10話 飛鳥のブラバン奮闘記(中)
更新停滞してゴメンナサイ。と言っても今後毎度更新できるかと言うとそうでもなく……
ワルツとロマンスは大体上手くいった。ロマンスのトランペットソロは今までで一番うまくいったんじゃないかと思うくらいだった。
そして観客が息を呑む瞬間が訪れる。誰もがこの曲の概要を知っているわけではないが、その張り詰める緊張感は素人にも容易に見てとれるだろう。静かに終わる第四楽章、そして指揮棒が再び上がる。そして、急に頭上へと振り上げた。
強烈な暴風がホールを突き抜ける。それほどの超絶技巧、最早演奏者は自分の練習で培われた勘にも似た感覚で指を動かしている。こんなもの、体で覚えない限りどうしようもない。
そして、8分の3のリズムがいったんブレーキをかけ、再びアクセルを踏む。一度目のリタルダント、再び繰り返し。
そして、ついに暴風も停止した……それを破るように緑が立ち上がり、クラのソロが入る。だが……いつもならしっかり身の詰まっているはずの音がやはり失速気味だ。どこで終わるか……気がかりなほど。
(緑……)
(あ、後一回……っ)
(まずいな……)
(……手はず通りにお願いね)
前のめりに倒れこもうとした緑を隣の一年が支え、次に飛鳥が立ち上がる。そしてもう一度残っているクラのメロディを吹いた。
遊びでやっておいてよかった、確かに難しい事この上なく、クラとフルートでは管の種類が違う、それでも彼女はいたって自然にやってのけた。そして、フルートソロに入るタイミングで指揮棒が激しく上がった。
これが自分達の答えだった。結束無くしてこの終幕は出来なかった、本番前の急な変更にも誰も嫌な顔せず付いてきた、それが自分達の結束力、そして緑が培ってきた信頼。
最後の音が高らかに響き渡り、割れんばかりの拍手。緑は、後輩の腕の中で笑っていた……
「やった〜っ!!さっすが私たちだよね!!?」
「ああ……お前ら大したもんだよ」
すぐに客席に戻りはするが、とりあえず迷惑にならない場所で勝利の雄たけび。中心はやっぱり飛鳥だ。だが当然の流れで、誰もそれを白けた目で見たりはしない。
今回一番の功労者なのだ、彼女は。ただでさえ苦労の多い曲に面倒をプラスしてあれだけの名演をやってのけたのだから。
「あれ、そう言えば緑は?」
「またトイレじゃないのか……?」
「そっか……あっやばい!!チューナー忘れてきた!!!」
ポケットに手が当たり、さっきの練習場にチューナーを忘れてきた事に気がついたらしい彼女。飛鳥は折角の成功に水を差すと、さっき練習していたホールへと駈け出して行った。しら〜っとした目線が再び彼女の背中に集束。
「ふう、ずっと我慢してたからきつかったよ……あれ、緑は?」
それは本番が終わって楽器を片づけるとマッハでトイレに駆け込んだ女子生徒だった。だが彼女が緑はどこかと聞いたと言う事は……
「入れ違い、か……??」
「ふう、あったあった。他の団体がパクらなくて良かったよ」
「自分のものくらい自分で管理しなよ、飛鳥」
「うるさいわね、てか今日初の台詞じゃない、フルー?」
忘れ物入れに一つだけぽつんとピンク色のチューナーが入っていた。つまりは、こんな所に忘れ物をする奴など飛鳥くらいのものだと言う事だ。
「にしても、早く帰らないとね……」
「飛鳥のせいで折角の成功に水差しちゃったよ?」
「いいのいいの、私のお陰みたいなもんだから」
そう言うものでは無いと思うが……とフルーは頭を抱える。もっとも、幼虫形体のフルーには抱えるための手が無いのだが。
「それにしても汚いよねここ」
「ちゃんと後で掃除するんだろうけどね……唾だか水滴だかがたっくさん床に落ちてる」
「まあいいや……電気も消したし、さっさと帰ろうかフルー……あ、あれ?」
扉が開かない。押しても引いても動く気配が全くなく、ロックを外そうとしてもノブが全く回ってくれない。
「え……ちょっと誰っ!!?そりゃ私があのタイミングで成功に水差したのは悪かったけどさぁ!!!」
「……違う、これは人の仕業じゃ……後ろっ!!!!」
「え……あれ、緑っ!?」
この部屋に入る前、電気は付いていなかった。昼とは言え光が入らないため暗いこの部屋にもし普通に入るとしたら、電気をつけないはずは無いのだ。それに彼女の顔は、さっきと違って妙に生き生きしている。
「私も忘れ物しててさ、さっきはごめんね、あんな無茶させて」
「違う……緑じゃない、何か別のものが取りついてる」
「別にどうもないよ、ただ大分気分が良くなっただけ」
「緑……何でフルーの声が聞こえるの?」
スピリットの声は一般人には聞こえないはずだ。波長の問題など色々理由はあるのだが、とにもかくにもフルーの警告は緑に聞こえないはずなのだ。
それまでずっとそれで通してきた、だが仮にスピリットを手にしたとして、それを緑が言わないと言う事は……
