042 番外編1 ギルド、ダメ、ゼッタイ。
もう一つ番外編を投稿予定です。
「なぁ、俺はもう無理だぜ。もう帰りてぇよ……」
四人一部屋の小さな部屋に、やけにはっきりとした小声が響いた。
それは皆が思い、しかし消して口に出さなかった言葉。
皆が飲み込んできた言葉。
言ってはならない言葉。
それを遂に、この部屋の誰かが言ってしまったのだ。
「僕も」
「オイラも」
そしてこの俺、松本武人も例外ではない。
もちろんこう返答した。
「実は俺も」
言ってしまった。
開始して僅かに二日。誰もが見回りを恐れて物音一つ立てないようにしているこの静寂の中で、その声はやはり大きく聞こえる。
「俺たちだけ逃げ出さないか?」
悪魔の囁きだ。
名前を記録されてるんだから誰が逃げたって一目瞭然。
だけど、そんなことも正常に思考できないほどに皆追い詰められていたのだ。
やはり俺も例外ではなく――
「これが後一週間以上も続くなんて考えられない。訓練が終わるか、俺達が死ぬか。考えりゃわかるだろ? どっちだと思うよ?」
「「「後者」」」
俺を含めた三人もその考えに同意する。
それはつまり、このギルドの訓練からの脱出を認めることに他ならない。
「決行は、今夜。この就寝時間中にだ」
「馬鹿な!」
「無理だ」
「それは……」
「しっー!」
提案してきた少年は俺達を鎮めようとしたのか、人差し指を唇に当てている。
「いいか、良く考えろ。俺達が無理だと思うということは、ゴレアス教官もそう思っているはずだ。ピンチはチャンス。今しかないんだよ」
「逃げた後はどうする?」
「訓練期間中は町の何処かに隠れて終わったら何食わぬ顔で出ていけばいい。急用ができたなんて言ってな」
だが俺はとてもあのゴレアス教官からは逃げられるイメージが湧かない。
「町に隠れたとしても、あの教官だぞ? すぐ見つかるんじゃないか?」
その疑問を口に出した。
「ゴレアス教官は良くも悪くも真面目な性格だ。訓練期間中に訓練場から抜け出せやしないさ」
おぉ、と俺達の納得する声がユニゾンする。
「まずこの窓から訓練場の広場へ出る。そのまま突っ切ってギルド本部へと移動。鍵が掛かっているから鍵を開けてギルドの中へ。そのまま冒険者の出入り口になっている扉から街へ消える。こういう作戦だ」
まぁ、大分大雑把な作戦だが、それしかあるまい。ギルド本部以外からの脱出はほぼ無理と言っていい。
特殊な結界が張られていて動くものを見つけるとゴレアス教官に知らせが行くようになっている。
「だけど鍵はどうするんだ?」
「それは私が一枚噛ませて頂きました」
ガチャっと小さな音を立てて、扉から入ってきたのは隣の部屋の坊主だった。髪型で覚えている。
「この時間帯にどうやって? ゴレアス教官が怖くないというのか」
誰かがそう疑問を投げかける。
「ゴレアス教官は今の時間帯は反対の棟へ行っています。半信半疑でしたが昨日と同じ時間の行動ですので後一時間は帰ってこないでしょう」
「ちょうど良かった、紹介するぜ。今回の脱出に協力してくれる真面目くんだ」
「どうも真面目です」
ぴょこりと軽いお辞儀をする真面目くん。
「ところで鍵はどうなったんだ?」
「これがある」
言い出しっぺが針金のようなものを取り出す。
「真面目くんが作ってくれた。鍵が開くことは確認済みだ」
ピッキングか……いや普通にすげえよ。もう冒険者やめてその器用な指先で他のことした方がいいって絶対!
「正直、ぶっつけ本番だ。運任せな要素が多い。だけどやるしかない。やらなきゃ殺られるんだ」
もう引き戻すことはできないだろうな。
「行くぞ」
「「「「おう」」」」
いよいよ出発だ。ゆっくり窓を開き、先頭が広場へと下りた。この時点で見つかれば大目玉だろう。
俺は最後に窓からでる。すると一列になっていたので最後尾についてみんなでしゃがむ。
「本当にこのまま突っ切るか? 今ならまだ引き返せるかもしれないぞ」
一応皆に確認してみる。
「「「「当たり前だろ」」」」
そっか。清々しいほど自分に真っ直ぐなんだなお前たち。
なら俺も全力で行こう。やってやるさ。
そう決意した瞬間、窓の開く音がした。
何?! もうバレたのか?
「オ、オレたちも一緒にいいか?」
窓から顔を出したのは同じくギルド訓練に参加している人たちだった。
「窓からでるのが見えてな。脱走するんだろ?」
ガラガラッ
「俺たちもいいか⁈」
ガラガラッ
ガラガラッ
ガラガラッ
まるで水面に映る波紋のように広がる窓から、次々と脱走志願者が現れる。
「俺も!」
「頼むよ! もう限界なんだ」
「なんでもするから」
――ん? 今なんでもするって……いやそんなこと言ってる場合じゃない。
皆思い思いの苦悩を口に出して、脱走犯の仲間入りを志望する。
「どうする?」
最早俺の部屋から始まったこの作戦は、とんでもない人数へと広がってしまった。
だが、人数が多ければ多いほど見つかる可能性は高くなる。
俺達だけで安全に行くのか?
皆で危険を覚悟し行くのか?
言い出しっぺは、こう決断を下した。
「よし、皆で逃げよう」
「「「わかった」」」
「本当にか?」
おいおい。人数がこれだけになってしまった今、全員で脱出なんて不可能だろう。
諦めてしまったのか?
