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第2話 飛竜狩り

前回のあらすじ:主人公がんばる

 民家ほどの大きさはあろう緑の鱗を持つ飛竜を前に逃げて隠れて防戦一方だった少女の前に降り立ち、俺は名乗った。まあ実績もそれなりにあるし名を知られてはいる――


「完成した落伍者のフォンさん!」

「その2つ名広めるなって言っただろうがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 その俺の絶叫に飛竜さえ顔をしかめた――ような気がする。猫の表情なら兎も角、竜の表情なんか見たところで全く可愛くないし実際良く分からないけどさ。


「落伍者が来てくれるなんて運が良かった。私はシルト。短い間だけど共闘よろしく」

「俺はそれが心強く思える台詞とは到底思えないんだが……?」

「2つ名があるのはそれだけ存在感のある証なんだから。堂々としていればいいのに。フォ――落伍者さん」

「喧嘩売ってるのか? 高値で買うぞ? 言っておくけど俺は女子供でも容赦なく喧嘩買うからな?」


 言葉の表面だけ見れば失礼極まりないよな? この子に飛竜けしかけたらダメかな?

 そんなことを考えたとはいえ、仕事は仕事だ。緑の鱗の年若い飛竜に向き直る。瞼の無い目が闖入者の俺をジッと見据えていた。仕掛けて来ないあたり、力量の差に気付いたか?


「ここは俺が足止めするからシルトは回復に回ってくれ。こいつはここで止める」

「いや、フォンさん? 相手飛竜ですよ? そんな装備でどうやって止めるんですか?」

「剣と魔法で止めるんだよ。見ての通りだ」


 というか、それ以外に人間がどうやって止めるんだよ。飛竜の尻尾でも掴んで一本背負いするのか? 振り回すのか? どちらにしても俺は出来ないぞ。クージスの奴なら出来るかもしれないけど。


「それは、村人みんなで大楯を構えてジリジリと後退して引き寄せていくやり方で」

「道理でシルト以外この場に誰も残ってない訳だ」


 俺は受付の方から『現場の冒険者と村人で対処している』と聴いていたが、こうしてここに立っているのはシルトだけだ。果たして何人犠牲になったんだろうな……。


「とにかく、シルトはさっさと下がって回復してろ。巻き添えにしても困る」


右手で背中に負ったバスタードソードの鞘を払い、左手でマントの内側からスピッツを2本 取り出し、人指し指、中指、薬指で挟む。

 飛竜が大きく息を吸い込む。口の端からチロチロと炎が漏れ出るのが見えた。


「ブレスが来ますよ!?」

「分かってる。俺の後ろに隠れてろ!」


 思いっ切り膝が震えているシルトの前に立ち、左手に持っていたスピッツの封を開け、周囲に振り撒く。中身はただの井戸水だ。だが水の精霊の加護を持つ俺にとっては、何の変哲もない水が一番の武器であり、防具だった。


「火の禍を断ち我を守護せよ――水竜の盾!」


 魔力を与えられた水が俺を含めた俺たちを激しい炎から守るために体積を増した大きな盾となる。

火焔の直撃を受けた瞬間盾の一部が蒸発するが、熱気も断てている時点で貫通の心配はなさそうだ。


「こんなものか」


 竜種の魔力は大抵強いが、さほど問題もなく耐えられたな。

 かつて勇者と共に戦った焔龍王なんかは触媒となる炎の圧倒的な大きさ、熱量と人外特有の膨大な魔力を以て、俺のありったけの水を用いた防壁を燃やされる紙か何かのように消し去ってくれたものだ。それに比べればコイツは所詮人に飼われる程度の竜だと言わざるを得ない。


