044 とある少女の話。
投稿予定よりも遅れました。
申し訳ありません。
少女はその提案を拒んだ。
彼女にとっての世界は"彼"であり、彼以外は世界ではなく、意味を持たないのだから。
故に少女は世界を、地球を、神々を恨んだ。
全てそれらが原因で彼女は唯一の居場所を失ったのだ。否、奪われたのだ。
特別理由も無い。只の手違いによって。
その事実は少女を失望させるのに充分だった。
『此処での時間は無限にあるから。どうするかは納得いくまで考えなさい』
いつかの言葉が脳裏をよぎる。
彼のいない世界か、それとも無の世界。
どちらを選択しようとも納得などできるはずもない。少女にとってはどちらも等しく"無"であることに変わりはないのだ。
残酷なまでの不条理に嘆き、憤り、憎悪し、複雑に混ざりあった感情は再び同じ気持ちへと収束する。
――彼に会いたい。
唯それだけ、ほんの僅かな幸せを望むことすら赦され無かった少女にとって、他の幸せなど紛い物に他ならない。
一から新たな人生を歩んでも、そこに彼はいない。
一から新たな人生を歩んでも、彼以外と結ばれる。
そこに彼がいないのに、生きる意味など無い。
彼以外と結ばれるのに、生きる意味など無い。
辛いから希望を持つのを辞めた。
苦しいから思い出すのを辞めた。
悲しいから想うことすら辞めた。
否、それは叶わない。
何度辞めてもまた芽生え、繰り返す。
祈るなどありえない。彼女にとって神々は最悪の根源であり、世界は憎しみの対象でしか無かったから。
そんな"奴ら"に祈るなど。
それでも。
どんなに努めても。
――会いたい。
その気持ちは消すことは叶わなかった。
辛いのに希望を持つのを辞めることはできない。
苦しいのに思い出すのを辞めることはできない。
悲しいのに愛おしむのを辞めることはできない。
しかし、少女はふと思う。何故未だ消えないのだろうか。消失してしまえばこの無限の苦しみから解放される。楽になれる。
何故自分はここに居るのだろうか?
暫く答えを探し理解する。
その答えは笑ってしまう程に単純で簡単だった。
――こんな簡単なことを忘れるなんて。
そして喜びのあまり悲しむのだ。
少女は消えることはできない。
彼を忘れることなんて、できるはずもないのだから。
この思考は何度目だろうか。何十回、いや何百回、もっとかもしれない。
少女は悩んでいるようで結論を出しているのだ。此処で永遠に答えを出さず、彼を想い続けるという結論を。
「また目が変わったわね。決断できたのかしら?」
少女は声のした方角へ一瞥すると、微笑む。
この問いも何度目だろうか。
ただ、此処に留まるのは決めている。それならそろそろ返答してやってもよいか。
彼女はほんの気まぐれに、長らく閉ざしていた口を開いた。
「選択肢っていうのは条件の利益と損害を比較して決めるものでなくて? そもそも私にとって損害のみの条件なんて選べないわ」
「あら」
此処での久々の会話に声の主は驚いた様だった。
「てっきりまた無視されるのだと思っていたわ」
「そう、奇遇ね。私もさっきまでは反応するつもりは無かったのだけど」
「ならまたどうして?」
少女は声の主――純白のローブに身を包み、妖艶な雰囲気を醸し出している銀髪で長髪の美しい女性――を睨みつけながら問う。
「納得できない。次の選択肢は?」
「私は確かに与えたわよ。二つの選択肢を」
「次が無いとは言われてないわ」
女性は有無を言わさず睨み続ける少女を見て溜息をひとつ、少女に答える。
「確かにそうね。それにこのままでは埒があかない。上からも妥協点を探せって言われ始めてるし前代未聞よこんなの」
そして再び溜息。
「貴女のせいで大目玉なのよ。時間は無限とも、納得いくまで考えろとも言ったけど! 言ったにしてもよ!」
「ならそろそろその妥協点やらを探してみましょ?」
少女の揺らがない態度にその女性も諦めたのか、ようやく少女にとって有益な選択肢が提示された。
ようやく、ようやく選べるのだ。
暫くして少女は問われた。
「こうなることを分かって黙っていたの? 私達の規則を予測して?」
対して満面の笑みで答える。
「いいえ、でも好きな人の事って考えると時間経つのってあっという間ね」
確かに絶望した当初は気が回らなくそんな考えに至らなかったが、冷静に考えればその可能性は考えられた。
自分だけがこんなに報われない世界など、それこそ神なんて大それた存在でなくても容易に管理できる。
只、あまりにも漠然とした予測だったため少女は自ら干渉しないことにしたのだ。
一時の感情に身を任せ問いただそうとしても泥沼に嵌ってしまう予感を覚えたからだ。
そのため少女はひたすらに口を噤んだ。
この時のため。
間違っていてもいい。時間は無限にあるのだから。
もしその過程が間違っていても、やり直せばいい。
時間をもって。
もうそんなことは考えなくて良くなったのだが。
「案の定、成功したわけだし」
「で、そろそろ送りたいのだけどいいかしら?」
「待って、勿論"彼"についても……言わなくてもわかっているって顔ね。初めてここを訪れた時に伝えた通りに」
これならきっと、いや、確実に祈願を果たせるだろうと少女は確信した。
「貴方って本当に何者なの?人間とは思えないわ。その異常な精神力、私が身震いしたのなんていつぶりかしら」
確かに少女は異常だ。
並の人間なら発狂するであろう時間を体験し、並の人間なら諦めるだろう思考も辞めず、並の人間なら諦めるその感情をより大きく育てた。
その異常な愛故に。
「"彼"には私の部下をつけましょう。あまり表立ってできるようなことではないのだけどね」
「当然よ。どれだけ待ったと思ってるの」
「はいはい、久々の会話だから楽しいけど、そうと決まればすぐに済ませてしまいたいわ。もういいかしら?」
そういうと女性は掌を少女へと向けた。
「構わないわ。嗚呼、やっとなのね」
白い光に包まれながら、少女はいつぶりかに訪れた感情を楽しむように味わっていた。
歓喜。
次は手に入れる。かつて失った全てを。
次は必ず叶える。かつて不可能だった夢を。
手段を選ばず、主力を尽くして。
約束を――――――――絶対に。
感情を噛み締めながら一応言っておかなければ、と去り際に少女は振り返る。
「長い間世話になったわね」
体感時間にして約二百年。常人では耐えきれない程の時間を待ち続けた少女はようやく、先に進む。
この瞬間から少女の秒針が刻まれるのだ。
呆れたような顔で女性は少女に向け両手を構える。
次の瞬間、少女の視界は白に染まる。
ただ――真っ白な視界の中で少女は「全くよ」と女性の疲れた声が耳に届いた気がした。
そして、少女は人の道を踏み外し、本物の怪物へと――全ては愛する人との約束のために。
――邂逅を果たすのは、また先の話。




