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クロトは実は人気者?

 馬鹿が到着したようだ。

 署内の人間がざわめき、奴らを見ようと駆けて行った署員が何人もいる。


「お前の署は相変わらずの馬鹿ばかりだな。さすが島流れ署。」


「うるさいよ。ちびの虐殺でウチの署の人間はかなり落ち込んでしまってね。あいつが切り刻まれた現場はホンの道一本向こうだろ。知らなかったとはいえ、知らなかったからかな、見殺しにしていたようであれは辛いって。今日は久々に元気になった姿を見れるんだ。お前の知らない所で、ちびはかなり気に入られていたんだよ。」


 俺が玄人の話題をしていると判った和久は顔を上げて輝かせた。

 和久の相手は佐藤さとうもえがしていてくれた。

 彼女は大きな目がちょっと釣った妖精のような顔立ちの美女で、気立ても良いのに、とても不幸な子である。


 山口の以前の相棒の葉山はやま友紀とものりに恋をしたのに、彼は玄人に夢中なのだ。

 夢中すぎて佐藤をお断りし、山口と玄人を廻っての大喧嘩をしての相棒解消までしたのである。

 なんて勿体無い事をする間抜けな馬鹿だろう。

 異性愛者の男だった葉山を、ここまでとち狂わせた玄人こそが恐ろしいのか。


「ありがとう。佐藤さん。東京には君のような素敵な人がいるんだね。」


 調書を取られている和久は玄人の到着を聞いて落ち着いたのかしみじみという風に呟き、和久に紙コップのコーヒーを手渡していた佐藤は困ったように答えた。


「武本さん。ここは神奈川県だから。」


 この和久は玄人の従兄弟であるのは間違いないほどの馬鹿だった。

 武本の高額商品を買いたいとネットで申し入れがあり、現金で当日取引と言われてノコノコ上京し、商品と自分の財布まで奪われた上にタコ殴りにされた大馬鹿野郎である。


 いや、訂正しよう。

 玄人も馬鹿だが、玄人はそんな失敗はしない気がする。

 あいつは時々海千山千の商人の顔になる時がある。

 今日の客あしらいもそうだった。

 とりあえず、前半部分は。


「明るさよりも、太陽光が、特に西日が入らない事が何よりで一番だと思います。」


 商品販売を兼ねた事務所にするには暗い、と客が言い出した事に対する玄人の言葉だ。


「太陽光は商品を劣化させますから。こちらは日が入らないからこそ、倉庫代わりに商品を置いても安心でしょう。倉庫代って高くつきますからねぇ。」


 玄人は「倉庫代倉庫代。」とヤレヤレと首を振る。

 さすが売れない高級家具を倉庫に抱える武本物産の当主、実感が篭りすぎるほど篭っていた。


「お詳しいですね。あなたは商売のことを良く知っている。」


 とにかく玄人に気に入られたい客は玄人を褒めた。

 そうだろう。

 俺が作り上げた美女は、むしゃぶりつきたくなるぷっくりとした下唇を持ち、陰影のある印象的な目元を飾る長い長い自前のまつげが蝶々のようにパタパタと誘惑している。

 それでありながら化粧を感じさせない清潔感のある仕上がりだ。


 さらに、薄いシフォンのブラウスの下にはレースとビジューで飾られたキャミソールが透けて、中身が見たいだろう?と、胸元では小さなダイヤが誘うように揺らめいているのだ。


 清楚さと妖艶さが同居した男の夢そのものだろう?


「私の実家が商売をしておりますもので。つい、出過ぎた事を。」


 俺が教え込んだ通りに玄人は目を伏せて楚々と謙虚に答え、客は一昔前の控えめな淑女を玄人に見出し、玄人の為にならば何でもしようという顔付さえも見せ始めた。


「でも、ここでお店を開くって気持ちで私も内装を頑張ったんですよ。」


 そうだ、よし。ここでお前に渡した台本通りに内装の説明をするのだ!

 行け、玄人!


「君がここの内装を?」


 人の良さそうなアパレル会社の次男坊が、玄人の「内装」の言葉を受けて、改めて、今まで見逃したものを探すぐらいの真剣さで物件の室内を見回した。

 グレー色の板張りにされた床に、コンクリートの打ちっぱなし風に仕上げた壁で、ここはバウハウス全盛期のニューヨークの貸し店舗のような雰囲気という懐古主義的な風情を醸し出しているのである。


 この俺によって。


 玄人は入り口となる両開きの扉を選んだだけだ。

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