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プロローグ② 姿なき声

前回のあらすじ:闇属性の魔女はパーティー追放の憂き目をみました。闇属は男女問わず嫌われ者です

 誰かが遠くでリースを読んでいる気がした。


「……また囁き声が聞こえる」


 風の音のようにも聞こえるし大地の奥が軋む音にも聞こえる。どこからともなく聞こえてくるただの音なのに、嫌に心がざわついた。


「気を抜いてるなんて余裕だな。とりあえず四肢を落とすくらいで勘弁しておいてやるよ。行くぞウィル合わせろ! ラフタはこいつの広範囲魔法を打ち消す用意を!」

「オッケーアニキ!」

「了解した、クージス殿!」


 仕方ない。戦闘を覚悟してリースはローブの腰を締め付けるベルトから『触媒』を取り出す。かつて混沌の大魔女と呼ばれたリースの母親が彼女にくれた魔法の源。『神の贈り物』とも言われる『焔のアミュレット』だ。呼びかけに応じてアミュレットから生じた小さな火の玉がリースの魔力で形を変え、一気に肥大する。


「燃やせ焔のアミュレット。広がる壁になって私を守って――炎の防壁ファイアウォール

「クソッ、この短時間でこのレベルの魔法を――触媒の性能が良いと魔法使いは楽でいいな! ウィル、やれ!」


 苦い表情を浮かべていた勇者――クージスが見えなくなるよう、リースは自分の全周を2mはあろう炎の壁で覆った。さてこれからどうするかと考えていたら早々に柱ほどの太い炎の束に壁が撃ち抜かれた。一点に束ねた炎とそれを煽る風の力。勇者の妹――ウィルの魔法だろう。

 防壁に穴が開くと魔力の流れが狂い滾っていたはずの火も一瞬で霧散した。チラリと見えたのはウィルの手に握られた可燃ガスを伴った火打石と鉄扇。いかにも炎と風の複合属性保持者の装備だ。


「じゃあその野暮ったいローブ剥いであげるから、その貧相で情けない体を晒しなよ! 風術――風刃エアカッター!」


 ウィルの手にした鉄扇が起こしたそよ風に、ウィル自身の魔力が絡み、2つの風の刃となってリースの首と右手を狙ってくる。狙いは致命傷となる首とアミュレットを握る手か。


「嫌です、脱ぎたくないです」


 リースはそう答えながら左手の杖を一振りし、起こしたそよ風に風の魔力を乗せてウィルの放った風の刃を打ち払った。


「ホントこの化け物幾つ属性を扱えるのよ」

「『魔法使い』として俺たちのパーティーに参加するっていうのはそう言うことだぜウィル。俺の目の前で『2属複合』ごときが魔法使いを名乗れるわけがないんだからな!」

「本当に厄介な能力でありますな」


 リースから少し離れたところで3人が歯噛みして距離を測るように魔法の攻撃圏ギリギリで構えを取り直す。踏み込んで来た瞬間1人に釣り出されれば他の2人の攻撃を捌けなくなるため、リースも易々とは動けなかった。もっとも、向こうも深く踏み込めば必殺の魔法に襲われることが分かっているんだろう。距離は中々縮まらない。


「だが、どんな魔法使いでも触媒さえ奪ってしまえば大したことは出来ないんだ。ウィル、遠距離からもう一回仕掛けるぞ!」


 魔法を使うには幾つかの条件がある。1つはその身に使用する属性の『精霊の加護』を宿していること――この世界は人にも獣にも、勿論ヒトと敵対している魔獣・魔族にも、生きとし生けるモノ全てに精霊の加護が宿る。それぞれの持てる加護の力をそれぞれの属性を持つ『触媒』を通じて世界に発現させることで魔法が生じるのだ。

 その属性は炎、水、土の発現者が多い基本3属。

 風、雷の発現するものが少ない希少2属。

 光、闇の更に希少かつ、お互いを無力化しあう相克2属の合計7属があり、『基本的には』1種類の精霊の加護を誰しもが受けているのだ。


「ウィル、火球散弾ファイアスプレッドだ!」

「任せて! 火球散弾!」


 ウィルが2つの火打石を打ち合うと小さな火花が生じる。だがその火はウィルの魔力に煽られ幾つもの大人の拳大の火の玉となった。

 炎術を使うためには火の触媒――例えば松明や篝火が必要だ。同様に土術を扱うためには土や石を持ち歩いたり、術者によってはそのまま大地を触媒にする者もいる。

 触媒の大きさや純度はそのまま扱う術の強さに影響するため、大量の水を持ち歩かなければならない水属や未だに携行方法が確立されていない雷は外れ属性というのがこの世界の、人も魔族も共通の認識だ――最も、人間の身体は多少の水分を絞り出すことくらいは出来るので、卓越した魔法使いには触媒の不利も大した問題ではない。並みの術師がやれば命を縮めるだけなので敬遠されていることに変わりはないが。


