僕を飾ったのは僕じゃないよ?
僕の手を繋いだだけで幸せに満ちている山口の顔を見て、胸が温かくなっていくのを感じた。
僕を車に乗せる山口の有頂天な姿に、僕までも幸せになるのだ。
「思いもかけずに二人きりになれて嬉しいよ。ちょっとだけだけどね。」
「この格好は嫌いなくせに。」
彼は僕にウィンクをして車を発進させた。
一週間ぶりに再会した彼は、僕を一目見るなり膝を付き、四つん這いになった彼は言葉を悔しそうに絞り出したのである。
「チクショウ、百目鬼め。」
「どうしたの?淳平君。」
四つん這いになった山口の肩に手を置くと、彼は突然笑い出した。
「百目鬼さんは、君に完璧な女性の格好をさせて僕をくじけさせようと企んだのだね。でもね、僕は普通に女性も綺麗だと観賞できる男だから平気さ。君は凄く綺麗だよ。」
僕は良純和尚によってコーディネートされており、フレンチ袖のシフォンの白ブラウスに黒のガウチョパンツという姿であった。
足元はビジューの付いたパンプスで、その時は室内だからパンプス用のちっちゃな靴下だ。
エアコンの風除けに黒のシフォンストールまである。
そのストールは輪になっていて、ボレロにもなる不思議な造りだ。
良純和尚がこれらをどこで買ってくるのか、どうやって選んでいるのか、僕は未だに怖くて聞けないし想像もしたくない。
「今日は僕が物件の説明と案内をお客さんにしたのです。そのためのこの格好です。だって、本格的に留学するか迷っている時に、淳平君の気持ちを教えてくれたのは良純さんですよ。そんな意地悪しませんよ。」
僕は山口の良純和尚への誤解を解くべく試みた。僕が留学のプレ期間で帰ってきたのは、良純和尚が山口がまだ僕を好きなのだと返信してくれたからだ、と。
「え?本当に留学だったんだ。」
「二週間お試しして、授業についていけたら本格留学する予定だったんです。凄く面白い講座で、誘ってくれた教授の授業が楽しくって。二週間でしたが良い経験でしたよ。」
驚いた顔をしていた山口は悲しそうな表情になり、僕を見つめる目はとても真剣だ。
「俺はいつまでも君を待つから、君がやりたいことをやるべきだよ。留学がしたいならしなさいよ。」
山口は本当に僕のことを考えてくれているのだと胸の内が一杯になり、僕もイギリスで思ったことを彼に伝えねばと考えた。
「淳平君がいないし、ご飯がまずいから嫌です。」
僕の返答に山口は大笑いしてソファに転がり、「クロトは本当に可愛い。」と僕の手を掴んで引き寄せて隣に座らせたのだ。
祖母の咲子と葉子の目の前で、だ。
だが、二人ともキラキラの王子様仕様の山口がおどける様に見惚れるばかりであった、と僕は思い出した。
彼は普段は目立たないようにカモフラージュしているが、実際は線が細く繊細な美青年なのである。
こうして車を運転する横顔はカメオのように美しく柔らかい。
「署内の連中の羨ましがる顔が見れるね。君はどこから見ても完璧な美女だ。」
僕の視線を知ってか知らずか、有頂天になっている彼はこれでもかと僕を褒めるので、僕は山口の思い込みを正さなければという気持ちになった。
これは僕の手柄では無いのだ。
「あんまり褒めないでくださいよ。これは全部良純さんの仕上げなんですからね。」
キキーとパトカーが停まり、山口が僕を唖然とした顔で見つめ返してきた。
「君が自分で化粧しているんじゃないの?」
「良純さんです。服も持ち物も全部彼が選んだものです。」
「チクショウ!百目鬼め!」
僕の返答に山口は叫ぶと、ハンドルを良純和尚に見立てたかのように両手でバンバンと叩いていたが、僕は山口がなぜ良純和尚に対してここまで怒るのかが良く分からなかった。