特定犯罪対策課の課長
親友の楊勝利は所轄の警部であり課長だ。
彼の課は「特定犯罪対策課」という名で、彼の所属する相模原東署の管轄はもとより、本部やその他の所轄の管轄で起きた面倒な事件を受け持つために作られたという。
急遽作られた彼の課は小会議室を使っていたが、この度ちゃんとした部屋を貰えて補充人員も貰ったらしく、新しい部屋には「特定犯罪対策課」とちゃんとしたプレートが架かっていた。
以前は楊の手書きで「特定犯罪対策か」であった。
いつまでもそのままで、悪戯しても誰にも突っ込まれない楊を可哀相に思ったものだ。
そして室内はというと、今までの待遇の悪さを反省したかのような有様だ。
広々とした部屋は楊のデスクを前に八台のデスクが向かい合わせに並び、奥には来客用であるのか黒いくたびれた長椅子と長椅子の長さと同じ横幅のテーブルまでも置いてある。
「広い部屋だし、ようやく部下の個人用デスクも引っ越したのか。良かったな。この間までは課長席以外無かったものな。」
課長席で書類仕事をしている楊に声をかけると、彼は愛用の黒縁眼鏡を外して俺の姿を認めて破顔した。
彼は自称でしかない百七十五センチで、百七十五も無い中肉中背ながら手足が長くバランスの良い体つきに、顔がそこらの俳優顔負けの整い方だ。
彫の深い二重が人懐こく笑えば誰をも魅了できるはずが、魅了してしまったからか、彼はストーカーに狙われやすい男でもある。
現在は彼の左遷に合わせて横浜市の山手から相模原まで引っ越してしまったマツノグループの総裁でもある松野葉子と、警察庁の金虫警視長の娘で有り松野の孫の金虫梨々子に追いかけられている模様だ。
玄人の話では、楊が入った事のない金虫嬢の部屋は、楊を隠し撮りした写真で一杯なのだそうだ。
「今ちゃん達の腕だねぇ。彼女達が署長を脅して部屋と物品をせしめたのさ。」
彼は嬉しそうに答えた。
今泉杏子警部補はこの課が出来た時に本部から移動してきた女傑で、美人でありながらかまわない外見をしていたが、楊の相棒の髙悠介と付き合いだしてから華やかになり美人度を増している。
そんな女傑を変えた三十六歳の警部補の髙という男は、元公安の叩き上げであり、中肉中背に一重で地味な風貌ながら、飄々としたその雰囲気で特定犯罪対策課において一番様になる男でもある。
ちなみに、警部である楊は俺と高校の同期の三十一歳で、大学出の彼は周囲に言われるがまま昇任試験を受けさせ続けられての今であるので、上にも下にも信任の厚い出世頭と言えるのかもしれない。
だが、楊本人は、面倒を押し付けるための都合のいい管理職の人間に仕立てられただけだと自嘲する。
「それで、俺をお前の所に呼び寄せて何の用事だ?俺は子供から一秒でも目を離したくないんだがね。」
「どんだけ過保護だよ。」
彼はハハハっと笑い、俺に課長席傍に座るように指で示した。
「ちびは葉子のとこだろ?あそこなら安心じゃないか。」
彼は玄人の事を「ちび」と呼んで弟のように可愛がっている。
最近は玄人が女性の姿のせいか、「俺のちびじゃなくなった。」と扱いに困っている節もあるようだが。
「葉子さんの所で愛人とご面会じゃねぇか。彼女は二人の門出を煽りそうだしね。俺が目を光らせておかないと困るだろう。」
玄人は最近想い人が出来たが、それが楊の部下の二十八歳の山口淳平巡査長というれっきとした男性だ。
玄人は山口から貰った羽根の形のイヤーカーフを、右耳に後生大事に飾って外さない。
今日の格好には似合わないだろうがよ。
そこまで玄人に想われる山口という男は、高身長に整った顔立ちをしているが、その素晴らしい外見を目立たないその他大勢に埋没させている。
その他大勢に隠れてしまうのは元公安の習性ためなのか、実際、イカのようなクネっとした立ち居振る舞いからは想像できない武闘派でもある。
玄人の話ではロシア語と中国語に堪能とのことで、忌々しいことに、刑事としては有能な奴なのだ。
「お前が山口に課したルールがあるだろう。大丈夫だって。この間はちゃんと成田から安全無事にちびをお前に届けただろう。」
「おお。安全無事に深夜に帰宅だったぜ。」
「いいじゃん、それくらい。それよりも、その深夜に泊めてもやらずに茶も出さずに追い払うように帰したそうじゃんか。お前とっても酷い奴。」
山口から愚痴を聞かされていたのか、楊は笑いながら俺をからかった。
玄人は先日イギリス旅行に行っていたのだが、その帰国の迎えに山口を向かわせたのだ。
実は旅行ではなく留学前の二週間のお試し期間留学であり、お試し後に玄人は一年か二年の留学を望んでいたようだが、俺が山口の気持ちを彼に伝えて留学を踏み止めさせた経緯がある。
あいつは俺の子なのだから俺の家にいるものだ、と。
山口を成田に迎えに向かわせたのは、玄人への俺の罪滅ぼしに他ならない。




