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助けに来たのか滅ぼしに来たのか

 青天目は目の前の障害にウンザリしていた。


 両手が使えるようにと胸ポケットに差し込まれた小型LEDライトが、城嶋家の室内に白く安っぽい明りを投げかけていた。そのスポットライトのような明りのせいか、どれもこれも嘘くさく作り物のようで滑稽だと、青天目は吐き捨てたい気持ちとなっていった。


 彼は城嶋家に深夜忍び込み、目指す的である城嶋秀樹がいるであろう部屋へとまず向かった。

 この家の近所が秀樹の存在を知らないのは、十数年前に城嶋家が引っ越してきた時に近隣住民と交流したのが上の息子の二人だけで、近隣住民は城嶋家が四人家族だと信じきっているからである。


 城嶋家がこの家に引っ越して来たのは、先の土地での末子への虐待が公になったからだった。


 三歳の秀樹は上の兄二人にサッカーボール代わりに蹴られて重傷を負い、怪我が回復した後は目も見えず耳も聞こえないという障害が残ってしまったのである。

 兄達は幼いと言えども分別のついているはずの年頃であり、弟が不倫の子だという噂が近隣に流れたからではないのかと青天目は推測していた。

 秀樹が兄達によって虐待されたその場には、彼らの父親もいたのである。


 そしてこの町に引っ越して来た城嶋家であったが、それは当り前のように幸せな団欒からは遠い家となっていた。一年も経たずに、母親が家から消えたのである。


 実弟殺しを経験して咎められる事は無く、更に母親に見捨てられた兄二人が真っ当に成長できるはずもないだろうと、青天目は当たり前だと城嶋家の二親を心の中で罵った。


 双子であった兄の片方はおかしな宗教団体へ出家しており、もう片方はこの家で働きもせずに怠惰な生活を送っていたという。


「いい若者が身体中を骨折して衰弱死しているって、どういうことなんだろう。そして、目の前のおばちゃんゾンビに、俺はどう対応したらいいのだろう。」


 二階リビングのソファには、一週間は経っている腐乱途中の死体が転がっていた。

 三階への階段を上がって、夫婦の、妻に逃げられた後に完全に夫だけのものとなった寝室には、夫らしきものだった肉片が腐っていた。

 さらに夫婦の部屋のウォーキングクローゼットの前には、青天目の行く手を妨げるようにして、完全なる死人が座りこんでいるのだ。


「そこに秀樹君がいるんだな。」


「守るから守るから守るから守るから守るから守るから守るから守るから守る。」


 ぶつぶつ呟いているのは、秀樹の母の城嶋美智子であろう。

 美智子の顔には殴られた痕が残り、後頭部には血が固まっている。


 ふいと死人から目を逸らした青天目の目には、夫婦の寝室の壁に人が叩きつけられて出来た血の跡が見えた。

 刑事でない青天目にも、それが目の前の女性が叩きつけられてできた血の跡なのだろうと、簡単に推測できるほどの真っ赤な染みだった。


 誰が叩きつけたのか?

 クローゼットに隠されている末っ子か?


「ねぇ、俺は秀樹君を助けに来たのだからさ、そこを退いてくれないかな?」


 しかし、彼女はぶつぶつと念仏を唱えるだけで一切動かない。

 彼女が守ろうとするのはリビングのソファで転がっていた兄の方か?

 どうするべきか悩む一歩手前で、がたんっとクローゼットが動いた。

 ガタ、ガタンと扉が動き、隙間が開くと中から饐えた糞尿の臭いが部屋に広がったのである。

 大きな生き物が荒い呼吸をしているのも聞こえた。


 確実に扉の向こうには生きている人間がいると青天目は思ったが、死ぬ前にした脱糞であるかもと考えを改めた。


「守るから守るから守るから守るか。」


「あんたは何を守りたいのですか!後ろで暴れる人間ですか?既に死んで腐っている、あなたの息子と旦那でしょうか?」


 がた、ガタタタ、がたん。


 美智子は青天目に対して顔を上げた。

 しかし彼女は青天目に意識を向けたのではなく、後ろの扉の動きに反応しただけであった。

 顔を上げた彼女はそのうつろな瞳のそのまま、身を屈めた姿のまま立ち上がり、クローゼットの扉に寄りかかって、今までと違う言葉を呟き始めた。


「駄目。ここにいなさい。だめ。お父さんや達樹に殴られる。ここよ。ここにいなさい。あなたはここにいなさい。」


 青天目は美智子の死人でありながら血色のよい肌を見て、それから肉片と為った死体を見て、この惨劇は美智子によるものだと理解した。


 三重苦だという末子を庇って殺された彼女が、死人となったその馬鹿力で彼女を殺した長男と夫を殺したのだろうと。


 青天目はクローゼットの前にいる彼女を、拳銃のグリップを使って強く殴って払い除けた。

 それから、クローゼットの扉を全開した。


 クローゼットの中には、運動もせずに太ってたるんだ体をした大男が、血と糞尿まみれで転がっていた。

 赤ん坊のように四肢を丸めて。

 青天目の脳裏に、血の海の中に溺れて沈んでいくように見えた、息子の残骸が閃いた。

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