっせ、お前らがでかすぎるんだよ」
思わず大きな声で言い返すバレットだったが、エースケが口元に人差し指を立てているのを見て、己の口を両手で閉ざした。ちびドラはとみると、疲れているのか起きる気配はなく、ベッドの中で幸せそうに瞳を閉じている。ちなみに、ここはバレットが宿泊する部屋だが、アランとちびドラも相室なので、彼が眠っているのは、自分に割り当てられたベッドである。
ちびドラの様子にホッと息を吐き出したバレットは、かいがいしく布団をかけているエースケに話しかけた。
「なぁ、エースケは夜ってどうする?」
「某か」
エースケは形の良い顎に手を当てて、考え込む。ふむ、と一つにくくった長髪を揺らし、口を開く。
「某も夜は寝るべきだと思う。見張りなど気にせぬでもいいなら、尚更であろう」
「どうして、お前らの夢は枕の向こう側にしかねーんだよ」
皆の返答に頭を抱えるバレットとは対照的に、リブはいそいそと自分のジャケットから何かを取り出した。
「あの、こんな薬を調合してみたのですが、お使いになりますか」
控えめに声をかけながらも、嬉々として紙に包まれた薬を開いては並べるリブ。その手元を他の面々は興味深そうにのぞき込んだ。リブが示したのは三種類の薬で、どれも白色の粉末だった。違うのは、包んでいる紙の色だけだ。
皆がそれを注視する中、リブはにっこりと営業スマイルを作る。そして、青い紙に包まれた粉末を指さした。
「これが、一番軽い睡眠を促すものです。睡眠は浅く、夢を見ます」
「ふむ」
説明に頷くヴァイスを見て、次に黄色の紙の粉末を示す。
「これが普通のもの。睡眠は深く、夢は見ません」
「うんうん」
律儀に頷くアランの横で、リブは流暢な動作で最後の赤い紙の粉末を紹介する。
「そして、これが最後。睡眠はさらに深く、二度と目覚めませ……」
「いらんっ! 最後が最期になってるだろうが!」
にこやかに危険な薬を紹介するリブにバレットは抗議する。しかし、リブは気にした風もなく笑う。
「大丈夫です。仲間には使いません。あくまで最終手段の一つです」
にっこりとした笑顔に何も言えずたじろぐバレットをしり目に、今まで何かを考えていたらしいヴァイスがおもむろに口を開いた。
「なぁ、これ好きな夢を見られるようにはならないのか?」
そうして、青い紙の粉末を目を細めて検分したり、匂いを嗅いでみたりする。
ヴァイスの提案にリブは楽し気に目を細め、考え込んだ。
「そうですね。細かな夢の判別は難しそうですが、楽しいと感じる交感神経に作用する成分を含ませれば、いい夢を見られるようになるかもしれません」
「なら、色っぽいねぇちゃんが出てくるのを期待してるぞ」
「分かりました。これから夜は薬の開発に専念しましょう」
「いや、お前こそ夜は寝ろよ。ヴァイスも煽ってんじゃねぇって」
どこまでが本気か分からない二人の会話に、思わずといった風に突っ込むバレット。
そんなバレットに、ヴァイスが彼にしては珍しく至極まじめな表情を作って言う。
「しかし、夢の中で好きな人に出会えるかもしれないんだぞ」
「え?」
「夢で夜のデートのシミュレートできればいいと思わないか」
「う……」
ヴァイスの言い分ももっともだと、本気で頭を悩ませ始めるバレット。
ヴァイスはそれを見てさっきの顔が嘘のように満足そうに笑い、バレットから顔を背ける。そして、そっとリブを手招きして耳に囁いた。もちろん、頭を抱えて眉をひそませるバレットにはバレないように、である。
「リブ、バレットが初恋の相手に出会ったのは、いつだった?」
「四歳の時だって言ってたよ。ジェスさんとは十歳以上離れていたって」
ヴァイスの囁きを耳にしたアランが答える。この中では、ちびドラの次にバレットとの付き合いが長い。
「……バレット殿には悪いが、十五年以上も前では、その女性はすでに結婚されているのではないだろうか」
「ですよねぇ」
エースケがぼそりと推測を述べれば、リブがすかさず同意した。
「結局、バレットさんの夢が一番叶う可能性が低いということですね」
リブの言葉に頷く一同。皆、口には出さずとも、考えは同じだった。
「ですが、黙っていましょうか。夢をもつのは大切ですし、何より夢に向かって奮闘するバレットさんは素敵ですしね」
「うん、ボクも頑張っているバレット君を見るの好きだよ」
「夢を見るのは若い奴の特権だな」
「……」
最後にエースケがコクンと大きく頷いた。温かい眼差しと胸中の想いは、全員一緒だ。
唯一、その気持ちを知らない渦中の本人は未だに頭を抱えていた。
「やっぱり、事前に考えとくことは大事なのか。けど、夢の中でシミュレートってできるのか? というか、確かに暇じゃなくなったけど、こんな頭を使う過ごし方イヤだー!」
外は、変わらず大雨である。
ご一読、ありがとうございました。