023 ししょーのちからってすっげー!
「全く、自分から読んでおいて重いを連呼するなんてアンタはさぞかし嫌われ者だったんじゃないかい? ええ?! どうなんだい?」
「ぐはぁっ」
『タイトルのない赤い辞書』は先程までの言動にお怒りのようだ。
そして嫌われ者というフレーズはいじめられていた、いや嫌われていた俺にとって古傷を抉るようなもの。
その言葉による精神的なダメージは一般人の比ではない。
そんなボロボロの俺に『タイトルのない赤い辞書』は追い討ちをかけてきた。
「別にアタシは嫌いじゃないけど、アンタ、一般的にいう冴えない顔をしてるねぇ。そんなんでデリカシーの欠けらも無いなんてぼっち確定だよ。ぼっちの前提条件全部綺麗に揃えちまってるなんて」
「言うなあああぁ、何も聞きたくないいいぃぃ!!」
これ以上は心が壊れてしまう。
こいつ、人の弄り方って奴をわかってやがる。
「それを改善しようともしないのかい? 先ずは謝るのが筋ってもんだろうさ。それともなんだい、そのまま底辺を這いずり回る人生を選ぶのかい?」
謝る! 謝ります! いや謝らせてください!
俺のライフはもうゼロよ!
「誠に申し訳ございませんで「ご主人様、待ってくださいっ!!」」
素直にこれまでの生き方を懺悔し新たな道を歩みだそうとしたが、俺の謝罪はエミによって中断された。
「こんなぽっと出の輩にご主人様が頭を下げる必要なんて皆無です」
「アンタはコイツのなんなんだい? アタシは今、コイツと、話してるんだけどねぇ?」
両者の目から電撃が走っているかのような鋭い視線が交わされている。
いや、片方は目がないけど。
「私はここに居られるマツモト=タケト様の忠実なる奴隷であるエミ・リコルケット。本の分際でご主人様への謝罪を求めるなど、許されることではない」
エミの声は怒りに震えていた。こんなに怒ったエミを見るのは初めてだ。
ちょっと怖いと思ったのは黙っておこう。
そんなエミの言葉に『タイトルのない赤い辞書』は反論する。
「コイツの奴隷? 主が主なら奴隷も奴隷だね。主人を命をもって諌めるのも奴隷の仕事だよ! そんなんだとコイツはいつまで経っても成長できないね」
言い返せない。正論な気がする。
「それにアタシを呼び出したのもアンタらだろう? いきなり呼ばれて罵倒を浴びれば頭に血が上るのもしょうがないってもんだろうに」
本に性別という概念があるのかは不明だが、確かに理にかなった主張だ。
ここは俺に非があるから謝るのは常識だろう。
俺は土下座をしてそのまま謝罪を述べる。
「貴方の言う通り、俺やそこにいるエミの発言が失礼だったことを認める。どうか許して欲しい」
俺の謝罪を受け取り『タイトルのない赤い辞書』は「素直な心を持つ者は成長も早い。アンタは素質があるね」と寛大な心で許してくださった。
一方エミは主人が頭を下げているのに奴隷の自分が何もしないのは流石にまずいと考えたのだろう。悔しそうにお辞儀して「······すみません、でした」と蚊の鳴くような声で謝っていた。
土下座は意地でもしない様子。
「アタシにはピデアルっていう名前がある。気軽に呼んでくれていいよ」
本に名前があるのは珍しいが、頭に浮かんだ別の可能性を訊ねてみた。
「元々人間だったのか?」
「いや、アタシは生まれた時からこの姿だったよ。それにアンタは他にもアタシと似たようなものを持ってるんじゃないかい?」
「他にも?」
聞き返したが思い当たる節がある。他にも辞書をたくさん所持しているからだ。
本同士で感じるものがあるのだろうか。ピデアルももしかして俺と同じぼっちで、ずっとこの引き出しに閉じ込められていたとか。
そんなのは可哀想すぎる。
俺のアイテムでその心が少しでも楽になるのなら。
「ほら、お友達だよ」
