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014 残酷な世界のテーゼ

 5日ほどひたすら下山しました。最初に持っていた食料は最低限に抑えつつ、老婆さんから教わった食べられる植物を採集し、お腹を満たしながら少しずつ歩きました。


 山はペースを保ち呼吸を乱さずに体力温存をモットーにするべきだとおそわっていたからです。


 小屋を出てから7日目、心地よい涼風と水音を感じたのでその方向に向かって暫く歩きました。思った通り川と呼ばれるものがありました。本で読んだことはありましたが初めて見ます。こんなに大きいとは思っていませんでした。


 下山の際には川に沿って降りると、水分補給も出来て道も確実であると読んだことがあります。今日は此処で寝ましょう。


 10日目、相当降りた気がするのですがまだまだ山道が続いています。川でいつでも水分補給が可能なのでそこまで疲労は溜まりません。今日はこの辺にしておきましょうか。


 15日目、持ってきた食料の半分が亡くなりました。これは老婆さんが私にくれたお菓子や干物を貯めていた物なので別に老婆さんの食料が無いわけではないのです。だから大丈夫なのです。


 はぁ、私は誰に対して言い訳をしているのでしょうか。


 20日目、山道から出ることが出ました。一直線にみちが続いています。陽の光が私の体力を奪っていくのを感じます。明日の朝早くに水筒に川の水を一杯入れてから出発した方が良さそうです。今日は此処で寝ましょう。


 21日目、朝早く水を汲んでから出発しました。誰かに会った時のためにローブと仮面で顔を隠しておきます。


 仮面は魔法を扱うのに効果を増加させるものも多く存在するため、人に会っても不審には思われないでしょう。


 フードは肌を隠しつつ、日光も回避できて一石二鳥といったところでしょうか。


 25日目、周りは草原の変わらない景色の中ようやく看板が目に入ります。看板を見るのも初めてなので本物かどうか怪しいですが。でも木の板に文字が書いてあるので看板で間違いないでしょう。


 えっとなになに『この先イルドゥール。馬車で10日ほど』と書かれています。町の名前でしょうか。この先に何かあるのは間違いないでしょう。


 馬車のスピードがわからないのでどれくらいで着くのか予測できません。


 はぁ、疲れました。最近溜息ばかりのような気がします。


 26日目、後ろから馬と思われる生き物と小屋より少し小さめの建物が連動してこちらへ向かってきます。あれが馬車でしょう。そんな気がしてなりません。中から人が話しかけてきます。


「おい、歩いてたら街に着くまでに野垂れ死ぬぞ」


 わざわざ忠告してくれるなんて親切な人です。


「そうでしたか。わざわざありがとうございます」


 私が歩き出そうとすると、親切な人は呼び止めてきました。


「馬鹿かお前! 乗せてやるって言ってるんだ。お前らもいいよな?」


「「「へい!」」」


「そうでしたか、それはどうも。非常に助かります」


「本気で歩いてイルドゥールまで行くつもりだったのか? 頭おかしいんじゃねぇか」


「山の中で生活していたものでそういうの分からなかったんですよ」


「まぁいい、取り敢えず後ろに乗りな」


 後ろに乗り込むと馬車が出発しました。後ろにはガタイのいい男3人と毛の生えた耳を持った……恐らく獣人の子供が数十人居ました。その子達は全員首に首輪を嵌めています。


「なんだ姉ちゃん、奴隷を見るのは初めてか?」


「はい、獣人も初めて見ました」


「なるほどな、初めて獣人を見る奴は大体驚きやがるからな」


 私は馬車の中で3人の男達と雑談をしてました。この世界のことを彼らはよく知っていました。各地を点々と周り、奴隷を補充しては販売する事で商売をしているそうです。知らない街の話は興味深いものばかりでした。


 夜になると3人のうち1人が運転を交替しもう寝ることになりました。あと9日ほど街につくにはかかるそうです。この人達に出会わなければ相当な距離を歩くことになっていました。感謝しなければ。


 朝に目を覚ますと体が言うことを聞きません。どうやら全身をロープで縛られているようです。


「一体······」


「目覚めたか化物!」


「うぅっ!?」


 昨日まであんなに優しかった彼らは私を手加減なしに蹴り始めました。


「ダークエルフの癖によくもまぁのこのこ人様に近づいてこれるなぁ、おい!」


「絶対近いうちに不幸が起きるぞこの馬車は買い換えた方がいい」


「最悪だ。なんでこんな奴を乗せたんだ」


 罵られながらただ蹴られることしか出来ない私。2年前ならただ謝っていただけの私だったかも知れませんが今は憎しみと悔しさという感情を抱いています。それだけ私が『普通』になれたということでしょう。


