013 旅立ちの日に
気がつくと何かに埋もれているようでした。全身が痛くて、鼻が曲がりそうなほど強烈な臭い。目を開けると僅かに差し込む光が見えます。
「……か…」
お腹が減ってきました。いつもの知らない人はどこでしょうか? そろそろご飯の時間だというのに。
「…れか…」
長いこと生きてきたからわかります。知らない人は必ずご飯を持ってきてくれるし、1週間に1度、必ず体を拭いてくれます。
「だれか…」
気付けばまた知らない「誰か」に声をかけていました。どうしてそんな事をしているのでしょう。自分の事なのにわからない。自分が自分でないみたいです。
「だれか…す…て」
もうちょっとすれば知らない人がいつものようにご飯を持ってきてくれるというのに。どうして私は……
「だれかたすけて」
どうして私は“誰か”に助けを求めているのでしょう。
――ザッザッザッザッ
遠くの方から誰かが近づいてくるのがわかります。
貴方は、誰か? それとも“誰か”?
私の前に立ち止まり、その人物は私に話しかけます。
「帰ろうか」
とても優しくて心に染みる柔らかい声音に、温かな気持ちが芽生えたのを感じました。
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「気が付いたかい?」
目を覚ますと隣から声がかかってきました。横を向くと年老いた女性が椅子に深く腰掛けてこちらを見ていました。
「……体……動く……」
「回復用のポーションを飲ませておいたのさ。完全にまでとは行かないがある程度までは回復できたはずだよ」
自身の体を見下ろすと白い布団が掛けられています。ベッドで休ませてもらっているようです。
「ありがとう・・・・・・ございます」
「いいよ、大したことじゃない」
そして老婆さんは白い液体を皿に入れて持ってきました。良い香りがします。またお薬でしょうか?
「今日は何の薬ですか? ふくさよーのあるやつですか?」
そう聞くと老婆さんは悲しそうな顔をして説明してくれました。
「これはシチューと言ってね、食べ物だよ」
「今はご飯の時間だったんですね。ごめんなさい。間違えてしまいました」
私の言葉を聞くと老婆さんはまた悲しそうな顔を顔をします。私は何か悪いことをしたのでしょうか。
「ごめんなさい。ありがとうございます。いただきます」
三連続で謝罪と感謝と宣言をして食事に取り掛かります。
初めて食べるシチューは今まで食べてきたどのご飯よりも美味しく感じられました。胸の内側が温かく感じられました。
「今日のご飯は今までで最高に美味しいですね」
「そうかい、それはよかった」
老婆さんは嬉しそうに頷いています。よかった、怒ってはいないみたいです。
「今日はカプセルの日じゃないんですか?」
「今日からはカプセルなんかに入らなくていいんだ」
「……そうですか」
何故急にカプセルに入らなくなったのでしょうか。やはり私が昨日気絶してしまったからでしょうか。
「すみませんでした。私が気絶したばっかりに」
私が謝ると老婆さんは私をぎゅっと抱きしめて一言「お疲れ様」と呟きました。すると私は急に何かが抜け落ちた気がしました。気づくと老婆さんを抱きしめて泣いていました。最近私はよく泣いている気がします。
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それから七年ほど老婆さんと暮らしました。
不思議なことに年を経ても老婆さんは容姿が全くかわりません。一体どういう原理なのでしょう。
七年、私はそこで『常識』というものを教わりました。具体的には文字の書き方や本の読み方、魔物の倒し方に種族の違いやこの世界の成り立ち、歴史などです。
老婆さん曰く私は異常な生活を送っていたそうです。普通は檻の中では生活せず家と呼ばれる個人の建物で家族と暮らすのだそうです。
そして何より老婆さんから教わった『常識』の中で悲しかった事があります。
ダークエルフとハーフエルフと呼ばれる種族は異質な体質を持つことや、古くからの文献にある大罪人であることから、全ての種族から禁忌の存在として忌み嫌われてきたという事実です。
