担当さんとは?
「当たり前だろうが。二週間ぶりの家族水入らずだ。余計な水はいらねぇんだよ。特にハッテン場が大好きらしい汚れた水はね。」
「だからさ、お前の言うとおりにあいつは血液検査を受けたし、お前との約束どおりに三ヶ月は手を出さないから、もうちょっと許してやれよ。人差し指にちびから貰ったって変な指輪を嵌めてさぁ、盛りのついた高校生みたいに喜んでいるしって、何?」
俺は楊の口にした人差し指で、吹き出したどころか大笑いをしてしまったのだ。
「いやあ、あの馬鹿はね、本当は指輪を山口の薬指に嵌めるつもりだったんだよ。店員の言うとおりにさ、最初に中指に嵌めさせて、嵌らないから薬指にってするつもりがね、山口が人差し指って言ったから人差し指に落ち着いたんだそうだ。」
「うわ、山口はちびに気を使って自爆したのね。まぁいいや。馬に蹴られたくないから黙っていてあげよう。あいつはちびに会えるとカレンダーに印つけているくらいの馬鹿で、最近のはしゃぎっぷりが煩いからね。」
俺よりも酷い事を行っている楊だが、山口は楊の自宅に同居しており、同じく同居している相棒の髙の秘蔵っ子ということもあり、楊にとって家族同然なのだ。
楊は落ちている生き物は何でも拾い可愛がる性質で、彼は拾ったワカケホンセイインコの「乙女」と玄人の祖父から貰った二羽の文鳥を飼っており、髙が楊宅に居候する理由となった「なずな」という名のブリュッセルグリフォンさえも受け入れている。
虐待されて片目のない小型犬は可愛いよりも不気味が先に立つが、頬摺りまでして可愛がれる楊はきっと俺よりも大きな器の男なのだろう。
だが俺だって玄人の「アンズ」を玄人の代りに世話をしてやったりしているし、玄人の時々姿を現すバター犬対策に、居間にエアコンを入れて玄人と同室で寝たりと苦労しているのだから、俺も器の大きな男なはずだ。
そう、バター犬。
玄人を護衛していた呉羽大吾が前世と同じに玄人を守れなかったと、玄人を殺そうとする犯人の猟銃の前に身を躍らせて殆ど自殺のように殺されたのだ。
その魂を玄人が自分を守る犬神に変えたと聞いたが、本当に馬鹿の妄言だ。
それでも、姿を現せたり消えたりする幽霊犬が存在しているのは確かで、そしてその幽霊犬は玄人にべったりで、見ているこっちが猟銃で撃ち殺したくなる程の甘え振りなのだ。
前言撤回だ。
こんな非日常を受け入れて対処までしている俺は、楊よりも大きな器の男だ。
「まぁ、山口は良いからさ、俺を呼んだ理由をさっさと話してくれないかな。お前が俺に恋焦がれて一対一で会いたかっただけじゃないだろ。」
「言わないで!内緒の恋なのに!」
楊は冗談めかして笑うが、すぐに真顔に戻った。
「留置室にね、身元不明の男が居るんだけどさ、そいつちびの写真を後生大事に持っていてね。それも隠し撮りした視線がこっちに向いてない奴。」
「また、そんな話か。」
玄人は小学校時代の苛めの後遺症か同年代の同性の友人を作れないが、年上の男からはなぜか恋慕されるという特性を持っている。
それは女性化する前からだ。
山口はもちろんそれに当てはまり、毎日「好きだ。」を連呼して纏わりついていれば誰だって絆される。
玄人も本当の恋というよりは、友達が一人も居なかった境遇だからこその山口の存在であり、山口への愛情ではないかと俺は思う。
山口可哀相に、ハハっ。
「危険な男なのか?」
「全然。それどころか強盗にあったような姿でさ。昨夜に保護して病院に連れて行った後にね、自殺しかけたんで留置室で保護しているってだけ。かわいそうでさ。ちびに会わせてやりたいんだけど、お前の許可がいるだろ?」
玄人は玄人の女装姿に騙された男達によって殺されかけた過去が何度もある。
「俺が会ってそいつが大丈夫か確認しろって、そういうことか?」
「そう。留置場の奴は財布も身分証明書も持っていなければ、全然話さないし、経歴がキレイすぎるのか身元確認が出来ないんだよね。玄人に会わせれば身の上くらいは話してくれる気がするからさ。」
楊はどうやら留置場の奴に同情しているようだ。
コイツは弱っている奴に弱い。
高校時代に話した事もない俺達がこうして友人となったのは、俺が弱っている時に楊に再会したからだ。
彼は俺との諍いもなかった事にして、俺が困っているという理由だけで俺に色々と手助けをしてくれた大馬鹿野郎なのである。
「わかったよ。俺が会ってやるよ。」
そうして、俺は楊に案内されたのだが、相手が危険性のない男だからと小会議室のような面談室で会う事となった。
「留置室とやらには行かないのか。」
「お前を留置したい願望はあるけどね。あそこに一般人のお前を勝手に連れて行ったら、いくら警部の俺でも担当さんに殺されるね。」
「何、担当さんて。」
「え、留置室の担当警官さん。ここ刑務所じゃないから。」
「あぁ、そうか。」
楊とくだらない話をしながら何事も無い顔を俺はしていたが、実は地下ではなく一階の明るい部屋に連れ込まれた事にかなりホッとしていた。