相談したら相談事に
髙からの返答は、何も出来ない、という簡単なものだった。
「人殺しもしてないし、自分の短い人生を覚悟して静に寺で生活している子でしょ。何もしないで平穏無事に過ごさせてあげなさいよ。」
髙は可哀相好きの男だった。
会ってもいないはずの三厩の孫は、髙の中で好感度の高い青年として認識されたはずだろう。彼の中では好感度と可哀相度は、比例するどころか全く同じカテゴリの一本線だ。
「それより百目鬼さんの耳に入れておきたい事があります。あなたの家が放火されかけました。」
「あぁ?」
「小火にもなっていませんけどね。突然現れた恐ろしい犬が凄い大騒ぎして、近隣住人を深夜に目覚めさせた上に、放火犯を押さえつけていたそうで。」
ダイゴか、よくやってくれた。
あのバター犬はどうしようもない犬のため、俺によって我が家と俺の視界から締め出されていた。
事情としてはこうだ。
ある晩、熱帯夜に眠れずに階下に降りた俺に、玄人の悩ましさもある嬌声が耳に入ったのだ。
何事かと襖を小さく開けて覗いてみれば、玄人は暑さのためにか俺のタンクトップに下着パンツだけの格好で、窓を開け離した縁側に寝転んで、スマートフォンで漫画を読んでいたのだ。
俺のタンクトップは彼には大きすぎて殆んど彼の裸体を隠しておらず、パンツは玄人の好きなフイット系ボクサーパンツのため、その姿は助平な雑誌の表紙のお嬢さんにしか見えなかった。
そして、そんな半裸の格好の美少女の傍らの大きな犬は、彼女の背中を枕にして寝転び、時々耳の裏や首筋を舐めて彼女をくすぐっているではないか。
その姿は正にダイゴ(醍醐)という名前通りにバター犬そのもの。
俺は思わず「喝!」と叫んで、魔を払うべく読経を始めてしまっていた。
俺は知らなかったが、俺のその行為は家屋内に結界をもたらし、ダイゴが屋内に入れなくなったらしい。
玄人が言うにはね。
俺は玄人がその事を言うまではそんな事とも露知らず、二度と変な格好で縁側に出ないように居間にエアコンを入れてやり、甚平も作り、馬鹿犬が玄人の寝間を襲わないようにと、俺が添い寝をしていたのだ。
そして当たり前だが、玄人は自分本位の非道い奴だった。
「どうしてダイゴを入れてくださいって頼まなかったんだ?」
玄人の説明を聞いた俺が純粋に彼へ質問を投げかけると、玄人は、へへ、と照れ笑いして、俺が考えも付かないだろう事を言い放ったのである。
「この綺麗な空間が気に入ってしまって、ダイゴは別にいいかなって。」
お前は本当に自分第一の酷い奴だな。
それで、玄人よりは人間的優しさのある俺は、慈愛の心で青森への出立前に適当に呟いたのだが、バター犬はそれをちゃんと聞いていたらしい。
「留守中は無用心だよなぁ。守りきった奴には褒美だよな。」
偉いぞ!バター犬。
だが俺は玄人じゃないので結界の解き方は知らないからな、あしからず。
「で、聞いてます?百目鬼さん。放火犯に心当たりがないかお聞きしているのですが。」
「心当たりがありすぎるので具体的に言って貰いたいですね。放火犯は俺の知っている奴なのですか?」
そこで髙が黙り込んだが、彼は玄人には絶対に出さない皮肉そうな、確実に心の中で俺を罵っているであろうという声で、俺に聞き返して来たのである。
「あなたの知らない人が、どうしてあなたの家を放火すると確信しているのですか?」
「目につく奴は片っ端から潰していた頃があったもので。俺は相手を潰せればそこで終わりの単純な人間ですからね。何をしたのか相手が誰だったのかも、覚えていないことが多いのですよ。」
「――実行犯は厳密にはあなたが知らないだろう相手ですが、放火させようとした人物がご存知の相手かと思いますよ。」
「誰です?お礼参りもあるだろうから教えてくださいよ。」
電話の向こうで大きな溜息の後に髙ははっきりと答えた。
「百目鬼英明。あなたがお礼参りするのはやめてくださいよ。苗字が同じですけど、義理の叔父さんか何かですか?」
目に着いたらそれこそ半殺しにしてやりたい相手だが、俺は俊明和尚の教えを守るしか無いのかと歯を喰いしばった。




