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9話 飛鳥のブラバン奮闘記(前)

前後合わせるとなかなか長いです。ってか吹奏楽の描写むずいです。のだめ尊敬……

まああれはオケだしマンガなんだけど……それでも凄いですよねぇ。

それは飛鳥達吹奏楽部の県吹奏楽祭最後の練習日(正確には12月23日)だった。曲は以前フィギュアスケートで脚光を浴びた名曲・『仮面舞踏会』(作・A.ハチャトゥリアン)より1・ワルツ、4・ロマンス、5・ギャロップ。課題だった第五楽章のクラ、フルートのダブルソロも何とか完成へとこぎつけ、県でも十分通用する内容に仕上がった。


「……で、私に見に来いと」

「うんうん。玲於奈もたまには芸術に触れちゃってよ」

「一応言っておくが……私はさっき京都から帰って来たんだぞ」


一応練習を終えてでかい楽器をトラックに積んで運んでもらった後の校門前。飛鳥は事前に呼んでおいた玲於奈に明日の本番を見に来てと誘っていた。


ちなみに、先日は弓道部の全国大会が京都で行われており、我が校からも代表が出ている。その中でもトップクラスの実力を誇るのが玲於奈で、全国2位の座も彼女によるところが大きい。


いろいろと観光目的だったりもあって5泊6日の長旅だったのだが、それから帰って来てちゃんと学校もサボらずに顔を出した疲労困憊気味の友達を誘うなど親しき仲にも礼儀ありだ。


「まあ、どうせクリスマスも予定無いんでしょ?」

「お前は本当に私を誘う気があるのか?」

「まあまあ……とりあえず、チケットは渡したからねっ!」


買えば800円の割高なチケットである。それがタダだと言うからまあお得ではあるが。このチケット代は演奏会の参加費に含まれており、演奏する団体はこのチケットを親しい友人などに配布することが出来る手はずになっている。


「音楽か……仮面舞踏会くらいなら聞いてやるか」


飛鳥が見えなくなるのを確認してから、彼女は静かに呟いた。


冷たい風が、静かに彼女の頬を撫でた。



「(×大多数)遅いっ!!!!!」(×大多数)


と言った具合に大勢の仲間から朝っぱらからダメ出しを喰らう飛鳥。ちなみに括弧の数は何人の人間が同じセリフを同時に吐いたかを表しています。そう言う事です。


飛鳥は早速遅刻かましてくれ、髪もぼっさぼさである。一応防寒具はばっちり着こなしているが、このままステージに立つと最早コメディだ。


「もう、大変だね飛鳥……はい、これでよしっと」

「いつもありがとね緑。さてと、今日のステージは最高のものにしようねっ!!」


シーンと言う空気が流れる。二年は勿論後輩の一年までリアクションがとれないでいる。とりあえず先生がいなくてよかった(先生は用事で後から合流)、居たら笑い話では済まない。


「……よしっ、行こう」

「ごめん、のれない……」


親友泣かせな友達だ。



「はぁ、はぁ……」


本番前の最終合わせの前の休み時間、緑はトイレで嘔吐していた。朝からこの調子だ、しかもどんどん酷くなっているのが自分でもわかる。


「もう、何なのよ……朝すれ違ったあの人を思い出すだけで気持ち悪くなってくる……」


何時も通り早めに家を出てゆっくり歩いてきた彼女だったが、人気の無い通りで長身の男性と肩をぶつけてしまったのだ。


男は軽く微笑んで謝り、すぐにどこかへと歩いて行った。顔はよく見ていない。だが、おぞましいほどに嫌な感じがしたのだ。そして、その感じが今もこうして表面に出ている。


「嫌だ、私達で最後なのに……この演奏会をぶち壊すなんて真似……」

「先輩、練習もうすぐ始まりま……だっ、大丈夫ですか!!?」

「ごめんね、すぐ行く……」

「でも……」

「大丈夫!!……怒ってごめん、でも吐いたらなんとか気分も良くなったから」


後輩の女子部員だ。彼女はクラリネットの3rdを担当するすらっとした体型で、先輩思いのとてもいい子だ。そんな子を怒鳴ってしまった……あまり緑としては気持ちのいい物では無い。


「行くんだ、私が居ないと終われない……」


何時もなら他に1stはいるのでその人に任せても良いのだが、今回は曲が悪すぎた。自分がいなくては第5楽章を締められない、代奏を頼むには譜面が難しすぎる。



この会場は公演する団体に備え、小さいながらも響きを似せた練習ホールを備えている。照明も沢山上にぶら下がっているが、あまり需要は無いらしい。


異変に第一に気がついたのはさっきの後輩だっただろうが、恐らく二番目は飛鳥だったに違いない。彼女の立ち位置は1stクラリネットの後ろだが、曲に乗れていないのが背中で分かる。