「……やめてください」


 リースは懐から取り出した装飾過多にも思える儀礼用の銀のナイフで自身の手の甲を切りつけた。手の甲に滲んだ血液に魔力を込め、十分な体積を持った盾とする。


「血竜の盾か。一々自分の身を切らなきゃ盾の魔法さえ発動出来ないとはやっぱり水は外れ属性だな」


 光の加護に胡坐をかいている身分は気楽でいいね――多分リースが相手の脳裏に直接メッセージを刻む闇の術を使っていたら、心の声が丸聞こえだっただろうくらいはっきりそう思った。


「私は防ぐだけなら出来る。いつまでもこんなところで喧嘩して、魔獣や魔族に見つかったら私たちは……!」

「お前が次期魔王候補として切り伏せられれば終わる話だ。そして俺たちは『勇者としての義務』を果たすためにお前を切る!」


 それで勇者の義務とやらは追い出した元パーティーメンバーを強襲して追い剥ぎをすることなのか。リースも初耳だ。世界に7人いるという勇者はみんなこんなことを義務としているのだろうか?


「幾らお前が『複合属性』保有者とはいえ、今俺たちは3人いる。属性が多かろうとこちらの手数を捌き切れなきゃ意味はない。ウィル『明かり役』を頼む。ラフタは『闇払い』の用意だ。俺が直接手足を切り落として終わらせてやるよ」

「アニキ、やる気なんだね?」

「当たり前だ。アイツのアイテムなしで俺たちが魔王に勝つことは出来ないだろうからな」

「だったら一緒に連れていくという選択肢は――ないですな。あれと一緒では魔王までたどり着く前に死んでしまうでしょう」

「考えるまでもなくそうだろ。行くぞ」


 ウィルの手元、火打石で作られた火が可燃性のガスで燃え上がり炎となる。その炎が魔力を加えられヒトの頭大の火の玉となり、当たりを照らすかのように上空に投げ出された。さっきまで夕闇が迫っていたのに、付近だけは真昼のような明るさになった。


「ウィル、よくやった。そのまま維持してくれ。そいつを触媒に光術で速攻する! 光よ、仮初の姿を生み出せ」


 なるほど、さっきまでの攻撃はこの光術を使うための魔力を練り上げる時間稼ぎか。

 照らす光を触媒にしてクージスが左手で印を結ぶとその姿が一瞬掻き消え、同時に周囲に4人のクージスの姿が現れた。光を照らし返す金髪が正直目に痛い……。これがフォンだったら逆ハーレムみたいで面白かったのに。


「増える……ね」


 勇者などが扱う光術の対策は難しい。光を捻じ曲げ姿を隠す・増やすといった芸当に真っ向から対抗するには広範囲攻撃しかないが、当然広範囲に魔力を撒き散らせば他の攻撃に対して脆弱になる。だが――


「影よ、捻じ曲げた光を貫け」


 光を捻じ曲げた影の無い姿を、リースの小さな影が伸びて的確に撃ち抜き掻き消す。迫って来る影だけの存在が繰り出す斬撃をリースは右手に持ち替えた杖で受け止めた。

 術を解除し姿を現したクージスが剣と杖の押し合いのさ中ニヤリと笑った。


「やはり宵闇の魔女の目を誤魔化すにはこの程度の照度では不十分か」

「……そうね。だから退いて」

「誰が魔族の言うことに耳を貸すか。そもそもこんな風に俺の攻撃を耐える膂力は本来お前にはない。つまり受け止めたこの瞬間、お前はかなり全力で術の力を身体強化に回したということだ」

「……」

「その沈黙で答え合わせは十分だ――ラフタ!」

「待ってましたぞ。闇払い!」


 ラフタの両手印がリースの視界の端に見えた。その瞬間、影を外骨格にして力を補助していた術が掻き消された。

 どうやら防御したのは失敗だったらしいと、どこか他人ごとのように考えていたが、押し切られ、ローブを貫き横腹に切先が抉り込まれる一瞬、リースの実感が帰って来た。

 焼け付くような激痛から逃げるように地面を転がる。切られたところがグズグズに焼き焦げているのは、おそらく勇者の聖剣の作用か。焦げたおかげで多少は出血が緩やかだが、じわじわと黒いローブが血を吸ってリースの肌に吸い付いていく。


「……っ! ぅ……!」

「激痛で声も出ないか。まあ魔法使いなんてそんなものか。強化しなければ脆弱な物よ」


 のたうち回りたいくらいの激痛が襲ってきたが、もうリースは逃げなかった。

 傷を治す術も、魔力もまだ残っているがもうどうでもよくなってきた。傷を治しても、その後どうしたらいいのかが分からない。今の一撃で分かってしまった。彼らは揃って本気らしい。

 どうせ反撃して勇者に重症を負わせようものなら、リースは重罪人として指名手配されるだけだ。どうせ本当のことを言っても、あの黒髪の少年以外は誰もまともに取り合ってはくれないだろう……。人々の希望の勇者と、こんな根暗魔法使いとではそもそもの立場が違うのだから。

 だからもう――『ねえ』――諦めたいというのに、誰かの声が耳を過ぎっていく。こんな苦しい時くらい放っておいてくれればいいのに、なんで気が利かないんだろう。


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