迷い家のようなオコジョの巣で
俺達が発着場に戻った丁度に迎えの車も辿り着き、そこからはすんなりと武本邸に辿り着くことができた。
武本邸は玄人の説明どおり藪の中にあったが、増改築もなされていて、この俺でさえ間取りが浮かばないような不思議な建物だった。
「雀のお宿のようなオコジョの巣だ。」
屋敷の佇まいに感嘆した楊が、ポツリと感想を述べた。
「だから、かわちゃんやめれって。あんた面白すぎ。」
久美が楊に軽い肘鉄を入れて突っ込んでいるが、彼らは十年来の友達と言っても誰もが信じるくらいのじゃれ合い方である。
馬鹿は?と見ると、玄関扉を開けたそこで固まり、静に玄関前に立っていた。
「どうした?入らないのか?」
玄関には玄人を目にしようと親戚や村民の手伝いやらが詰め掛けて、電線の鈴なりの雀のような有様である。
彼らはまん丸に目を見開いて、固まったまま此方を注視していた。
これは俺でも入れない。
互いに無言の応酬が数秒続いたその時、奥からパタパタと足音が響き、見知った顔が現れた。
咲子と加奈子、そして和久である。
加奈子は咲子の長女であり隼の姉になる。
彼女は武本家の顔で咲子には似てはいないが、彫りの深いしっかりとした顔立ちの美人である。
気性は咲子に似て強いと玄人は語っていたが、以前に挨拶した時の印象では、気性の強い咲子が横にいたせいかおっとりとした気立ての良い女性としか感じなかった。恐らく彼女の気の強さは、武本家においてってだけであろう。
武本家は臆病で気弱なオコジョの一族なのだ。
モーゼの十戒のように人山が別れ、ずいっと咲子を真ん中にその三人が前に出ると、彼らはおもむろに正座をした。
「お帰りなさいませ。当主様。」
咲子達が深々と頭を下げると、他の者も後に続き「お帰りなさい」コールだ。
孝彦夫妻や武本家の顔をした親戚らしい老若男女も、それに倣って全員が次々と頭を下げていく。
「何やってんの、おばあちゃん。ご近所の皆様を巻き込んでの大奥ごっこは!」
俺は本当に良心が疼いた。
俺が白波を動かしたばっかりに、気弱なオコジョ達をこんなにも怯えさせてしまったのだ。
咲子は多分どころか確実に楽しみながら彼等を煽っているのであろうが。
この性悪な鬼婆め。
「いいから、クロ。まずはただいまだ。それは後でな。」
俺が玄人に囁くと、彼はハッとして振り向いた。
そこで自分の真後ろの愚連隊から視線を浴びている事を理解すると、腹話術人形の様に首をギギギと正面に動かして玄関口の人々へ挨拶を返した。
「皆様タダイマ帰リマシタ。オムカエアリガトウゴザイマス。」
そんな風に聞こえるほど、馬鹿っぽい返しだった。
俺の後ろから「ぶひゅっ。」や「ふぁぐっ。」「ぐふぅ。」と、人間でない獣の鳴き声があがっている。
俺は笑ったらそれこそ武本家面々に申し訳がなくて笑うまいと努力したが、馬鹿の破壊力は大きく、腹筋がかなり鍛えられた気がした。
だが、誰かがクスリと笑い出すとそれが細波のように拡がり、玄関先は大爆笑に包まれたのだ。
俺もようやく腹筋を過酷な労働から解放できてホッとした。
「クロ君お帰り。昔から可愛かったけど、もっと可愛くなったねぇ。」
「大怪我したんだって?もう大丈夫かな?無理をしちゃあ駄目よ。」
近所の住人らしき方々は、どの人も数年ぶりの玄人の姿に驚くどころか、自分の子供か孫のように彼の頭を撫でたりして声を掛けてから次々と帰っていった。
また、玄人こそ、彼等の一人一人に挨拶をして送り出していた。
村人との対応を見守っているうちに、玄人が村全員の名前を呼びかけられるのだと俺は気が付き、やっぱりこいつは当主様なのだと実感するしかなかった。
誇らしく思う一方で、彼が自分のものでなかったような喪失感など、言葉にはできない感傷に気が気が付かされてもしまったが。




