010 イチャイチャの悦びを知りやがって……許さんぞっ!!
「よし! 今日はエミの服を買いに行くぞ!」
「……え!?」
ベッドから起き上がってからの第一声は二日連続ショッピング宣言となった。
「わたしの服は……これがあります……けど」
エミはなぜ自分の服を? と疑問に思っているのが表情に出ていてわかりやすい。
「そんな服じゃダメだ。エミの魅力を全く引き出せてない。もっとエミに相応しいものじゃないとダメなんだよ。それなのに昨日の俺は久々の買い物でテンション上がりすぎて自分の服選びに夢中になった挙句、エミの服のことなんてこれっぽっちも覚えてなかった」
俺はエミの前に土下座しながら謝った。血の涙を流して。
ヲタクである俺がダークエルフのかわい子ちゃんにあろうことか布切れを着せたままだなんて。転生する前の俺が見たら確実に殺される。昨日の俺はどうかしてるぜ。
「そんな謝らないで下さい。私は奴隷の身。服なんてこれで充分満足です!」
「いや、ダメだ。断固拒否する。忘れてた俺が言える立場じゃないがそんな布切れを着せてるなんてエミの持ち腐れだ!」
俺はエミに説得を試みたがなかなか折れてくれない。てかいつの間にか普通に話せるようになってるし。喉の方もほぼ全回復しているのか。
「ご主人様、私は処分されるところを助けて頂いた上に、体を治療してもらい、寝床も食事も用意して貰っているのです。これ以上のご迷惑をかけるわけに「忘れてた!」……どうされました?」
「すっかり忘れてた!エミの体の治療はあらかた終わってるけど異常状態の方はまだしてない!」
「……私の異常状態は訳あって普通の回復魔法などでは直せないと思います」
苦虫を噛み潰したような顔でエミは言った。
まぁ、普通はね? でも神から貰った賢者の石なら……。
「多分大丈夫。」
「え?」
アイテムポーチからチュッ〇チャプスならぬ賢者の石を取り出した。それをエミに手渡す。
「これは……?」
「まぁ、飴みたいなものかな。今日はそれを一日中舐めててね。溶けないし無味無臭だけど」
「そんな。ご主人様が食事をしてないのに自分だけ駄菓子を食べるなんて……」
奴隷的にはいい子なんだろうけどこういう考え方は俺からしたらめんどくさいだけだ。
「まず駄菓子じゃなくて石だから。それにこれは命令だよ?」
「うぅ……わかりました」
「服買うのも命令にした方がいい? 俺的には命令はしたくないんだけど……」
「……わかりました。ご主人様のご厚意に甘えさせて頂きます」
口を尖らせるエミも可愛いが、さっさと買いに出かけたい。服を選ぶのに時間がかかるのは昨日身に染みてわかった。男であれだけかかるんだから女は……いや今はいいや。
「とりあえず朝食をとろうか?」
エリンさんのお父さんの朝食は今日も絶品だった。
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服屋に着くと店員さんが営業スマイルで話しかけて来た。飴を咥えたままのエミにも疑問を持たず接客してくる。店員さんすげぇ。
「本日はどのような服をお探しで?」
「この子に似合いそうな服を何着か購入しようかなと考えてるんですけど」
「ダークエルフですか。また珍しいお客様ですね」
「そうなんですか? 田舎者でしてそういう常識に疎くて」
細かいことを、聞かれると厄介だ。そんな時は田舎者作戦でいこう。
「一般的にはあまりいい印象を持つ人は少ないですね。私にはダークエルフの友人がいますから特に何も思いませんけど……。では服を探しましょうか。一般的なのとやはりフードも用意した方が便利ですね」
するとエミは店員さんに奥の方へ連行されて行った。さようならまた逢う日まで。
暫くすると青を基調としたフードを着たエミが顔を真っ赤にしてやってきた。フードには控え目ながら繊細な紋様が描かれており神秘的。ダークエルフ肌の色とマッチして落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「素晴らしい」
そう呟くと、「そうでしょう!? 他にも2着ほど用意させて頂きました」と店員さんに詰め寄られ全部購入してしまった。全部似合ってたからいいけど。
