006 ふーん、エッチじゃん
一ヶ月もの間俺は冒険者の活動を休み、治癒院で惜しみなく働いた。MPがなくなっている時には掃除、受付、診断などの自分にできることを必死に頑張った。その甲斐あってか最近では書類の整理などの重要な役割も任せられるようになっていた。
「本当に働き者ね。できることならずっとうちで働いてほしいくらいよ」
「俺が冒険者だってこと忘れてません?」
「忘れてほしいところね」
そんな会話をここ最近ククリさんと何度交わしたことか。とはいえ、そろそろ冒険者の活動を再開しようと思っている。レベルから分かるのだが、回復魔法もそろそろ上級が使えそうになっているからだ。
上級が使えるようになればククリさんあたりが騒ぎ立ててめんどくさいことになるは目に見えている。
「ククリさん、そろそろ冒険者の活動に移りたいのでもう少し働いてから辞めたいんですけど」
「え? ほんとに戻るの? 給料もいいし熱心に働いてるから、実はこの仕事気に入ってるのかと思ってたのにな」
「ええ。ここでの仕事は楽しいですよ。でもあくまでも本職は冒険者。そこは譲れません」
「そっかぁ、残念だけど仕方ないわね。私が話といてあげるから」
「ありがとうございます。でも人手が足りない時なんかはいつでも手伝いますので遠慮せず言ってくださね」
「それは助かるわ!」
それか五日後に、俺は冒険者に舞い戻った。ある程度の回復魔法を会得して。
治癒院で一月も頑張ったため、相当なお金を貯金できた。昼飯代は弁当が出て浮いていたのも大きい。
<名前> タケト=マツモト
<種族> 人族
<年齢> 17
< LV >39
<HP>790/790
<MP>790/790
<攻撃力>790
<防御力>790
<素早さ>790
<命中率>790
<会心率>790
<魔攻力>790
<精神力>3280
装備:下着一式、私服一式、、アイテムポーチ
所有金額:590666エン
スキル:【全てを見通す目】【剣術Lv.87】【体術Lv.48】【初級回復魔法Lv.99】【中級回復魔法Lv.96】
固有スキル:【年功序列】
簡易設定:【自動換金 ON】
よし、安全第一でゴブリンしか相手にしてなかったけどこれで安心して他のモンスターも相手にできるってもんだ。
「貯金も溜まってきたしいい頃合かもな」
そう、俺は今迷っている。奴隷を買うかどうかで。
元の世界の知識や倫理観が、未だこの件を引き伸ばしていた。だが安心するにはパーティーはやはり奴隷で構成したいと思っている。
これはほかの冒険者が奴隷以外のパーティーはいつ裏切って背後から刺されるか分からないぞ、と脅してきたからだ。
高価なお宝を目の前に壊滅したパーティーも数え切れないほど存在するらしい。
「やはり避けられない、か」
正直、奴隷を買うことは俺の中で決定事項だ。ただ、一度買ってしまうともう戻れない気がするために躊躇われる。
日本人としての倫理観やその他もろもろ含めて。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか? 良ければそんな所で考え込まずにうちの商品をゆっくり見て考えることをお勧めしますよ」
店の中から優しそうな男性が出て、俺に話しかけている。
(ん? 店? うちの商品? 俺はなんでこんな所にいるんだ?)
「お客様? どうされました?」
状況を整理すると、どうやら考え込んでいる間に奴隷商に来てしまったらしい。
奴隷に関して負い目を感じていると思っていたのに体はズンズン前に進んでいたのか……。
ふっ、やはり身体は正直なようだ。
「あぁ、済まない。少し考え込んでいた。案内してもらえるか?」
「ではこちらに」
男性についていき奥の部屋に入った。そこには向かい合わせのソファ、間には高そうなテーブルがあった。
「どうぞ、楽にしてください。今飲み物を準備させましょう」
男性が声を掛けると「失礼します」と綺麗なメイドさんが紅茶を持ってきてくれた。すると、一礼して退室した。
「彼女はうちのお勧めでしてね。教養もありあの容姿ですから」
「確かにな」
「遅くなりました。私はファンツと申します。お名前を伺っても?」
「あぁ、マツモトでいい。よろしく頼む」
「マツモト様ですか。早速ですが希望の条件をお願いします」
「性別は女。この店で比較的安価で、戦闘能力があるか魔法が使えるのがいい」
「わかりました。こちらで選別しておきますので少々お待ち下さい」
ファンツは部屋から出ていくとすぐに戻ってきて、俺は別の部屋へ案内された。そこには5人の獣人がいた。
「こちらが今回の条件に当てはまる商品です。ちなみに全員処女ですのでご安心を」
「そうか……」
ファンツは右から順に説明してくれたが最早俺に購入するつもりなど無かった。理由は至極単純、タイプの娘がいないからだ。
確かにネコミミはもふもふしたいが欲を言えばもっと可愛くないとだめだ。仕事のモチベーションに関わるのだから。
「ーーで説明は以上となります」
「そうか。一応値段を聞いておこう」
あ、一応って言ってしまった。買う気ないのバレたかも。