「流石落伍者さん……。これが勇者パーティーに加わるだけの人ってことなんですね」

「勇者パーティーの魔法使いならこの程度の守護魔法、血液1滴で出来る。良いから早く回復してくれ。触媒が後9本しかない以上、長期戦はしたくない」


 飛竜という種はほとんどが2属複合だ。内臓器の火焔袋から吐き出す炎も翼で巻き起こす烈風にもどちらにも魔力を掛けて威力を飛躍的に伸ばしている。つまりは俺たちからしてみれば触媒を体に宿しているのだ。俺たち人間の使う体系化された魔法ではない魔物特有の原始魔法だが、ヒトとは器の大きさが違うのだから、当然脅威には違いない。

 生憎人間はそんな風に出来ていない。1ダース分スピッツに水を詰めてきても俺が水術を使う回数は12回しかない。

膨大な魔力と神がかった操作能力があれば1本のスピッツの水を触媒に多種多様な術を遣えるかもしれないが、俺はそのレベルには至れなかった。せめて触媒の最小量がもう少し少なければ数を用意できるんだけどなあ。


「もう少し水を用意して来るべきだったか。まあ今更言っても仕方ないか」


 吐き出された激しい炎を前に踏み込みながらもう一度水術――水竜の盾で受ける。今度は俺1人が身を守る程度だ。触媒は1本でいい。盾が蒸発すると同時に次のスピッツを開封。スピッツを放した左手で水を握り、魔力を通して一振りの刃にする。


「まずは羽を捥ぐ。水術――水刃!」


 まずは一撃。それなりな手応えを伴い、飛竜の翼が2枚地に落ちた。これで翼は捥げた。空も飛べず風も起こせない以上、機動力は落ちるし使用可能な属性は減ったはずだ。シルトが興奮気味に声を上げた。


「やりましたね! 流石落伍者さん。A級の肩書は伊達じゃないんですね!」

「喜んでるところ悪いが、何もやってないぞ。この程度なら10分もあれば生え変わる」


 飛竜種全体としての強さはむしろ攻撃能力よりもその生命力だ。寿命以外では死の崖っぷちまで追い込んでも殺さない限り寝ていれば治るという、人間の常識では測れない生命力を持っている。

 翼を2枚切り落とした程度では治癒のために特別体を休める必要さえないだろう。


「後7本か……」


 マントの右側内ポケットに並べられたスピッツ。その中で水が満たされたものは後7本しかない。物体が空気中に無いと触媒に出来ないくせに、水は地面に落ちたらすぐに地面に吸われてしまう。基本3属での利用価値が水<火<地とはよく言ったものだ。なんせ世界どこに行こうが地面はあるんだからな。


「魔力は――持ちそうだな。やっぱりネックなのは触媒か。せめてあいつさえ逃げてくれれば少し力も出せたんだがな……」


 シルトは俺の後方の木陰で回復薬ポーションを飲んで、瞑想して、体力と魔力を充足させていた。いっそそのまま逃げてくれれば俺は人目を気にする必要がなくなったのにな。


「落伍者さーん、補給終わりましたよー!」


 そしてその名前で呼ぶなと何回言えば伝わるんだろうか。コレ俺にこんな2つ名を付けたギルドを訴えたら駄目だろうか?


「さて、どうするか……」


 地平線の向こうに日が沈み切った。日中よりも日没後に体調が良くなるような気がするのはやっぱり精霊の加護の影響だろうか。光の精霊の加護を受けている奴らは俺が知る限り大抵早寝早起きだし、知っている限り数少ない闇の精霊の加護を受けている者は揃って日が暮れてからの方が元気だ。

 まあ俺以外に闇の精霊の加護を受けたヒトなんて1人しか知らないけど。


「竜捕獲可能な罠がない以上、全力を出して眠らせるか、縛り上げるか、四肢全てを地面に打ち付けるかくらいしか対策がないよな……」


 時間稼ぎは1人で出来ても、飛竜を鎮めるには全力を出せない俺1人では手に余る。きっと7人の勇者たちには朝飯前でも軽く出来ることなのに、俺には出来ない。戦っている今この瞬間も手札の弱さに凄くイライラしてくる。必死に冷静さを繕い、敵を見据える。