そして大陸の六割強を占める人族はダークエルフとハーフエルの一部を魔力を生成する材力として、捕獲し、命が果てるその時まで酷使し続けるそうです。
最初は信じられませんでしたが、理解してしまうと何故だか安心したような、腑に落ちたような不思議な気持ちになり、これは本当なんだと納得しました。
「それでも、こんなのってあんまりです」
思わず零した独り言は、まるで自分を否定されたかのように重く突き刺さります。
仲間にも、家族にも会えない。友達も作れない。きっと外にはそんな世界が広がっている。それを知ってしまっても、この理不尽さに悲しみがとまりませんでした。
老婆さんは俯きながら、悔しそうに言います。
「なんとか助けたいと思って動いてみたんだけどね。施設には強力な魔法の結界で、外からは入れない。だからこうして生きたまま捨てられてしまった子供を養っているんだ」
「誰がこんなことを!」
老婆さんは悪くないのに、私の言葉は鋭く尖ってしまいます。
「おおよそ察しはついているけどね。あたし達みたいなちっぽけな存在にどうこうできる程度の問題じゃないのさ」
きっと老婆さんは色々と試して全て駄目だったんでしょう。そんな風に思えたんです。
その日私は沢山泣きました。
悲しくて哀しくて、でもそれより――
初めて檻の外が広いことを知って色々な所に行ってみたいと思っていました。パパとママの見たことないところも見てみたいと思ったからです。
でも老婆さんに現実を、常識を教えて貰っていたので叶わないと分かってしまう。
「残念なことにダークエルフは一人で行動すれば必ず誰かに殺されちまうよ」
折角沢山勉強して、まともな夢と呼べるものを持てたのに、その夢は1日で潰えてしまったのです。
夢は潰えて仲間に会える可能性も皆無。そんな絶望的な状況でも私はこう考えることにしました。
どうせ1度死んだような命なら知らないところを見てからにしよう。
翌日の朝老婆さんがまだ眠っている間に置き手紙を残して山小屋を去りました。
「ありがとう、老婆さん」
そう呟いて、私は利用されてきた人生を自分で利用するための第一歩を踏み出したのです。
老婆さんとずっと暮らしてきた小屋に置き手紙を残して。
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老婆さんへ
私に沢山のことを教えてくれてありがとうございました。老婆さんと出会ってから毎日が新しいことでいっぱいでした。たまに知りたくなかったこともあったけど新しく知るということはとても楽しいことです。
今から私は旅に出ることにしました。ダークエルフが嫌われてるのも、仲間に会えないのも承知の上です。
今までの生活がおかしいと教えてくれた老婆さんはいい人です。ダークエルフの私に優しくそれを教えてくれました。
私は天国のパパもママにまだ見れなかった沢山のものを見せてあげたい。美味しい料理や綺麗な景色、可愛い動物や面白い昔話。どんなに酷い目にあっても、例え老婆さんに言われたように殺されてしまっても後悔はしません。
「あんたの人生は利用されてきただけの人生だったんだ。それは死んでいる状態より酷く悲しく辛いものだったんだよ」
前に私に言ってくれましたね。
私は長い間利用されてきた人生を自分のやりたいことのために利用したい、自分のために一度死んでしまった人生をやり直したい、だから旅に出ます。
「その分幸せになりなさい。私をお婆ちゃんだと思って甘えてくれていいよ。孫ができたみたいで嬉しいよ」
こんなことも言ってくれましたね。言葉通り、この七年間本当に甘えっぱなしになってしまいました。
私にとっての老婆さんはお婆ちゃんです。言葉にすると変な感じですけど、そう思っています。
だからきっと帰ってきます。大好きなお婆ちゃんに会いに。
沢山のお土産と一緒です! その日まで楽しみに待っていて下さい。
追伸
帰ってきた時には老婆さんの本当の名前教えてくださいね。なぜだかずっと聞きそびれていたので。
エミ・リコレットより
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ロリエミ→エミになりましたがもう少しエミside続きます。