「……ちっ、詰めを誤ったk……っ、ああああっ!!!!飛鳥、逃げてぇえええっ!!!!!」
「そうか、ダークスピリット……緑の体調がずっと悪かったのって、ダークスピリットの意識と無意識のうちにずっと戦ってたからなんだ!」
「……っ、まだ足掻くとは。無理して演奏なんてしなけりゃ、もう少し自分の時間を楽しめたのに」
ダークスピリット、それは一度戦いに敗れ主を失ったスピリットの事だ。スピリットは主を殺された場合そのままこの世界でのたれ死んでも構わないのだが、あえてそれさえ許されず自分の主を殺した人間に支配されると言う哀れな末路。
ダークスピリットを植え付けられた人間はスピリットに意識を乗っ取られ、スピリットが死に際に持っていた負の感情を動力にして稼動する。通常のスピリット持ちと異なり一切成長することは無く、人とスピリットの間にも何の感情も育ちはしない。
「とりあえず、ここからは出られないよ、僕を倒さない限りは」
「ふざけないで、緑から出て行って!!!」
「僕にも目的があってわざわざ神界から来てるんだ……そのためなら、こんな女一人何と言う事は無いんだよ」
「ストリングアウト!!!!!」
飛鳥の手から白い糸が飛び、緑の肉体を拘束する。信の鞭ほどではないが自在に動く糸、鉄よりも遥かに強い硬度を誇り柔軟だ、普通の力では絶対に切れない。だが……
「無駄だよ……おおあああああっ!!!!!」
「何、あの力っ!!?」
「無駄さ、あの人のお陰で蘇り、最高の主を手にするまで新たに得た力だ……僕は死ぬ前よりはるかに強い、その僕に勝てるとでも?」
段々と緑の面影が消えていく。彼女はもう戻らないのでは無いか、そんな不安が胸をよぎる。
「終わらせないよ……緑の未来も、私のこれからだって!!!」
「なら続けて見せろよ!『岩雪崩』!!!!!」
「弾け、『迎尾剣』!!!!!
『EQUIP・I09』
刃渡りの広く刀身の丸い剣が飛鳥の右手に握られる。彼女はそれに左手を添え、降ってくる大岩を弾き飛ばした。かなり大きな力が働いたはずだ、だが岩は破壊されず飛鳥もそんな大きな力を発揮したわけでは無い。
これは単純に防御のための剣なのだ。物理的な外からの圧力に反応し反発し弾き返す。逆にこちらから攻撃を行っても斬撃によるダメージはほぼ無いに等しい。
ポーンクラスのスピリットの中でも、『I』(INSECT)、つまり虫属性のスピリットは非常に弱い立場にある。成体まで進まないと非常に生き残るには厳しい状況なのだ。
「へぇ、じゃあその剣と糸で戦うってわけか……失望したよ、『岩雪崩』!!!!」
「ストリングアウト!!!!!」
飛鳥の頭上に出現した四つの岩に彼女は糸を飛ばしてそれぞれ結びつけ、左右に引っ張る。かなり重い岩ではあるが、落下する向きを変えるだけならさほど力を使う事は無い。だが、糸と岩がすべて連結される前に、飛鳥の動きが止まった。
「『暗闇縛』」
「飛鳥ぁあああああっ!!!!!!!」
闇の力が飛鳥の動きを完全に止める。四つの岩は向きを変えることなく、まっすぐ飛鳥に降り注いだ。
「飛鳥っ!!こんな、嫌だ……死なないでっ!!!!」
「う……だ、大丈夫。あの攻撃、闇の力で私を縛るだけじゃなくて、闇の壁で多少攻撃を防いでくれるみたい」
「だがそれがどうした。いくら軽減すると言っても、もう一発食らえば流石に死ぬだろう?」
飛鳥の体は岩の突起によって無数の切り傷と単純な打撲によってかなりのダメージを受けていた。
確かにさっきの拘束する技は攻撃のダメージを軽減してくれる。だが軽減しても岩属性の攻撃は虫属性に大きなダメージを与えてしまうのだ。彼の言う通り、あと一発で飛鳥は沈むだろう。
「別にもう満身創痍だろうけど、まあ念には念を入れて……『暗黒縛』」
「うっ、体が……まずい、今度こそ死ぬ……」
「だめっ、こんなの……死んじゃやだ、飛鳥ぁあっ!!!!」
「『尖岩槍』!!!!」
左手で飛鳥の周囲の空間を制御し、右手に尖った岩をまとう。そして飛鳥を封じる事を第一に考え一切の油断なく彼女に近づく。
「さあ……今度こそ、死んでしまえぇええっ!!!!」
「いや……いやぁああああっ!!!!!!」
緑の足音がゆっくりと近づく。そして最後の一歩を踏み出した右足が、ジャリッと言う音を出した。
「……??」
「氷……」
「何だ、これ……っ!!!?」
驚いて大きく引く緑の体。完全に攻撃の手段を奪ったと思った敵の体には至る所に氷の矢が突き刺さっていた。
「何だっ!?この部屋は完全にロックしているはず……誰だっ!!!!?」
「ふう、その程度の攻撃で簡単に封印を解除してくれるか……折角の休みを費やして見に来たのに、これ以上私に手間をかけさせるのか?」
「見に来てて、くれたんだ……玲於奈っ!!!」