 飛竜の瞼のない目が俺を敵として捉えたようだ。弱点を晒してくれてありがとよ。


「水術――水滴矢ドロップボルト!」


 空中に投げ出した水に魔力を掛け、10本の太く短い矢を象った水弾が走って飛竜の目を穿った。幾ら竜種と言えど、薄い魔力の膜だけに覆われた目なら人間の魔力で容易に貫ける。

 目から出血しのたうち回る飛竜を前にシルトは絶句しているが問題ない。翼と同じくらい目もあっさり再生するのが飛竜だからな。


「1分は稼げるか」


 経験から言って、飛竜の目を水術で潰した場合の有効時間はそれくらいだろう。決定打を与えるために、この1分を逃す手はないな。


「シルト、これから俺があいつに全力で峰打ちする。5秒でいいから牽制してくれ!」

「何? 私のことを囮にする気?」

「さっきは俺が囮になったから、これでおあいこだろ! ……まあそれは冗談だ。女子シルトを守るのがおれの務めである以上、手出しはさせねえよ」


 最も飛竜に手はないけどな。前脚か後脚かという差でしかない。


「……何、いきなりカッコつけて」

「カッコつけじゃねよ。本当にそう思ってる」


 女の子を守るのは男の仕事だって、物語はそういう風に出来ているって、今は亡き母さんが言っていた。そういう気概を以て戦い続ければ、精霊様はそれを為すためのスキルをくれるって、母さんだけではなく蓄積された研究データがそう言っているのだ。


「俺がシルトを守る。命に代えてもな」

「……約束、守ってよね」

「当たり前だ。精霊に誓う」


 月明りの下でシルトの頬が少しだけ朱に染まったのが分かった。

もちろんただの峰打ちで竜が意識を失うことはそうそうない。これからやるのは一種の手品だ。飛竜の背中で光が弾けた。シルトの援護が始まったらしい。


「大地の精よ土を穿ち大地に魔を縫い付けろ、地術――石杭ストーンピック!」


 投げられた石を触媒とした1本の鋭くも頼りない石柱杭は飛竜の鱗に触れた瞬間、傷さえ付けることさえ出来ず砕け散った。

 竜鱗の耐魔力は流石に高い。俺は翼の付け根を切ることで一薙ぎに翼を落とせたが、当たり所が悪ければ一太刀で落とすなんてことは出来ない。竜種すら捻じ伏せる圧倒的な魔力があれば話は別だが、シルトはそちら側ではなかったらしい。それでも、今の俺にとっては最高の援護だった。


「俺も行くぞ。闇術――影外殻シャドウエンチャント


 魔力を練り上げ足元に影を集めて身に纏い、具足を形作る。闇術使いの数少ない物理攻撃手段こそ影を纏い自らの外殻として筋力、耐久力を補強するこの闇術――影外殻だ。

 発動した瞬間体が重力から解放されたように軽くなる。

 跳躍1つで平屋の屋根ほどはある飛竜の肩を踏みつけ、竜の頭に到達すると同時に、同様に外殻で強化した片腕の振るうバスタードソードで飛竜の頭をぶん殴り、同時に闇術を発動する。


「眠りに落ちろ。闇術――暗夜の帳!」


 もちろん飛竜は頭に打撃を受けたくらいではそうそう気絶するものではない。だが頭への大ダメージで抵抗が弱った瞬間であれば魔法耐性も一時的に下がる。

 意識を深い闇に落とす魔法をまともに浴びせた結果、頭に乗った俺を追い払おうと治り掛けた翼で羽ばたこうとしたまま年若い飛竜は地面に伏した。

 影外殻に使った分以外の全ての魔力を注ぎ込んだし、3時間くらいは効いてくれるだろう。その間にコイツの飼い主が来てくれれば万事解決。これで依頼完了クエストコンプリートだ。


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