016 奴隷だけど愛さえあれば関係ないよねっ!!
とんでもない年月をかけて幸せになれた少女の話。
ご主人様は私を購入されてから毎日私に回復魔法をかけて下さいました。それも一日中ずっと。
美味しいご飯も用意して下さり、更には食べさせてくれました。熱くないように冷まして時間をかけてゆっくりと。
ご主人様は本当に不思議な方です。こんな私の肌を嫌な顔一つせずに拭いてくれます。
「もうすぐ治るからな」
と優しく声をかけてくれます。毎日毎日魔力が尽きるまで私のために回復魔法をかけて下さいました。奴隷は床で寝る筈なのに「病人にそんなことさせられない」といって無理やりベッドで寝させてくれました。
でも私だけ寝るのは我慢ならなかったのでご主人様にも同じベッドで寝て頂くことにしました。
それから数日後、ご主人様は一応治療は終わったと言ってきました。思えば私を購入してからずっと私のために何かをし続けてくれました。
治療をして、ご飯を食べさせてくれて、体を清潔にしてくれて、お手洗いも手伝って下さり、もう何から何までしてくれました。
そして治療の終わったその日、ご主人様は外の空気を吸いにお出かけになられました。ご主人様が出発される時「行ってらっしゃいませ」と言おうとしましたがまだうまく言えませんでした。
ご主人様のいない間初めてご飯を食べさせてくれた時のことを思い出していました。この宿のお粥でした。真っ白で湯気の立っていたそのお粥は老婆さんの作ってくれたシチューと重なるものがあり思わず涙してしまいました。
その時涙を拭ってくれたご主人様の手の温もりが私の心を穏やかにしてくれるのを感じました。
なかなか帰ってこないご主人様が心配になって探しに行きたい気持ちで一杯になりました。でも「外に出てはだめ」と言われているので出るわけには行きません。奴隷にとってご主人様の命令は絶対なのですから。
すると突然宿の下が騒がしくなりました。どうしたのでしょう。不思議に思っていると傷だらけのご主人様が見知らぬ男の人に抱えられて部屋に入っていました。
その男はご主人様は寝ているだけで重症ではないことを告げると去っていきました。去る前にこんな事も言っていました。
「5人組がその兄ちゃんを寄ってたかって蹴りあげていたんだ」
私は生まれて初めて激怒しました。こんなに慈悲深く尊いお方に対して何を思ったらそのような所業を為せるのか、全く理解ができませんでした。
次にその5人組に出会った時は躊躇無く殺すことが出来ると断言出来るほどの殺気が体から溢れるのを感じました。
一旦落ち着いた私はご主人様の傷ついた体を治療すべく破れてしまった服を脱がして捨てました。縫って使えるレベルではなかったからです。
それから宿の娘さんに頼んで布とお湯を用意して貰いました。焦ってフードを被らないまま頼みに行ったため、ダークエルフだと気づかれている筈なのに大層親切に貸して下さりました。
部屋に戻ってその事に気づいた時は本当に驚きました。
ご主人様の裸体を丁寧に拭き、傷は私が懇切丁寧に舐めました。老婆さんが「大抵の怪我は舐めときゃ治る」と言っていたからです。それに回復魔法も使えませんし。
ベッドの上のご主人様は布団を被せても震えていました。きっと寒いのでしょう。私はいつも世話になっているのに役に立てない自分が悔しかった。私は覚悟を決めて全裸になります。
私がこの身をもってご主人様を温めて差し上げるのです!暫くくっついているとご主人様の震えは徐々に収まってきました。
私はご主人様の表情が和らぐのを確認できたので安心して寝ることにしました。
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次の日ご主人様はご自身の服を買いに出られました。
断られるのを承知でお願いしてみると一緒に行くことを許可してくださいました。ご主人様との買い物はとても幸せな時間に感じられました。
その日の帰り道、ガラスケースの中にある『忠誠の腕輪』を見つけました。いつの日か私もご主人様に 【絶対忠誠】を捧げたいと強く願いました。
更に次の日、ご主人様は私の服を買いに行くなどと言われました。奴隷の私を可愛くするのだとか。可愛いと言われてもやはり信じられません。からかって遊んでいるに決まっているのですから。
