第1話 緊急依頼
あらすじ:魔王少女は勇者を埋めて旅立つことにしました
ミトラード王国は国々が並び立つ南部諸王国連合の中でもほぼ中央に位置する国だ。四方何処の国へも整備された街道で結ばれた良好なアクセス能力を持ち、魔族・魔獣の闊歩する世界から一番遠い安全な国として栄えていた。
そんな比較的平和で『全ての冒険者始まりの街』などと言われるミトラードのギルドで、俺は眠い目を擦って依頼板を眺めていた。
「1枚も残ってない……。こんなのってありかよ」
「今日は皆さん朝から気合が入っていましたからね。昼前には既存の依頼は全て受諾されましたよ」
「……じゃあ俺はどこで修行するんだ?」
魔物を探しに野山の奥まで入って、数日掛けてようやく数体倒すなんていうことははっきり言って時間の無駄だ。
「たまの休暇だと思ってのんびりすればいいじゃないですか。先月は単独でゴブリン・ホブゴブリンの集落を1つ落としてくださっていますし、普段からはぐれ飛竜の討伐やら突発的に入って来る面ど――難しい依頼を受けて頂いて助かっていますよ?」
「今思いっ切り面倒って言ったよな!?」
「言ってないですよー?」
ふわふわの柔らかい笑みを浮かべるミトラードギルドの依頼受付嬢だが、彼女はこれで結構毒を吐くから侮れない。彼女は大言壮語して力量の無い冒険者には本当に厳しいのだ。
「ゴブリンの件については運がよかったんだよ。雨も降ってたし、見張りも引っ込んでたからな。じゃなかったらもう少し苦戦してる」
「相変わらずの自虐癖ですね。素直に『ふっ、やれやれ、また村を救っちまったぜ』くらい言っておけばいいのに」
その謎の決め顔とキザったらしい言葉は誰のイメージだよ。それに自虐も何も事実だ。
「村を守れたのは結果であって、俺の最終目標ではないからさ」
「フォンさんの最終目標、魔王討伐でしたっけ? 馬鹿なんじゃないですか? 魔王を倒すのは勇者しか出来ないって言われてるじゃないですか」
「勇者1人で成し遂げることじゃないからな。それならせめて付いて行って、俺の手で一太刀は浴びせてやりたいんだよ」
「流石『落伍者』は言うことが違いますね。今の修行も勇者パーティー返り咲きを目指しての物でしたっけ?」
「そうだけど、その不名誉な2つ名、絶対に広めるなよ?」
「フォンさんの依頼への態度次第では口が滑っちゃうかもしれませんねぇ。ねえ『落伍者』さん?」
「あの……、本当に止めてくださいませんか?」
ギルドの受付嬢が口にした名前は、1年ほど前、中央のギルドに戻って来た俺に付けられた2つ名だ。
若くして完成された実力を持ち、その実力で勇者パーティーに同行したかと思いきや散々に打ちのめされて、おめおめと中央に帰って来た俺にご丁寧に付けてくれたのだ。
余計なことしてくれやがって! 呼び方が酷過ぎて思わず下手にも出るぞ、おい!
「実際今の勇者――クージスさんって言いましたか。単独冒険者にしてはかなり強いフォンさんから見てもそんなに強いんですか?」
「強い……。というか人からは隔絶してると思う」
勇者に選ばれるものは皆光の精霊の加護を帯びているのはこの世界の一般常識だが、その上で人の王に任じられる者と、光の精霊から神託を受けた者に分かれている。クージスは後者で、精霊の声を聴くことが出来た者は通常の人間とは一線を画した強さを得られるという触れ込みに偽りなしの最強の個人だ。
「そもそも光の精霊から神託を受けた勇者を、俺たち一般人の感覚で語ること自体無理だからな。その場にいるだけで味方全てに絶望に立ち向かう心を授け、その光術はあらゆる闇を打ち消すなんて言われているんだ。魔物に対しては絶対的な粉砕者だし、人相手でも加護の効果の『活性』が人類最高レベルで掛かっている以上、人間辞めるほどに筋肉の塊になるとかでもない限り剣戟でも勝てない」
「やっぱり強いんですね」
俺も遠い昔には一度精霊様のお告げとやらを聴いたことがあるんだが、今は何を言われたかなんて覚えちゃいない。多分幾ら耳を澄ませても精霊のお告げが聞こえないのが多分今の俺の停滞の原因なんだろう。日暮れの人気少ないギルドの受付で俺はため息を吐いた。
結局今日は明け方まで戦って起きたら日暮れで何も出来ず終いか。明け方まで戦い続けた家畜を襲い吸血していくコウモリの群れも、結局従えていたであろうヴァンパイアの尻尾はつかめなかったし、思えば今日何もしてないな。冒険していない冒険者なんて無職と同じじゃないか?