「右から20、25、15、30、15万円ですね」
「これ以上安くなるのはないか?」
「そうなりますと多少……」
「わけありでも構わないから見せてくれ」
「ではこちらに」
さらに奥の部屋に入っていくと、なるほどほとんどがやせ細って怪我を負っている。
「こういうのしか残っておりませんので」
「まぁ、見るだけ見てみよう」
俺はさっきのを見てもう少し金を貯めてから可愛いネコミミを買おうと心に決めていた。後はここを見終わって「少し考えさせてくれ、またくる」と言って資金稼ぎをしよう。
するとふと目に止まったのは痩せこけてはいるものの俺のどストライクな美少女。18くらいか。見かけではダークエルフっぽい。
ただ、体に数多の傷もあり酷い状態だ。目の色も死んでいる。
「この子は?」
「これはですね、商品じゃないんですよ。ついさっき森で拾われてきたんですがね、顔はいいんですが体の方が……」
「他のものと変わらないように見えるが?」
「外見上はそうなんですが内臓の有様が酷くてですね。ここまでくると治療費が莫大かかるのでとても商品になりそうもなくて。さらにダークエルフってこともあって現在処分待ちなんですよ」
処分待ちってことはこのままだと殺されるのか。
ダークエルフのステータスを見てみると俺は驚いて吹き出した。
「お客様!?」
「ああ、すまない。大丈夫だ」
<名前> エミ・リコルレット
<種族> ダークエルフ
<年齢> 2896
< LV >12
<HP>86/2600
<MP>0/69577200
<攻撃力>200
<防御力>200
<素早さ>250
<命中率>250
<会心率>120
<魔攻力>200000
<精神力>50
装備:布
スキル:【初級火魔法Lv.99】【中級火魔法Lv.99】【上級火魔法Lv.99】【超級火魔法Lv.26】【初級水魔法Lv.99】【中級水魔法Lv.99】【上級水魔法Lv.26】【初級雷魔法Lv.99】【中級雷魔法Lv.68】【初級風魔法Lv.99】【中級風魔法Lv.99】【上級風魔法Lv.99】【超級風魔法Lv.56】【初級土魔法Lv.1】【無詠唱】【魔力増大】【魔攻力増進】
異常状態:成長抑制、魔法使用不可、魔力枯渇
……これは一体どういうことだ? MPと魔攻力の数値がチートレベル。年齢も容姿とかけ離れている。
「すまないが、その、この子の年はわかるか?」
「すみません、売り物にならないと思ったので何も調べておりません。みたところで18くらいかと」
「そうか、随分弱そうだが?」
「はい。特にこれといって使えそうな能力を持っているように見えませんので条件を満たすのは厳しいかと思いますが」
俺は歓喜で震えていた。この世界に来た初日、確認した固有スキルの説明をもう一度確認する。
【年功序列】:パーティ内の合計年齢、合計レベル、合計種族数に応じて能力が上昇。またスキル、アイテムが手に入る場合もある。
間違えないことは確認した。ならば迷う必要も無い。
「買おう」
「はい?」
「いくらで買える?」
ファンツは目を丸くした。
「この子をですか!?」
「そう言っている」
「いいんですか? 本当に」
「ただし高くは出さん」
「貰ってくれるなら無料で差し上げたいのも山々何ですが、規則上値段はつけなけはばいけませんので……銀貨5枚でどうでしょう? それでもこっちとしては処理代が浮くので儲けものです」
「わかった」
了承すると、そのまま最初の部屋に戻ってきて奴隷契約をする。
「では血を少し頂けますか?」
やっぱり奴隷契約には血がいるのか。そんな気はしてたが。
何やら複雑な文様の書かれた紙に、針で僅かに傷つけた親指から血を垂らす。
「奴隷には初め首輪を着けさせていますが背中に紋章が刻まれてますので外しても問題ありません。ただ普通は争いごとを避ける意味でも首輪で奴隷であることを示すんです」
「なるほど」
ファンツの説明を受け、当面は首輪は着けさせておくことにした。
「これで完了です。またのご来店をお待ちしております」
「今度は高めのやつを買いにくるかもしれん」
「マツモト様には必ず割引させて頂きます。どうかご贔屓に」
「それは助かるな」
「ではこちら商品でございます」
そう言ってファンツは奥の部屋から連れてきた。
ダークエルフのエミは力なくふらふらしている。
「今日から俺はお前の主人だ。呼び方はエミでいいか?」
「……」
名前を知っていることに驚いたのかエミは目を見開いた。それから何かを言おうと口をパクパクさせているが声は出ていない。
「声が出ないのか?」
コクリ、と首を縦に降る。
まぁ何にせよ、宿に帰るか。
「まずはエミの体の治療をしたいからついてきてくれるか?」
エミは困惑した顔をしていたが、俺は構わずエミをおんぶすると宿に向かって歩き出した。
多分俺のことが怖いのだろう、店を出てからずっと少し震えている。
安心させないといけないな。
なるべく優しく話しかけてみる。
「腹が減ってないか? 俺の泊まっている宿の飯はうまいんだ。まずは栄養を取ることから始めような」
気のせいかもしれないが、エミの手が少しだけ俺の服を握ったように感じた。