第1楽章 0話
第1楽章0話 乱戦への胎動
「ぐううっ……」
雨の降る路地裏。一匹の獣が血だらけでぐったりとしていた。神界は人間が天国と定義したような場所ではなく、大きく見れば現界と何ら変わりは無い。
この脆弱な龍も不用意に食料を持っていたが故に持ち物を皆奪われこんな所に放置されてしまったのだ。
「痛い、痛い……何で、こんな事に……」
零れ落ちる雫は傷にしみてひりひりと痛む。自分だけがこんな苦しみを背負っているわけじゃない、それは当然分かっていると言っても物理的に考えて痛みがなくなるわけは無い。
この世界で裕福な暮らしが出来るのは恐らく神の中でもトップに位置する神・上位神だけだろう。他はいずれも誰かに支配されて生きている。
「誰か、助けて……」
「呼んだか?」
「……………」
日が照り始めた。日光も全身の傷を痛めつけはするのだが、さっきよりも幾分気持ちが良い。
「今回会議で決まったんだが……神獣を魂にして現界に送るそうだ。送られた魂は人間と契約し、契約者は契約者同士戦う」
「それが、何だと……まさか?」
脆弱な龍に瞳の輝きが戻る。太陽と共に現れた神は本当の意味で救世主だった。自分を闇から救ってくれる存在、そう思いたかった。
「どんな苦痛も死ぬよりは楽だろう?俺と契約しないか?」
「……何のメリットがあるのですか?」
「もしあまたのスピリット持ちの頂点に立つことができたなら……お前は契約者ともども神になれる。そして、願いを一つかなえてやるんだそうだ。さあ、契約するか?」
龍に迷う時間など無かった。返事をする代わりに首を縦に振ると、神は龍の傷を一撫でして完全に治癒した。
「貴様、名前は?」
「神獣には名前がありません。『青龍』(ブルードラゴン)』と言う種族名はありますが」
「そっか……まあいいさ、名前など、何の意味もない。さあ、旅立て」
彼は、太陽神と呼ばれる神々しい神は、瀕死の重傷を負った小龍を光で包む。全てが白で埋め尽くされ……小龍の意識は途絶えた。
戦いが始まろうとしている。神々の私利私欲によって生じた戦いの渦が、いずれ自分たちを巻き込んでいく事すら知らずに。
「だから止めろと言ったのに……」
争いを止めようとしたごく一部の少数派の意見など塵に等しい。彼らがそう言おうと、事態はもう収拾がつかないところまで来ていると言うのに。
「もう誰も止められやしない、全てが終わるんだ……ははははは、ひゃははっはははっ……」
良心は絶命し、やがては悪心も皆滅んでいく。自己が生んだ欲望に飲み込まれて……
アナタハナカマヲシンジラレマスカ?
アナタハナカマヲコロセマスカ??
ソシテ……アナタハソンナナカマヲ、
イノチガケデマモルコトガデキマスカ?????