老婆さんは言っていました。
「奴隷にとって一番たちが悪いのが悪趣味な貴族なんだよ。奴隷をいたぶるのを好む貴族や奴隷同士を戦わせるのを趣味にしている貴族もいる。その中で最も厄介なのが奴隷の表情を好む貴族なんだよ」
「どういうこと?」
「彼らはね、奴隷の絶望した顔を見るのが大好きなんだ。1度の優しくしておいて後でたたき落とす。希望を見たあとの絶望ほど暗いものはないからね。奴隷なんて基本ものとしか考えられないものなんだ。そんな奴隷に優しくしてくる輩は大体これさ。あんたも騙されて絶望に沈むんじゃないよ」
やっぱりご主人様もそうなんでしょうか。私の絶望した表情を見るためだけにこんなに回りくどい方法で優しく接してくれるのでしょうか。
分かりません。分かりません。何度考えてもちっとも分かりません。
だから私は賭けてみることにしました。ご主人様が老婆さんがいうたちの悪い貴族なのかそれとも本当に私のことを可愛いと思ってくれている優しい人なのか知るための――
他愛もない会話をしていました。本当に幸せに感じるどうしょうもないくらいの。
そしてこの幸せが続くか途絶えるかの岐路がここで明らかになる一言をカラカラになった口で放ちます。
「あの、ご主人様」
「どうした?」
「私のこと本当に可愛いと思っているのですか?」
ご主人様は迷ったような困ったような微妙な表情をされたままそれでも私の欲している言葉をくれます。
「ああ、可愛いよ。俺はそう思ってる」
本気でそうだと思えるほど真剣な目で私に訴えかけてきます。ここまでは予想通り。
勝負はここからです。
「そ、そうですか」
「ああ」
次を言うのが怖い。拒否された瞬間私の希望が光が完全に閉ざされてしまう。それでも確かめずにはいられませんでした。
「エミ?」
「………下さい」
「え?」
「本当に可愛いと思ってるなら、宿まで手を繋いで帰って下さいっ!!」
「っ!?」
言ってしまった、という気持ち出いっぱいです。もう後戻りは出来ない。恐る恐るご主人様の顔を覗くと……私は賭けに負けた事実を知りました。
それでもなお信じられない。
あんなに優しくしてくれたのに何故なのか、どうしてなのか疑問が頭を埋め尽くします。
私のご主人様は明らかに戸惑って顔はひきつっていました。
『禁忌の存在であるダークエルフの肌に触れることは一般的には大罪と考えられている』
そんな書物の一文が脳裏をよぎりました。
······でも最後にもう一度確認したい。
そんな縋るような思いで言葉を続けます。
「やっぱりできないんですか?!」
「やっぱり?」
私を見てご主人様はたじろいでいました。確信しました。ああ、私はやっぱり利用されていたのだと。
「ダークエルフなんかには触れないですよね?!」
もうどうにでもなれ、そんな風に思えてきました。まるで私の声じゃないみたいに張って、震えた自分の声を聞いて、視界が歪んだことで涙を流しているのに気がついて、本当にどうしようもないことも確信しました。
──ああ、いつの間にか本気で好きになってたんだ
ダメだってわかってたのに、だってあそこまで優しくされたらそりゃ好きになっちゃいますよ。
単純ですよ、ずっと嫌われ続けた存在に、暖かな光が差し込んでくればその光を求め、縋りたいと願う。仕方ないことじゃないですか。
「ち、違うっ!!」
「違わなくないじゃないですかっ!!」
ほんとにわかってた筈なのに·····。
「ご主人様ならって、もしかしてらって! ほんの少しだけ信じてみようって!」
もう何を言っても無駄なのに、意味なんてないのに、喉の奥から溢れる想いを留めることもできずに吐き出し続けてしまいます。
「嬉しかった! 言われたことない言葉を言われて! 真剣な目で私を見てくれてるみたいで! 大事に扱ってくれてるみたいで! でも、でもやっぱり!」
もしも私が『ダークエルフ』以外の種族でご主人様に会えたなら、こんな辛い想いをしなくて済んだのかもしれません。全ては夢のまた夢。
「私はダークエルフのままなんだっ!!」
結局利用されたまま、1度死んでボロボロなままここまで歩き続けてみても、私の人生は死体のままだった。アンデッドみたいに醜い姿を晒して、無様に這いずり回って勝手に転ぶ阿呆な私。