「タケトよ。皆の声を聞いてみろ」
皆の声?
悲痛な叫びが聞こえる。
「わかるだろ? 皆苦しんでんだ。俺達だけ美味しい思いしようったって、世の中そんなに甘くねぇ」
その言葉に、はっと我にに帰る。
俺は最低な人間じゃないか。皆苦しんでるのに自分達だけ助かればいいなんて。
「すまなかった。俺が間違っていたよ。どうやら自分の欲に目が眩んでいた。猛省するよ」
そして改めて一、二階の窓から顔を出す不憫な仲間達に向かってこう続けた。
「よし皆で逃げよう!」
「「「「うぉぉおおおおおお」」」」
全員騒がしくならないよう、小声で雄叫びを上げる。
「私の用意した鍵があります。広場を突っ切りギルドへ向かって下さい」
「「「「おう」」」」
真面目くんが走り出す。
それを俺の部屋の四人、次に大量の同僚が付いてくる。
皆それぞれの想いを胸に、ひたすらに。
「開けますよ?」
ギルドに着いたらすぐ真面目くんが宣言した。
真面目くんのピッキング技術が光る。
皆固唾を飲んで見守る。
ガチャリ
「さぁ、僕達の居場所はここではありません。帰りましょうか」
「「「「「うぉぉおおおおおお」」」」」
扉が開かれ、俺達はギルドへ流れ込む――
「こんな夜中へどちらへ行かれる予定ですか?」
その声は嫌に不気味に響いた。
ギルドに佇んでいたのは、ギルドマスターのクレージュとその伴侶であるアイカさんだった。
「ハッハッハッ! やっぱり今回も脱走を試みるか! もう恒例行事だなっ!」
「全く。毎回毎回なぜ二日目なのですか。この役目も給料が出るからって大変ですし、さっさと終わらせて帰って寝たいです」
ギルマスと受付嬢はそんなことを言った。
一体何故二人がこんな時間にギルドにいるのか?
ギルドは最初に二十四時間営業ではないと確認が取れたはずなのに。
「皆さんきっと理解してないから説明しますね」
普段の受付嬢の事務的な対応に入るアイカさん。
「えっと……つまり、非常に言いにくいんですが、私達は皆さんの敵、脱走者を確保するためにゴレアス教官に雇われた一時的な教官ってところでしょうか」
「ハッハッハッ! 逃がさないぞっ! 俺達はこの辺りで最も強い。逃げられるものなら逃げてみろ」
っく! 前にアイカさんはステータスを見たとき、なかなかの手練れだった。それに今回はギルマスも。その実力は計り知れない。
だが、唯一希望があるとすればそれは――
「数で押し込め! 実力差があっても物量で押し込めばギルドを脱出できるんじゃないか⁈」
俺はそう叫んだ。
「「「「「「うぉぉおおおおおおおお‼︎」」」」」」
やってやるぜと言わんばかりの叫び。
アイカさんとクレージュのすぐ後ろには、扉が見えてる。
ゴールはすぐそこなのだ。
諦めるわけには行かない。
全員がきっとそう思っている。
俺は最初にアイカさん達の横を突っ切る。
その後を雄叫びを上げながら仲間達も続く。
「ハッハッハッ! 毎回俺達と会うと諦めるが今回は少しだけ骨がありそうな奴らじゃないかっ!」
「いえ、対処がめんどくさいです」
二人ともいつもお世話になってるがそれはそれ、これはこれだ。
その余裕そうな表情、この物量で崩してやるぜ。
「ゴールはすぐそこだ‼︎」
先頭の俺がギルドの番人二人に差し掛かる――――寸前だった。
「気を付けぇぇぇえええええええええええ‼︎」
「「「「「サー、イェス、サー」」」」」
何者かの掛け声に俺を含め全員が反応する。
何が「サー、イェス、サー」だ。目の前にゴールが見えてるのに俺はアイカさんとクレージュの目の前で気を付けをし、眼球以外を動かすことができない。
「回れぇぇぇぇぇえええ! 右ぃぃぃいいいい‼︎」
また体が勝手に、回れ右をする。
一体なんだって言うんだ。
次の瞬間目に入ったのは、先程俺達が通った扉の前に仁王立ちしているゴレアス教官だった。
「まぁ、今回も二日しか経ってないのに、しっかり洗脳されていたってわけだ。ハッハッハッ!」
「あの人一週間あれば軍隊作れるんじゃないですか……」
その瞬間悟った。逃げられないと言う事実を。
「お前ら、よくも俺から逃げられると思ったなぁ」
ゴレアス教官の声がビリビリと響く。
教官はさらに続ける。
「一日目ぇぇぇぇぇえええ! こんなにきついと思わなかった帰りたいぃぃぃいいいい!」
そうだ。そう思っていた。
「二日目ぇぇぇぇぇえええ! これを後一週間以上なんて無理だ、もう逃げるしかないぃぃぃいい!」
教官は大きく息を吸い込み、一層音量を上げる。
「お前らが考えてることはお見通しだぁぁああああ! ここに来たからには諦めろおお! それとここにいるものには罰として、明日のトレーニングは二倍にするぅぅぅぅぅううううう‼︎」
終わった。
終わった。
終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった――
「返事はぁぁあどうしたぁぁあああ⁈」
「「「「「サ、サー、イェス、サー‼︎」」」」」
俺達は敗北と明日から始まる地獄を受け入れられずに、涙を流しながら返事する。
この日から夢の中でも教官に扱かれ、うなされる人が続出していく。
世の中には、諦めも重要な時がある。
きっと誰もが教訓にした考え方だろう。
脱走、ダメ、ゼッタイ。
次回は明日のお昼頃の投稿を予定しています。




