あの部屋、とは?
楊と白波の毒蛇は席を去り、その後は親族だけとなったことで法事という名の宴となった。
それも無事に終わり、その翌日に俺は篤円和尚の寺にいた。
彼の寺は、円雀寺というふざけた名前である。
仏や僧の死を現す円寂と同じ読みであり、俺はこんな皮肉な名前を村を守る寺につけるのかと、武本らしいと考えたところで、この武本町が以前は玄同村という名前であったのも実は意味があったのかもしれないと思い当たった。
玄同とは老子五十六章によると、彼我の別なく深遠な境地で無為自然の道と一体になる事という意味である。
玄人はあの世とこの世の境目を見通すことが出来る人間であり、彼の力は武本家の当主であれば皆が持っているものだと俺は目の前の男の弟に教えられた。
武本家の生き字引を担う、三厩家の当主でもある三厩篤志。
彼は俺の知っている三厩隆志と似すぎているほど似ている、狸顔をした初老の男である。
中身もあの狸親父と似ているのかと目の前の住職をと見れば、俺の目の前で茶を点てていた彼は、俺に茶碗を差し出しながらとようやく口を開いたのである。
「当主は、大丈夫かな?」
俺達が武本家に到着した日に俺の挨拶を断った上で、法事の後に彼の寺の茶室に俺を招いたのは、篤円和尚が「部屋を見た俺」とサシで話がしたかったからなのだろう。
人払いをしたのか、この茶室近辺で人の動く気配がない。
「はい。お陰様で。午後からは恒例の臨時総会という名の相談会ですか?そちらは出来ると申しておりました。宿泊客の親族も今日は朝寝のようですから丁度いいでしょう。」
玄人は昨晩から体調不良だ。
彼はフフっと笑いながら茶碗を俺に差し出し、俺は彼から差し出された茶碗を受け取り、作法どおりに茶を戴いた。
心の中で色々と仕込んでくれた我が師の俊明和尚に感謝をしながら。
「和尚は勿論、あの部屋は見たのだろうね。」
茶が苦いのは飲み慣れないせいだけではない。
あの部屋を見たからだ。
「あれを玄人が作ったと?」
篤円和尚はゆっくりと頷く。
使わない離れが玄人が作ったという部屋であった。
法事の宴は在来線の最終便に間に合わせた時間にお開きとなり、翌日の武本の総会に出席しない親族は用意されていたマイクロバスに乗って最寄り駅にまで送り届けられた。
俺達は帰っていく親族を駅まで見送り、戻ってきたその足で着替えも惜しんでその部屋に向かったのである。
襖を開けると板張りの廊下が正方形の部屋を囲むようにぐるっとあり、その正方形の四畳半の板張りの部屋は廊下よりも掘り下げて作ってある。
そして気味の悪いことに、廊下から見下ろす正方形の部屋の四辺の中央には一枚ずつ、中華街の鳥居のように色分けされた合計四枚の襖が立ててあるのだ。
その襖に囲まれた部屋の真ん中に半畳ほどの正方形の四角い枠が設置されており、枠の中は穴が掘り下げられていた。
部屋の灯りが廊下の高い位置にある細長い小さな窓から入る太陽光だけだからか、中央に掘られていた四角い穴は、真っ暗で井戸か黄泉路の入り口のようにも見えた。
覗きこむ者を吸い込まんとする暗い暗い深い穴。
俺が気味が悪いと部屋を見回している隣で、ぽつりと呟いたのは作った本人だった。
「ぜんぜん機能していない。」
俺はその時の事を思い出しながら、自分の目の前の住職に尋ねていた。
「あれは一体何だと蔵人さんがおっしゃっていたので?」
「蔵人の話ではね、呪い流しの道だそうですよ。」
俺の手渡した茶碗をすすぎながら、篤円和尚はポツリポツリと語り始めた。
今から十七年前くらいの、玄人が四歳になった年の秋。
蔵人は家の増築に再びとりかかったのである。
家の改築は、三つ部屋を潰せば四つに増やし、階段を作れば廊下も伸ばすという、ルールが無いようであるような所に篤志は毎回首を傾げていたが、その時は完全に虚を突かれた改築であったのだという。
蔵人はどの部屋も潰さずに、北東に一室を増築しただけなのである。
それが玄人の考案した部屋であり、これで屋敷は完成したと蔵人は言い放った。
「何を馬鹿なことを、これを四歳の子供が作ったと?」
三厩篤志は信じられないと、蔵人が新たに作った部屋を見回した。
部屋には風水の黒赤白青に塗りつぶされた四枚の襖がそれぞれ正確な東西南北に設置してあり、中心には掘り下げただけの穴だ。
穴は二メートルも無いそうだが暗く、まるで奈落への道を思い起こさせると、篤志は背筋がぞっとしたのである。