できるだけ優しい声音で、異世界で最も易しいシリーズの教本を全部取り出すとピデアルがその辞書を喰らった――というのも文字通り他の辞書を羽ばたくのをやめて咀嚼した。
「え、食べよった」
咀嚼の音がリアルで鳥肌ものなんだけど。
友達になれたかもしれない本を食い散らかし、満足そうにピデアルは「ご馳走様」を告げる。
俺は何を見せられてるのか。カオス過ぎて泣きたくなってきた。
「これでまた本来のアタシの姿に近づいたってことかねぇ」
そう言ったピデアルは前の姿と何ら変わりない。
「変わったように見えませんが?」
エミが冷やかな目線で問う。
エミさんや、俺達が悪いんだからその態度は頂けないかな。
「今、さっきの本達の全ての知識を得た状態だよ。とはいえ全知全能ではないけどねぇ。まぁ、アタシの次なる所有者はアンタって事になるのかね。これから宜しくね。先ずはアタシ自身の説明をさせて貰おうとしようか」
ピデアルが自身について教えてくれたのは
・万能な喋る辞書であること
・全ての知識を脳に譲渡するとピデアル自身は消えること
・知識の譲渡には脳に莫大な負担がかかるため一般人は耐えられずに即死すること
・ピデアルの姿は所有者である俺が認めた相手にしか認識できないこと
である。
一般人では即死するのならどのレベルから譲渡出来るのかとピデアルに質問したが返ってきた答えは「冒険者ならAランク以上。他はハイエルフの王族か魔王直属の幹部レベル以上の魔物」だった。
「お役に立てず申し訳ありません」と謝るエミを「俺もAランクじゃないと無理だし気にしないで」と慰めるのには結構時間を要した。
エミにとって俺の役に立てないことは、物凄く悔しいらしい。
ピデアルの認識不可に関しては虚魔法を造られた際にかけられて、自動的に作動するらしい。
「じゃぁマスター、先ずはどの魔法を強化したいんだい?」
ピデアルが急に聞いてきた。教える方法等疑問点は多いし、急に話題が変わったが決めるべき案件であることは間違いないので考えることにする。
どの魔法かな。
攻撃は最大の防御とも言うが危険な状況下に置かれた場合、俺は迷わずに逃亡を選ぶ男だ。
そう考えると······。
「そうだな、攻撃より先に安全確保の面で空間魔法かな。転移できるまでになれば危険な状況から即離脱できるからな」
「なかなかに狡賢い選択じゃないか。アタシはそういう奴ほど命を大切にするから好感度が上がるね。じゃぁ早速特訓を始めようか」
え? 今なんて言いました?
「あの、ピデアルさん。今特訓するとかしないとか聞こえたんですけど」
「その通り、アタシがマスターに魔法を強化するための訓練をしてあげるって言ってるんだよ。大体、その為に呼び出したんじゃないのかい?」
「ええええええ?! そんなことできるんすか?!」
ピデアルさん、本なのにマジカッケェ。てゆうかぶっちゃけ独学でしかスキルレベルを上げれないと諦めてたから普通に嬉しい。
「なんで急に敬語なんだい。まぁいい、アタシは正規の魔法強化の方法じゃないマイナーな方法を数多く知っているのさ。それこそ誰も想像できないような早さで一流の魔法使いにしてあげるよ」
「ピデアルさん、師匠と呼ばして下さい」
「マスターがそう言うなら別に構やしないよ」
実は師匠と秘密の特訓とかちょっと憧れてたんだよね。
「師匠! 先ずはどんな特訓を?」
「そうだね、空間魔法の初心者にピッタリなメニューは『目隠しをして女性の裸体を撫で回すべし』。これは男性の性的興奮で集中力を上げつつ、女性の体を脳内で感覚を頼りにイメージを構築する、空間把握能力を養える、穴のない方法なのさ」
なんて完璧な方法なんだ! 魔法強化という口実を建前に合法的にエミの体を堪能出来る。
神に、エールにでも祈りたい気分だ。
「すみませんでしたああああああああっ!!」