「結局、今日もこうしてるだけであいつとの差は開いていくんですぅ。とりあえず次の勇者が現れるまでここで待とうと思ってましたけど、こんな日が続くならもう少し前線寄りの街へ行こうかなと思います」
「まあまあ、そんな日もありますよ。それに緊急の依頼って今から来るかもし――」
受付嬢さんがそんな話をしていたら、いきなり受付カウンターの内側の暖炉に書筒が落ちてきた。どうやら煙突から投げ込まれたのだろう。
「風術か、送物風を使うような緊急の依頼ですか?」
「ええ、お望みの通り緊急の依頼です。内容を見た感じフォンさんも満足できるかもしれないですよ?」
「内容は?」
今の俺に必要なのは金よりも依頼だ。クージスにパーティーを追い出されて1年。冒険者への依頼数が断トツに多いミトラードまで戻って来て日々戦闘経験を得ることに時間を費やしているのに、俺の戦闘力はほとんど上がった気がしない。
とにかく今は戦って、戦って、少しでも強くなることが優先だ。
「えっと、依頼の内容ですが、北の村で領主の貴族様が飼っていた飛竜が暴れているらしいです。穏便に鎮圧して欲しいってことでした。村に居合わせた冒険者と村人で対処しているそうです。報酬金についてはまだ相談中ですが――」
「……正直微妙な感じがしますけど、行きます。緊急そうなので鳥竜を1羽借りますね」
「分かりました。依頼人の貴族さまには鳥竜の経費も報酬額に上乗せしてもらいますね」
「お願いします。では行ってきます」
辺境の方では魔族・魔物とは敵対するばかりだが、ミトラードでは『調停士』という存在は割とありふれている。今回ギルドから高速移動用に借りた鳥竜もそうやって馴らされ、ギルドのために働く魔物の一種だ。戦闘能力はほとんどなく木の実や虫、虫の集めた蜜を食べるような大人しい小型の竜だが、こいつは鞍を着けて人を運ぶことが出来るよう訓練されている。
彼らが俺たちギルド冒険者の空の足だ。こいつらはどんな悪路もものともせず、冒険者を戦場へと連れて行ってくれる。
「うちの子を危険な目には合わせてくれるなよ。『落伍者』!」
「……もうその名前で呼ぶのは止めてくれよ」
「返事は?」
「はい、分かりました。必ず傷1つなく返します」
常駐の調停士に鞍を着けてもらいまたがる。調停士が俺には分からない言語で鳥竜に話していたが、それが終わったかと思うと一声嘶いて鳥竜は羽ばたいた。
自前で地竜や鳥竜、馬などを飼っているような変わった冒険者でもなければ、ギルド専属調停士には強く出られないのが現実だ。なんせ彼らの手懐けた魔物の移動距離限界が俺たちの活動範囲のほぼ全てなのだ。彼ら調停士にそっぽ向かれたら依頼を受諾しようと現場に間に合わない――所謂『速さが足りない現象』が起きて、結果的に依頼達成率が下がり冒険者階級は下がり、低位依頼しか受けられずに経済的に困窮していくスパイラルが待っている。うん、人と人の関係って大事だ。
「しっかし飼ってた飛竜が暴れ出して……か」
俺からすると拍子抜けするような依頼内容だったが、依頼は依頼だ。頑張ろう。
☆☆
しばらく益体の無いことを考えていたが、その間にも鳥竜は飛んでいく。林を超えて、丘を越えて、調停士が仕込んだ通りの土地を目指して飛んでいく。
どれほど飛んだか忘れたが、太陽が山々の肌に埋もれ始める頃、眼下に民家ほどはあろうかという緑の塊が見えた。明らかに木々の新緑とは違い、蠢く地上に栄える鮮やかな緑。間違いない。竜の鱗だ。
「アレみたいだな。ありがとう、帰ってくれ」
鳥竜の首筋を指先でトントンと2回タップする。こいつらは頭がいいらしく、与えられたタップの符丁で周辺上空での旋回やギルドへの帰還など判断出来るらしい。
今回予算が下りるのは多分往路分だけだ。こっちで待ってもらう分だけ依頼主に補償されない鳥竜代は掛かるので帰ってもらうことにした。
さて、いよいよ本番だ。心の騒めきに従うように魔力を練り上げる。マントの裏ポケットに仕込んだ12のポケットから1本、収められたクリスタル製のスピッツを取り出し開栓する。
「受け止めろ、水術――水柱」
スピッツに汲まれていた水を地面に落とし、魔力を掛けて体積と硬度を調整する。柔らかすぎれば沈み込み過ぎて地面にぶつかるし、固すぎれば落下の衝撃で俺がぺしゃんこになる。小さければ人1人受け止められないし魔力をありったけ掛けて体積を大きくし過ぎればそれだけ敵を前に無駄な魔力を消耗する。
塩梅が難しいところだったが、まあこれくらいは慣れっこだ。着水と同時に粘度を上げ、水のクッションに沈み込みながら俺は地面に足を着いた。
「解」
術を解くと、水が体積を失い地面にしみ込んでいく。触媒を無駄にすることが常々勿体ないと思うが、これが解消できないから水術師は利用価値が低いと思われがちなんだよなあ。
「あ、あなたは……!」
「フォンだ。依頼を受けて参上した。待たせて済まない」
民家ほどの大きさはあろう緑の鱗を持つ飛竜を前に逃げて隠れて防戦一方だった少女の前に降り立ち、俺は名乗った。
やっと主人公登場です