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夕焼け空の映える帰り道、エミが申し訳なさそうな表情で話しかけてくる。
「ご主人様、今日は私の為に貴重な資金を……すみませんでした」
「俺が可愛らしいエミを見るために勝手にしたことだし、謝られるより感謝してくれた方が嬉しいんだけどなぁ」
そんな事を言いながら溜息をついてしまう。
「エミは固くなりすぎ、奴隷って言っても俺はもっと仲良くやっていきたいんだ」
「すみません……」
「ほらまたすぐ謝る。怒ってないから安心して? これから色々やってもらおうと思ってるからもっと気軽な関係になっておきたいんだ」
「私に出来ることならなんなりと! ご主人様の役に立てるのはとても嬉しいです!」
急に声を張り上げるエミに戸惑ってしまう。
「ええと、まずは危ないかもだけど冒険者として一緒に活動して欲しい。どっちかっていうとエミとパーティーを組みたいんだ」
「精一杯頑張らせて頂きます! でもパーティーですか? 私は魔法も剣術も使えないし、組んでもメリットが無いように思うのですが」
「まぁ、その辺は今度説明するよ。他にもお金の管理とか、依頼の選別とか」
「依頼の方は分かりますが、お金の管理ですか?」
「ん? 計算とか苦手だったりする?」
「いえ、そうではなくて。普通そのような重要な役割は奴隷にはさせません。命令の間を潜ってお金を持って逃亡してそのお金で奴隷解放をすることも不可能ではありませんし、他にも色々と……」
確かにそれは考えてなかったな。でもエミはいい子だし、そんなことはしない確信もある。本音は俺だと金遣い荒いためすぐ使ってしまいそうだからなんだけど。
「そうかもしれないけど、エミはそんなことしないって分かってるから任せるよ」
「…………」
「どうした?」
「いえ、ご主人様は変わったお方だなと思いまして」
「そう?」
「禁忌の存在とされるダークエルフを見て可愛いと言って服を買ったり、奴隷を自分と対等に扱ってくれたりしてくれます。正直に申しますと、ご主人様の考えてる事が分かりません」
「そうか……」
日本人の俺からしたら普通なことなんだが、やはりこっちでは異様な行動なのだろうか。
「それに男の人が奴隷を持つのは……そういう目的だと聞いたことがあります。でもご主人様は……手を出す素振りも見せません」
「っ!? いやそういうのは同意の上じゃないと!」
「ふふっ、やっぱりご主人様は変なご主人様です」
急に見せるエミの微笑みは心臓が止まりそうなほど魅力的だ。
「そうかよ」
「ええ、そうです」
暫く無言で歩く。するとエミが恐る恐ると言った様子で話しかけてくる。
「あの、ご主人様」
「どうした?」
「私のこと本当に可愛いと思っているのですか?」
あれだけ可愛いと言っているのに信用されていないな俺も。
確かに街を歩く度に冷たい目をされているのは流石の俺でも気付いている。奴隷なのに食事を座らせて一緒に食べさせている所を冷ややかな目で見られているのことにも。
さらにそれを心苦しく思っているエミにも。俺が自分のせいでそんな視線を浴びなきゃいけないとおもって申し訳なく感じていることも。
でも俺はエミを対等に扱い続けたい。本当に大切で可愛いと思っているから。そんな周りの反応なんてどうでもいいと思えるくらいに。
それでもエミは不安なんだろう。過去のことについてはあまり語ってくれないが、今まで受けてきた処遇がトラウマとなって、完全に俺を信用してはいない。
「ああ、可愛いよ。俺はそう思ってる」
嘘を言っていないと伝わっているはずだ。いつもみたいに軽く口に出していないから。真剣に、訴えかけるように言葉を紡いだから。
「そ、そうですか」
「ああ」
エミは照れているのか、俯いて立ち止まってしまった。
「エミ?」
「………下さい」
「え?」
「本当に可愛いと思ってるなら、宿まで手を繋いで帰って下さいっ!!」
「っ!?」
戸惑ってしまう。こんな可愛い子に手を繋いでくれと頼まれる日がくるとは。人生分からないものである。女性経験なしの俺でも、手を繋ぐなんて好意のある相手にしかしないことぐらいわかる。生まれて初めての体験に頭が真っ白になった。