1歩。
ご主人様がこちらに近ずいて来ました。私も負けじと1歩引きます。
「ご、ご主人様。わ、私は助けて頂いたことには感謝しています。ですから心配されずともこれからも奴隷として精一杯奉仕させて頂きます」
2歩。
これ以上反抗してももう無理でしょう。考えようによっては1度好意を寄せた相手に遊ばれ続けるのも悪くないかもしれません。ダークエルフというだけで世界中から忌み嫌われるよりずっと幸せなことな気がしてきました。
3歩。
目の前に『元ご主人様』がいます。これからは私の心の中ではずっとずっと『元ご主人様』と呼び続けるのも良いかもしれません。
何かを言おうと『元ご主人様』は意を決したようです。『元ご主人様』にどれだけ酷いことを言われても、蔑まれても、仕打ちを受けても心の準備さえあれば全く全然辛くはありません。それは私があの永く暗いカプセルの中で得た唯一の教訓でした。
皮肉なものです。結局最後に私を救うのは他でもない一番の苦痛たる思い出なのですから。
しかし、次の言葉は私の想像の遥か斜め上を行くものでした。
「エミ、好きだ」
信じられません。先程まであんなに戸惑っていたご主人様が只々私に好意を伝えて来ます。
その『目』はいつの日か見たことがありました。ずっと昔、その『目』を確かに私は見ています。ぐるぐると私の頭の記憶を辿っても見つかりません。そんなに昔のことでしょうか?
そう、あの目は――
――よしよし、いい子だなぁ。パパだぞぉ、わかるかなぁ?
――あなた、エミったら呆れた顔してるわ
――え!? そりゃないよ〜
――······本当に幸せになれたのね
――勿論さ、此処で3人ひっそりと幸せに暮らしていこう
――エミ、生まれてきてくれてありがとう
――感謝しなくちゃね。エミが産まれてからのママはずっとこんな調子さ。毎日が幸せで堪らないってさ
――願わくばいつまでも、こうしていれますように
これはいつの記憶? 私の知っているパパとママじゃない。だってこんなに真っ直ぐ私を見つめてくることなんてなかった。会う度に産んでしまってごめんなさいって悲しそうに謝ってきた。だから······。
これは檻の中の生活よりも前の記憶。まだ私のために幸せが歪んでない時の。
真っ直ぐな幸せに包まれた私達3人のお互いに交わすことのできていたそんな『目』線。
思い出した。見つめ合うだけで心の底から幸せになれる、お互いの気持ちの分かるそんな『目』をかつて私も私達も持っていた。
もしかしたら都合の良い妄想かも知れません。でもそれでもいい。
どれだけ長いことキスをしていたのでしょう。私はとっくに絶望から希望へ登り詰め、幸せに包まれているような気持ちになっていました。
『希望を見せられて絶望に叩きつけられるほど暗いものはない』のなら『絶望を見せられてから希望に持ち上げられるほど幸せなものはない』のではないでしょうか?
私は今日何度目かの確信をしました。やはり私はこのお方を好いている、慕っている、愛している、と。
何故ならその『目』を持った人は私の愛し、私を愛してくれた人の持つものだから。
いつの間にか私の中での彼は『ご主人様』に戻っていました。
どれほど長い時間距離を0に保ち続けたのでしょうか。
「っぷぁ……」
私は離れた唇に名残惜しさを感じて強欲にも「もっと幸せになりたい」と思いました。今までの失った時間を取り戻すように。
「これでわかった?」
もう私には彼しか見えていません。そしてこれからも。
「ご主人様ぁ……」
自分の声とは思えないほど艶やかな声が漏れ、驚きを隠せませんでした。思わずご主人様に抱きついてしまいます。
それでもお願いは忘れません。今は少し我が儘になっても目を瞑って貰えるのではないでしょうか。
そんな気がします。
「ぜ、全然分かりません······」
もっとご主人様と近くにいたい。私はその一心で『目』でも必死に訴えます。
「そっかぁ、でもなんとしてでも分かってもらわなきゃ困る!」
「そ、そう簡単には、信用しませんっ!」
私が幸せを満足する頃には、すっかり夜になっていました。
エミsideの過去の話はだいぶ先に出てくるかも知れません。忘れた頃に出てきそう( ̄・ω・ ̄)