先程までピデアルを睨んでだんまりを決め込んでいたエミがそれはもう綺麗な土下座とともに謝罪をしていた。
え? あれだけ嫌そうだったのに。
「ど、どうしたんだいが態度が急変してるよ」
俺と同じ疑問を抱いたのだろうぴピデアルがエミに戸惑いながら聞いた。
「私間違っていました!」
ガバッと顔だけ上げると、エミは宙に浮いたピデアルに尊敬の眼差しを向けながら言葉を続けた。
「こんなに素晴らしい方法を知識として会得しているピデアル様に無礼な行いをしてしまった私を許して下さい。これからは誠心誠意心を入れ替えて行動いたします」
「あ、ああ。頑張りなよ……」
ピデアルこと師匠がガチで引いている。ドン引きである。
「ところで先程仰っておられましたので他の方法も数多くご存知のはず。どうか私とふたりきりの際は特訓方法を選別したいので御教授願いたいのですが」
おい、エミそれって······。
「過激な訓練を増やしたいだけなんじゃないか? 主に性的なベクトルの」
俺の言葉にビクンと肩を跳ねさせるエミ。
毎晩の特訓がそんなんばっかだと気が滅入りそうだからやめて欲しいんだが。
そしてエミは俺にその必要性を訴えてきた。
「ご主人様はわかっておられません。私はもっとご主人様とイチャイチャしたいのです! 奴隷の身分で我儘のもわかっていますがこんな思いをするようになったのもご主人様のせいなんですから自業自得です!」
「毎晩愛し合ってるじゃないか。不満だったのか?」
毎晩愛を囁きながら体を重ね、満足そうなエミの寝顔を確認してから寝ているつもりがまさかストレスを溜めていたというのか。
でも悲しいかな。正直なところ、営みの最後はエミに翻弄されっぱなしで、搾り取られている側としてはこれ以上は体が持たないのが申し訳ない。
「ごめんな。でも俺はあれ以上は頑張れないかもしれないや······」
ははは、なんか凄い虚無感が。
「違いますよっ! 伽は大満足です! だけど」
よかった。どうやら夜の生活に不満があるわけではないようだ。
「やっぱり少しでも長くご主人様とイチャイチャしたいんです! 傍に、密着するほど傍に寄り添って好きだとか可愛いとか耳元で言ってほしいんですよっ! 好きな人にはいくらされても足りないというか······夜伽も気持ちいいし大好きですけど別腹というか」
そうか、そういうことか可愛い奴め!
「そっかぁ、俺が悪かったよ。もっと一緒にいような!」
「わかってくれたんですか!? いずれはお手洗いまで寄り添いたい「それは却下っ!」··········なんでですかぁ」
「それは超えてはならない線な気がするからだ」
「そろそろ痴話喧嘩をやめて、特訓にしないかい?」
俺達の口論に痺れを切らした師匠が不満そうに口――と言ってもないが――を開いた。
「アタシだってマスターに所有されてる身なんだ。つまり少なからずマスターには好意を抱いてるってことさ。それなのにふたりの世界つくって置いてけぼりだなんて扱いが雑すぎないかい?」
「悪かった。てか師匠俺のこと好きなんですか?」
「好きに決まってるじゃないか」
「最初から言葉に棘が含まれた気がしてたんだけど」
「好きな人はいじめたくなるのが常だろうに」
そうだったのか。
「じゃぁ、始めますか。でも目隠しがないからタオルとかでいいのか?」
「それならほれ」
師匠から目隠しがポトリと出てきた。
「アタシの特訓に必要な機材は全て保管されているのさ。勿論魔法系統だけじゃなくて、学問や料理に錬金術などありとあらゆるトレーニンググッズが収納されているよ」
「アイテムポーチみたいだな」
「アイテムポーチ? アイテムボックスみたいなもんだよ。ただし、特訓に必要なものだけしか入れることができない制限はあるけどね」
そうして今晩から俺の少しだけ性的な……じゃなくて過酷な訓練が始まったのだった。