(緑……)


そんなもやもやを残したまま、第4楽章が終わる。そして次へ向けて、指揮の先生が素早く指揮棒を振り上げる。♩=168の凄まじく速い第5楽章・ギャロップ。最初の一発を彼女は乗り遅れてしまい、合奏が止まった。


「飛鳥!!お前1stだろ、ちゃんと指揮見ろよ!!!」

「はいっ!!!すみません!!!」


指揮者にして吹奏楽部顧問の市川(男)が指揮棒を飛鳥へ突き刺すように向ける。本番前にこのミスはやばい。そんなにこの部は甘くない。


「じゃあもう一回、4の最後4小節目から」

「はいっ!!!」


そして4が終わり、5が開始される。この曲は流石に他人の心配をしているわけにはいかない。さっきの飛鳥のミスのせいで心なしかテンポも上がっている。


そして、ゆっくりリタルダント(だんだん遅くの意)がかかり、クラのソロに移行しようとした……その時だった。


ガタッ……嫌な音がした。そして……照明の一つが落ちて、破片が飛散する。最初のは入り口付近の誰も人がいない場所、だが次は……指揮者から見て左前、つまり……


緑の真上だった。周囲の人間は逃げたが、体調不良の緑は逃げ遅れてその場に倒れこんでしまった。


「ううっ……」

「緑危ないっ!!!!!」


右へ逃げれば一番安全だったのだ、だが飛鳥は一旦危険な前方へ飛び出し、緑の首根っこを掴んでさらに前へと飛び込んだ。


「はぁ、はぁ……大丈夫、緑?」

「うん……ううっ、ああああっ!!!!!」


突然頭を押さえて体をくの字に曲げ苦しむ緑。そんな極限状況でも楽器を一旦指揮台に置くのだから大したものだ。こんなに苦しそうな緑は初めて見た。


だが、彼女は立ち上がった。そしてまだふらつく足取りで先生の元へたどり着くと、死にそうな顔で一言絞り出すように言った。


「すいません、体調悪いんで少し休んでます……」

「……無理して出るなよ、お前の努力は分かってるから」


以前聞いた話だが、先生自身もそう言う経験があったらしい。どうしようもないくらいの体調不良の中で音大の何十周年かの記念に行われたコンサートに1stで参加しなければならなかったとかいう話が。


「……どうするかな」

「先生……」


飛鳥は戦々恐々としているこの状況で先生の元へ歩み寄り耳打ち。彼は静かに首を縦に振った。



「ダメだ、ほんとにやばい……うっ、おおええっ!!」


トイレにこもりっきりの彼女は、もう吐くものが無いのに何だか黄色い液体を吐き続けていた。頭痛もだんだんと酷くなっている。


「緑、大丈夫……じゃないね」

「飛鳥……うっ」

「無理しなくて良いんだよ?何とか出来るから」

「ううん、完成させたいの……だって、もう残り少ない本番でしょ?」

「そうだけど……そうだね。じゃあ、楽屋で待ってるからね」


それだけ言って、飛鳥はトイレをでようとした。が、不意に足を止める。そして、恐る恐る緑の方を向いた。


「み、緑……今何か言った?」

「……え?」

「あ、いや、何でもない……」


無理やり笑顔を作り、彼女は走って出て行った。


「痛い、頭が、痛いよ……『次こそは殺してやる』」


それは静かな悪魔のささやきだった。



緑の体調は幾分回復したようで、昼休みの終り頃には笑顔で戻ってきた。だが回復したと言っても一般人の元気さは持ち合わせておらず、結構辛そうだった。


「もうすぐ本番だよ、大丈夫?」

「無理しない方がいいよ、ホントに」

「大丈夫だから……心配させてごめんね」


そして楽屋をある程度綺麗に片づけてステージ裏に並ぶ。打楽器の部員は別のルートを通って楽器を搬入しているので今は管楽器のメンバーしかいない。


先生も心配しているらしくさっきからこちらへの目配せが多い。だが、そうしている間にも前の団体の演奏が終わる。曲は『カルメン』、テンポも曲調も場面ごとに全く異なるかなり難度の高い曲だ。


「上手い……けど、私達ほどじゃないよね?」

「うん……行こう、緑」


静かに木管全員でガッツポーズをとると、ちゃんと並んで胸を張ってステージに出ていく。そして観客の拍手も自然と止み、指揮棒が上がった。

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