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被疑者ではなく被害者

 おかしな話であるが、一般人の俺が地下に連れて行かれて、死体安置所の脇に作られた秘密の部屋にて動く死体と対面させられた事もあるのだ。


 この世は黄泉平坂から悪鬼を越えさせないために死者よりも生者の数が多くないといけないというルールがあるらしく、時々出生数よりも死者数を上回った時に死ねない人間が生まれるという。


 楊の深刻そうな顔で「またその手の事件か?」と身構えたが、今回はそうではなく胸を撫でおろしたが、大体そんな非日常な事柄が日常になったことが間違っているのである。

 世界は最近狂ってやがる。


「楊警部、お連れしましたよ。」


「ありがとう。」


 担当さんと言う制服警官に連れてこられた青年は、出会ったばかりの玄人のようにうな垂れており、暴行を受けたその時のままなのか、本人の血と泥で染みになった服をまとっていた。

 だが、汚れていてもその男の七分袖の紺色の綿シャツは、玄人のお気に入りとそっくりの形も生地も良いものである。


「ここに座ってもらえるかな。」


 立ち上がって声をかけた楊にその男は顔を少々傾けたが、その顔は見た事のある顔付きだった。

 顔面上の腫れで台無しだが、玄人の血縁上の父親にどことなくどころか親子のように似ている東北人顔だ。

 なぜ楊が気づかないのかと訝しがりながら、俺は男に言葉をかけていた。


「君は玄人の親戚か?」


「あなたは?」


「俺はあいつの父親の百目鬼だ。」


 俺が答えるや否や、男は俺達に身を乗り出すようにして俺達の間にあるテーブルに手をつくと、必死な顔で懇願し始めたではないか。


「お願いします。玄人に会わせて下さい。僕はこのままじゃあ青森に帰れません。」


「青森って、君は玄人君の青森の親戚?もしかして、ちびの和君?ちびがよく自慢している和久かずひさ君か。それではやとさんに似ていたのね。」


 楊が間抜けな声で聞き返すと、彼はウンウンと大きく頷く。


「それならさっさと身元を言えば良かったじゃない。あの隼さんに似すぎているからさ、逆に俺はちびに会わせていいものかと悩んでいたんだからね。」


「すいません。身内に知られたくなかったんです。騙されて武本に損害を与えてしまったので。武本は玄人のものなのに。でも、玄人がいるなら、彼が助けてくれるなら。助けてくれなくても、僕は玄人に会って謝ってから死にたいです。」


 玄人とそっくりに半泣きで卑屈な物言いをする和久は、俺が以前に電話でやり取りした和久では無かった。

 玄人がとても信頼して慕う人物に違いないという確信を、俺はその時の電話のしっかりとした彼の声から感じたものだ。


 そして、俺がそう思うのは和久を認めたくないと、反射的に彼の姿を見て反射的に俺が思ったからであろうか。

 和久の外見が玄人を決して認めなかった父親の隼にかなり似ている事に、俺は少々衝撃を受けたのである。


 玄人は実の父親の愛こそを本当は望んでいたのか、と。


 玄人の実父の隼は、完全に玄人の存在を無視して彼の人格を否定して傷つけ続け、大学時代の恋人であった再婚相手に、金だけでなく記憶喪失で脅える幼い玄人が拠り所にしていた持ち物までも奪わせるままにしていたのだ。


 そして金の狂気に陥った彼女は、隼との子供だと思い込ませていた甥に金のために隼と玄人を殺させようとしたのであるが、彼女自身も甥を自分の息子だと思い込んでいたふしがあったのは、彼女には甥が生まれた同時期に子供を産んでいた過去があったのである。


「あの、あの人と似ているなんて言い方はやめてください。……でも、あぁ、実際に似てますね。クロちゃんの不幸を僕は気づいていたのに助けてあげられなかったのですから。」


「いや、こちらこそ無神経にごめんね。それじゃあ、身元も判明した事だし、ここではなく、僕の部署の方へに行こうか。もう、自殺はしないんでしょう。」


「は、はは。本当に申し訳ありません。」


 楊は一瞬で彼に好感を抱いたようであるが、俺はその内気だが人の良さそうな男に一瞬で不快感を抱いてしまっていた。


 玄人には武本家五十年の呪いが掛かっている。


 武本家の当主になると五十年しか生きられない呪いが自動的に掛かる為に、玄人の実父と期待の星の和久に呪いが行かないための身代わりとして生み出されたのが玄人だ。

 その反吐の出る行為に寄らなければ玄人が生まれることは無かったからと、俺は今まで彼らを憎むことは無かったが、遺伝子異常を持って生まれたがゆえに寿命が短く、武本家の呪いがあるためにまだ生きられると喜ぶ玄人が、この健康そうな従兄を前にして初めて哀れに思ってしまったのである。


 あいつには本来の余命などとうに無い。

 五十年の呪いがあっても、五十までは生きていられるかわからないのである。


 それでも玄人に従兄についてのメールを打った。

 玄人が時々語る青森の従兄は、彼が実父と継母に虐待されていた時には頼れる兄のような存在だったようなのである。

 そのせいか、玄人からは返信ではなく通話で返ってきた。


「和君に今すぐ代ってください。」


 和久は俺からスマートフォンを渡されると、最初は怖々、そして最後には「クロちゃん、クロちゃん。」と泣きながらしゃがみこんでしまった。


「ほんとに御免。武本の琥珀を盗まれちゃったよ。」


「百目鬼、すぐにちびをこっちに呼んでくれ。」


「山口の逢瀬を邪魔していいのか。」


 奴は目玉をぐるっとさせた。


「この犯罪に遭った被害者の調書を取る必要があるだろ。」

「お前はそういえば警察官だったな。」

「お前を担当さんに渡すぞ。」

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