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見誤っていた課長

 百目鬼に完全に脅えていた俺は、次に奴に潰されるのは自分だという危機感を持って踵を返した。盗難届けにあった盗品探し、という彼が俺に与えたお題を一刻も早く完遂するべく動き始めねばならないのだ。


 まず、夫婦の寝室のウォーキングクローゼットを開ければ、そこの棚にアクセサリーボックスと一番の目的である武本の宝石ケースがすぐに見つかった。

 黒いビロードが貼られた大きめの宝石ケースを開けてみれば、当り前だが和久が盗まれた見事な琥珀のネックレスが納まっていた。


 ビーズで装飾された金のワイヤーがまるで蔦のようであり、そこには葉か花のように様々な形の琥珀が飾られている。

 さらに、その美しく絡み合った金の輪の中心、ネックレスをつけた時のトップとなる場所には、小粒のイエローダイヤによって取り囲まれた大きな琥珀が鎮座していた。

 透明な琥珀の中には、葉脈だけの透明な葉っぱが入っている。

 なんて面白い趣のものであるのか。


「これが和君の琥珀かな。森の中の木漏れ日みたいなデザインだ。クロトに似合いそう。いいや、きっとクロトをイメージしたんだろうね。」


 箱の蓋を閉めて裏返せば、箱の底には間違いなく武本物産の刻印があった。

 俺はその黒い箱を、腕に抱える呪いの小箱にそっと納めた。

 それからついでのようにアクセサリーボックスの上蓋を開けると、中に納まっている宝石の類が全て盗品であり、門間からこれらを贈られたであろう人物が哀れに思えるほどである。

 いや、哀れそのものか。

 俺はそれを全て小箱の中に移し替えた。


「さて、戻るか。」


「餓鬼の部屋には行ったか?ゲーム機があるはずだ!時間がねぇ、急げ!」


 俺は俺の行動を監視しているような鬼の声にヒイィとなりながら子供部屋に取って返し、子供がシールでデコレーションして宝物にしていたであろう携帯ゲーム機をも入れて鬼の元に戻った。


「おい、こいつらの盗品は全部見つかったか?」


「転売してないものは大体この家にありました。あとは腕時計と金のネックレスです。」


 彼は既に奪っていたのか、金の鎖と高級腕時計を箱にジャラっと入れた。


「それじゃあ、引き上げるか。」


 下僕のように彼に使われている俺は、彼のその言葉が福音にも聞こえた。

 あぁ、早く帰りたい。


 だが、彼はすぐには帰らなかった。

 人質部屋に行き、人質一人だけの戒めを解いて、人質全員に騙ったのだ。


「おい、警察を呼んだら、お前ら家族の犯罪行為が表に出るからな。」


「は、犯罪、行為ですか?」


 何も知らない高齢の父親は、怪物マスクを被った大男に恐怖するだけだ。


「素人が俺らの娑婆を荒らしてるんじゃねぇよ。お前の息子だったら教育し直せ。馬鹿息子は部屋で水浸しで喜んでいるぜ。頭を水で冷やしますってね。息子が溺れているのが生きて流せる自分の涙で良かったな。」


 そうして怪物マスクはその家を後にしたのだった。

 俺は百目鬼に言われるまま車に乗り、着替え、それからようやく署に戻された。

 荒んでしまった俺の心を癒して欲しい玄人は今泉に連れ去られていて、鬼は玄人の不在を知ると松野邸に行ってしまった。


 そして、俺は、楊課長の目の前に、たった一人で立たされている。


 楊は今時珍しい人情味のある真っ当な刑事だからか、あるいはそのように振舞いたいからか、汚れ仕事に馴染んだ元公安の髙や俺が何をするのか疑いもせずに、俺が責任を取る、と簡単に言い放つ。

 だが彼は常識人であり、そんな善人であるからこそ、俺は出来る限り逸脱しないで彼を守ろうと考えていた。


 今回は玄人に関係していると百目鬼に誘われたからだ。

 彼は報告のない俺の一時間半の不在を叱責するのだろう。

 いつもの様に、「何やってんの?」と軽く。


「わかっただろう?」


 楊がいつもと違う声で俺に語りかけ、俺は初めて聞く彼の声に驚いていた。


「な、何がでしょうか。」


 椅子に深く腰掛けている彼は、俺の方を見ないで溜息をつくと、書類を俺に差し出した。


「これは?」


「読んで不要なものになったと思うのだったら、シュレッダーにかけて後始末をしておいて。近隣住人による通報現場は髙に向かわせた。忘れ物はないよね?」


 楊の言葉に書類を開くと、あの三人の逮捕状申請までの書類だった。


「え、クレジットカードの不正利用未遂容疑?あ、一銭も使えていない。」


「和君のカードを本人以外が使うには色々な障害を乗り越えないといけないんだってさ。」


「え?」


 楊は俺を見返すと、軽く両眉を上下させた。


「あの和君はそんなに間抜けじゃないよ。スマートフォンを奪われようとも、電話番号どころかやり取りの日時を全部正確に覚えていれば、間抜けな加害者の正体なんぞ簡単に暴き出せるでしょう。」


 これを検事に送れば逮捕状が出て、今夕にも彼らを逮捕できただろう。


「ですが、逮捕しても被害届を取り下げられれば意味が無いです。やつらは毎回それで逃げています。」


「かもね。でも罪状がクレジットカード詐欺でしょう。この逮捕状であの三人は身分信用を失うから、彼ら個人のクレジットカードの使用不可どころか、ローンの一括返済に負われるだろうね。まず、差し押さえ、かな。家族が自分の目の前で持ち物を奪われて、その上、差し押さえられた物が盗品だったと知るんだ。」


 俺は人がいいだけのような楊の辛辣な面に驚くだけでなく、裏家業の俺達の行為さえ知っている上で本気で責任をとろうと考えていたのだと思い当たった。

 なんていうこと、守られていたのは俺の方こそか、と。


「すいませんでした。」


「しばらく謹慎だ。」


「はい。」


 ゲルルルルル。


 そこで文鳥の威嚇音が部屋中に響いた。

 彼のメールの着信音であり、彼はメールを確認すると、ばたっといつものように机に突っ伏した。


「もう嫌よ。あの馬鹿っ子。」


「どうされたのですか?」


 むくりと起き上がった楊はいつもの楊で、彼はいつものおどけた仕草、大きな目玉をぐるりと回して見せつけてから、いつもの声で話し始めた。


「お前の玄人君が馬鹿メール送ってきた。知るかよ、本人に聞けよって。」


 メール画面を見せられて、俺は彼と一緒にいつものように笑い、俺は彼の元にずっといたいと思った。


 いられたらの話だが。

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