「げほっげほっ、ど、どうして? あ゛あ゛っ!?」


 やはりダークエルフはそんなに嫌われているのか、ならばどうしてそこまで? そんな疑問が浮かんできます。そのことは老婆さんも教えてくれませんでした。


「寝てる時にフードと仮面がめくれて気づいたんだよっ! ダークエルフだってなっ。オラッ!」


 少しズレた回答をされてしまいましたが、なるほどもう少し深くフードを被って仮面をキツめにしておくべきでした。


「ほら、飲めよ」


 蹴ることに飽きたのでしょうか、4人が笑いながら水を差し出します。口の中は血だらけでゆすぎたかったので水を受け取ることにします。といっても両手は縛られているので飲ませてもらう形になるのですが。


 喉を通った瞬間にそれが水ではない事を悟りました。身体中に激痛が走ったからです。


「お前はイルドゥールじゃ奴隷の価値もねぇ。もっと大きな街の奴隷商人じゃないと買取って貰えないだろうよ。珍しいダークエルフって言っても欲しがるのは変わり者の貴族ぐらいだからな」


「期待はしてねぇがもしかしたら高く売れるかもしれねぇ。それまで大人しく寝てろ」


 私の体からは痛みは消え、今は痺れて動かせません。


「ダークエルフは魔法が使えるらしいからな。魔力を奪う薬だ。体への悪影響もあるが死にはしないだろ」


「死んだら死んだで捨てるだけだがな」


 たしか老婆さんは私の体は既に魔法が使えなくなっていると言っていましたが、更に使えなくする意味があったのでしょうか。

 私の意識は彼らの笑い声で埋め尽くされたままなくなっていきました。


 どれだけ時間が経ったか分かりません。1日1度の食事もパンの欠片だけですっかり痩せこけてしまいました。老婆さんのシチューが懐かしい。


 自分で決断して旅立ったにも関わらず涙が出てきます。本当に情けない。もっとうまく街までつく方法はいくらであったのに。あれだけ言われたダークエルフの価値観を心のどこかで甘く見ていた様です。


 奴隷落ち。確か奴隷は死ぬまで主の言うことを聞き続ける道具として扱われている筈です。ある時は過酷な労働環境に、ある時はぞんざいに扱われる性処理道具として、ある時は痛めつけストレス発散に使われる動物として。


 結局どう足掻いても、私の人生は利用されるだけのものだったのでしょう。何もかも無駄だった。そう思うと目の前が真っ暗になりました。


 1年間はたったのでしょうか。私にとっての1年はそんなに長いものではないですがこの生活はなかなかにこたえます。吸引生活でもまともな食事が用意されていたのですから。


 その間に様々な奴隷商を商品として転々としました。私の価値はどの街でも低いらしく例によってまた違う町へと着いたようです。


 私は一体出立した場所から、どれほど離れた所まで来てしまったのでしょうか。


 檻の鍵が開けられてツリ目の奴隷商人と思われる男が数人に囲まれてやってきます。


「こいつを買い取れ」


「ダークエルフじゃないですか、無理ですよ。誰も買取りませんよ」


「俺らの商談を断るってのか? もう協力は断るぞ?」


「そんな!? 無茶苦茶な」


「どうするんだ」


「わかりました。買い取らせてください」


 そんなやり取りが聞こえてきた。奴隷ですら拒否されるなんて、ダークエルフはどれだけ嫌われているのですか……。


「おい、お前。どうせ売んから処分届けを出した。3日後だ。それまでは法律上殺してはいけないことになっている。魔法は使えなくされているようだが、舌を噛み切って死ぬなよ。3日も飯を出すって言ってるんだ。これ以上生きてる内に迷惑かけるな」


「………」


「おい、聞いてんのか!」


「……はい」


 奴隷商人は怒りながら何処かへ行ってしまいました。もう希望も何も失った私には、何も残っていません。怒られても、殺されると言われても、何も感じない。


 しかし次の日に、私の前に救世主が現れるなんて思っていませんでした。



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