「やっぱりできないんですか!?」
「やっぱり?」
クワッと見開いたエミは俺の顔をみて泣いていた。
まさか泣いていると思っておらず、たじろぐ俺。
「ダークエルフなんかには触れないですよね!?」
ヒステリック気味に叫びながら涙を流すエミ。
「ち、違うっ!!」
「違わなくないじゃないですかっ!!」
ああ、何してんだ俺。可愛い子から手を繋ぎたいって言われて浮かれて、結局泣かせて。エミはきっと押し潰されそうなほど不安だったんだ。今までと違う環境に戸惑って。
自分の欲に塗れた考えに嫌悪感を抱いた。さっきの状況は迷いなくエミの手を取るべきだった。安心させてやるべきだった。そのまま笑顔で嘘じゃないって言ってやる場面の筈だろ。
エミは全てに絶望した、出会ったばかりで檻の中に閉じ込められていたあの時の目に戻っていた。
「ご主人様ならって、もしかしてらって! ほんの少しだけ信じてみようって!」
せっかく僅かな光の差した目は今は黒く塗り潰れている。俺のせいで。
「嬉しかった! 言われたことない言葉を言われて! 真剣な目で私を見てくれてるみたいで! 大事に扱ってくれてるみたいで! でも、でもやっぱり!」
こんなに辛そうなエミの顔を見たのは初めてだ。胸が張り裂けそうになる。声をかけたいけど喉でつっかえて言葉が出てこない。
今までの俺の言葉が仕草が行動が……演技だったみたいに言わないでくれよ。
「私はダークエルフのままなんだっ!!」
自分という種族、存在を完全否定したエミは見てわかるほどに絶望していた。
きっとエミは俺の感じてる気持ちと比べられない程の負の感情を抱え込んでしまっている。あの時のように。
――――全部、全部全部全部全部俺のせいでっ!!
エミが自分を否定するなら、俺が肯定してやれなくてどうする。
1歩。僅かに踏み出す。エミは怯えた様子で退く。
「ご、ご主人様。わ、私は助けて頂いたことには感謝しています。ですから心配されずともこれからも奴隷として精一杯奉仕させて頂きます」
2歩。エミは諦めたようで距離が縮まる。
自分で犯した罪は自分で償う。エミに付けた傷は、俺が治療してやらなくちゃいけない。
3歩。互いの距離が殆ど残っていない。
エミは嫌がるかもしれないが、俺に思い付くことはこれぐらいだ。
覚悟を決めて偽りの無い言葉を本気で伝える。
「エミ、好きだ」
エミの目が見開かれるのと同時に俺はエミを抱き寄せて唇を重ねた。エミは信じられない、といった表情で俺のことを見つめてくる。
俺達は長い間離れることなくそのままの状態で見つめ合った。
距離が、精神的にも物理的にもゼロになったのを感じてから互いの唇を解放する。
「っぷぁ……」
エミが発したとは思えない艶やかな吐息が同時に漏れた。少しの間だけ架け橋を成していた唾液も消え失せて、それでもなお見つめ合う。
俺は心から溢れてくる充実感を感じつつ、エミに問う。
「これでわかった?」
物凄く恥ずかしい行動と台詞をしている意識があるというのはこんなにもあれなのか。こんなとこ友達に見られたら一生黒歴史になる……っと友達居ないから関係ないか。
「大体、体に触れられないならどうやってエミの体を看病したんだ?」
俺は笑いながらエミを抱き寄せた。
「ご主人様ぁ……」
甘えるような声で、蕩けた顔で、俺の背中に手を伸ばし、きつく抱きついてくる。
幸せな、それでもまだ不安が残ったような表情のエミだがその目はいつものエミの明るい目だ。
僅かに残る不安をぬぐい去りたいのか上目遣いで俺に訴えてくる。
いや、触れられるとも思っていなかったエミは、キスされたことにより完全に俺を信用している。何故かそうだと確信できた。
「ぜ、全然分かりません……」
か、可愛い。そんな表情で接吻をねだられて期待に応えない男がいるだろうか、いや、いない。
「そっかぁ、でもなんとしてでも分かってもらわなきゃ困る!」
「そ、そう簡単には、信用しませんっ!」
そしてまた唇を重ね………。
エミが完全に俺のことを信用できる様になる頃には、夕日は沈み肌寒い風が吹き始めていた。




