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あなたの為に俺は経を今日も読む

 瑞希の葬式はひっそりと家族だけで行われ、俺が式を取り仕切った。

 三厩家の誰もが悲しみ、悲しみに浸らせるために俺が経を読んだのだ。

 彼は病院に運ばれた三日後に息を引き取ったが、死に顔も安らかで家族も別れが出来たからか、悲しみは深くても落ち着いていた。


 遺体の火葬はこの地方の、「通夜の前」の風習を変えて、「葬式の後」にした。

 安らかな顔を出来る限り家族に見せるべきだと思ったのだ。

 そして、初七日はしない。

 俺がするべきではないのだ。

 それこそ祖父の篤志がするべきなのだ。


 三厩隆志は篤志の弟として出席していた。


「篤円和尚はあなたが父親だとわからないので?」


 隆志はふっと寂しそうに微笑んだ。


「私は妖怪のようなものだ。私が弟だと言えばそう思い込む。私は生きているが生きていないと同じ存在なのだよ。」


「俺も、楊もあなたが道場主で大学教授だと思っておりますが、それも?」


 彼はハハっと笑い、「それは本当だね。」と言う。


「だがね、私が今の人生をやめて別の人間に成り代わると、君達は私を忘れる。私が円慈えんじ和尚をやめた時は、息子も友人も妻でさえ、誰も彼もが円慈を忘れてしまった。篤志など、葬式をしてもいないのに、自分が私に引導を渡したとまで思い込んでいる始末だ。」


 ハハハっと乾いた笑い声をあげる彼に、俺はなぜか身の内から哀れさという感情が沸き上がって来ていた。

 「無視」はその存在を認識した上での「無視」でしかないが、「忘却」は存在そのものが存在しない。

 彼は生きながら偲ばれることも無い無縁仏に落とされたのだと、俺は俊明和尚を失ったその時の自分を彼に重ねてしまったのだ。


 宗派の山には切られ、血族に俺を気に掛けるものは誰一人いない。


「君は一人にはならないよ。」


 俺の物思いを呼んだような三厩の言葉に俺は引き戻され、三厩が俊明和尚のような目つきで俺を見つめていたことを知り、俺は何かを、この不老不死だと言い張る妖怪に言うべきのような気もしたのだが、彼はいつも通りの狸顔に戻った。


「当主はどうしている?」


「三年前に瑞希にかかった呪いを見つけると、ずっと仕掛けの所にいます。彼の死は寿命でなく奪われたものであるから、と。」


 玄人は自分の作った仕掛けの前で、最初の呪いを探している。

 武本家の呪いではなく、最初に瑞希を殺した呪い、だ。

 それさえなければ三厩家の不幸は起きなかったのだ。

 だが、それを聞いて三厩は先程よりも肩を落とし、ゆっくりと首を横に振った。


「みつからないよ。」


「ご存知なので?」


「本来の私の寿命が尽きた年だ。死神が私の代りにひ孫の命を奪ったのさ。」



 葬式が終わった二日後に俺達は東京に戻り、翌日に俺は三厩道場を継いでいた事を知った。訃報を知らせに来たのは三厩隆志の妻の伊都子いつこだ。

 黒髪が年の割には黒々として美しく、もともと若く見えていた彼女がさらに若返って見えた事に、妖怪から解放されたからか?と皮肉な気持ちになりながら、俺は伊都子の言葉を聞いていた。


「主人が急に亡くなった際には和尚様に心のこもった葬式を上げていただき、本当にありがとうございました。故郷の墓に納骨も済みまして遺品を整理しておりましたらこの書類がありましたので、どうぞお納めください。そして、遅くなりましたが、これも。」


 道場の名義変更その他の書類と、葬式に対する布施までも手渡された。

 俺は呆然としたまま受け取るしかなかった。

 彼は三厩隆志であることをやめたのだ。


 大学のホームページにも彼への弔文が載っており、それも玄人が新潟で復活したその日の日付であり、これは彼が決めていた事だと俺の前から彼の存在が無くなった事を受け入れるしかなかった。

 だが、俺は未だに彼が死んでなどいないと分かっている。

 楊でさえ、三厩の事を尋ねると「あれはいい葬式だったよ。」と俺に感謝を述べていたのに、だ。


「これは、俺とは縁を切りたくないという奴の思いだな。」


 奴が覚えていて欲しいと願うのならば覚えているまでだ。

 だが、彼の為に俺は経を上げ、彼の修行を積んでやろう。

 いつか彼がこの世を去ることができる日の為に。


 せめて、俺達と同じところに逝けるように。   (おわり)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 改定お疲れ様です。 今回の話もご馳走様でした。何だか、クロトも随分大人になったものだ、と何だか親族の一員になったような気分になります。 それにしてもラストで、切ないけれど救いがあるのだなと…
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