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ばカップル現る

 元は床屋だったその物件の出入り口は、普通の両開きのガラスドアが嵌っており、他に手を入れても俺が手を加えなかった唯一の箇所でもあった。


「良純さん。このオシャレな空間にこんな扉は駄目ですよ!木にしましょうよ!」


「木の扉っても、ちゃちいとかえって場を壊すだろ。」


「ウチにはおしゃれなだけでなく鉄板を挟んだ防犯性の高い木の扉があります。」


 奴は上部にステンドグラスが嵌り表面には小鳥が浮き彫りされているという、無駄に装飾のある無駄に高い扉を武本物産から取り寄せて設置させたのだ。

 客が値切らずに買ってくれなければ、そんな扉のために利益が出ないではないかと期待を持って内装の説明をするはずの玄人を見つめると、なんと、彼はタカタカと足音高く扉に走り、「見て見て!」と扉を開閉させて喜びはじめたではないか。


「素敵でしょう!こんな素敵な扉を持つお店は近隣にはありませんよ!これはお客を呼ぶ魔法の扉なのです!」


 馬鹿は扉からひょこっと顔を出して、物凄く偉そうな顔で俺達に言い切った。

 その動作と小生意気そうな顔は、俺でさえ可愛がってやりたいと思った可愛らしさだ。


「――ここを買います。」


 俺の物件は馬鹿と馬鹿の扉のお陰で売れた。

 嬉しいが少し微妙な気持ちになったのも事実である。


 俺のデザインした内装はガン無視かよ!と。


 回想して俺の心が少々ささくれた事に楊は気が付いたのか、気安そうに俺の肩を叩いて「いいじゃないか。」と俺に笑った。


「何がだよ。」


「あいつはきっと署の人間に足止め喰らっているだけなんだからさ。」


 そこで、廊下できゃーという嬌声も聞こえ、一体何があったのかと、俺達は顔を見合わせた。

 すると、ドタドタと走る音が部屋に近づいてきて、山口が玄人を抱きかかえて勢いよく部屋に飛び込んで来たのだ。


「どうした!クロに何かあったのか?」


 俺が山口に詰問すると、山口に抱かれている玄人は笑って肩を震わせていた。


「全部、百目鬼さんのせいですよ。」


 山口はにやけながら玄人を下ろした。

 俺のせいだって?


「クロトに一目惚れした男連中が彼を口説き始めたので、僕が彼を抱いて走って逃げる嵌めになったんですよ。やりすぎですよ、これは!」


 笑いながら振り向いた玄人は松野邸に置いてきた時と同じ、俺が作った美女の外見のままクスクスと笑っている。


 やりすぎ?


 まだ手を入れる余地はある。

 髪はもう少し伸ばさせて、シャドーはもっと別な色も試してみたい。


 バシッと頭を叩かれて、吃驚して振り向くと楊だった。

 奴は目を見開いて、変な顔で俺を睨んでいる。


「どうしたって?かわちゃん。」


「やりすぎでしょ。ちびが、ちびじゃないじゃん。こんな美女にしやがって。こいつが馬鹿でも突っ込めないじゃん。こいつに馬鹿な事を期待出来なくなっちゃったじゃんか。」


 楊は玄人をつっこんで叩きたかっただけか?


「ホラ、ちび。お前だって言いたいことあるだろう?いいから言ってみな。」


 楊に振られて少々小首を傾げて考えた玄人は、思いついたのかニコっと笑った。


「部屋のプレートがちゃんとしたのになったのは、ちゃんと誰かが突っ込んでくれたからですね。良かったですね。僕はもう、ひらがなの「か」のまま、このまま付き合わなきゃかと不安だったのですよ。」


 楊自身が望んだ馬鹿のボケだろうに、楊は叩くどころか部屋の隅でしゃがんでしまった。

 その情けない姿に驚いた玄人がきょろきょろし始めて、山口が玄人の肩をぽんっと叩いた。


「追い詰めないで上げて。」


「なんだ、誰にも突っ込まれないまま今の部屋に移ったのか。可哀相に。」


「お前もかよ。二人とも気になっていたのなら突っ込めよ。特にちび。お前はいつも変なことを聞くくせに、突っ込んで欲しい時に突っ込まないとはどういうことだ!」


 玄人は楊に責められてびくびくして、山口は二人に大笑いだ。

 俺達はそんなほのぼのを台無しに出来る馬鹿が、この部屋に居たことを忘れていた。


「クロちゃん!僕と結婚して青森に帰ろう!」


 和久が玄人に跪いて求婚しやがったのだ。 

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