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プロローグ① 追放された黒い魔女

 元々草原だったそこを戦闘はクレーターだらけの荒野にしてしまった。

それも最後の一撃が放たれる直前までは敵対していた魔獣の死骸で埋め尽くされていたはずなのに、その死骸すら最後の一撃は全て消し去ってしまっていた。

 戦いは終わり既に日が沈みかけた頃、爆心地とも言えるクレーターの中で、少女はさっきまで仲間だった人間たちに詰め寄られていた。


「あのさあリース、お前俺たちのこと殺したいの?」


 普段端正な顔で道行く人に好感を振り撒き、行く先々で年若い娘を惚れさせていくその男の容貌が、今リースと呼ばれた少女に対して明らかな苛立ちと侮蔑で歪んでいた。

 男の名前はクージス――世界に7人いる人間界最強の1人。勇者とされた者だった。


「ちょっと追い詰められるとすぐに全方位吹き飛ばすような魔法を使ってさ、俺たちパーティーが何回お前に殺されかけたと思ってるの?」

「ごめんなさい……」

「そんな羽虫の音みたいな声じゃ何も聞こえねーよ。それに殺人未遂が謝って済むなら警務隊の兵士なんて要らねえよなあ?」


 嘘つき、聞こえてるじゃん。リースは内心そう呟く。

もっとも声に出せたら苦労はない。思ったことを雄弁に語れるのなら、こんな居心地の悪かったパーティーにいつまでもいやしないのに。


「まあまあクージス殿。闇の精霊の加護を受けた者が我らと同じモノの考え方なわけがありますまい。我々光の精霊の加護を受けた者が友愛の使者ならば闇の精霊の加護を受けた彼女らは拒絶の申し子。相容れるわけがないのですから」


 そう言って勇者を諫めるフリしてリースを嘲って来るのはラフタ――所謂都落ち聖職者で、もっと言うなら人界最強クラスの光の精霊の加護を持つ、生臭坊主だ。

口で友愛を唱えながら敵に回れば人も魔物も変わらずその身に宿した魔法と、加護によって強化された肉体で殲滅していく頭テッカテカの戦闘狂が良くもそんなことを言ってくれたものだ。

言いたいことはたくさんあるのに、リースの唇は震えて動かない。そもそも想いを表出するのは苦手だ。『触媒』さえあれば魔法で直接相手の頭に焼き付けた方がはるかに早く伝わるんだから……。


「ラフタも俺も、お前には迷惑を掛けられっぱなしなんだよ。お前の闇の精霊の力を借りた広域魔法は俺やラフタの加護を弱める。そのせいで何度もしなくていい苦戦を強いられたよ」

「ごめん……なさい……」

「またそれかよ、他に言うことないのかよ」

「ご、ごめんなさいっ……」

「やっぱり闇の加護持ちって言うのは碌な奴がいねえな。どいつもこいつも陰気で人に迷惑掛けることを意にも介さない愚図ばかりだ」

「同感ですな。前にフォンとかいう闇剣士がいたのをクージス殿は覚えておりますか?」

「ああ覚えてるよ。闇剣士を自称しながら闇の精霊の加護を全く扱えていなかった雑魚だろ。死なれる前にパーティーを抜けてくれて本当に良かったと思うわ。いても足手纏いだったしな」

「抜けてくれてって、アニキが追い出したの間違いじゃない」

「おいおい人聞きが悪いなウィル、俺はアイツの現状を詳らかに指摘してやっただけで、客観的な視点から判断してアイツがパーティー抜けていっただけだぞ?」

「結構希少な闇属性持ちの人間だったのに勿体ない」

「今日まではリースが居たからいいだろ。そもそも勿体ないも何もお前はアイツの不幸面が好きだっただけだろ?」

「ははっ、アニキの目は誤魔化せないね」


 話に出たフォン――1年ほど前に一緒にパーティーにいたアッシュグレーの髪の少年を思い出し、こんな状況なのにリースは頬が緩むのを感じた。彼は人の世界では珍しいリースと同じ闇の精霊の加護を持った剣士だった。

 リースから見ても実年齢よりくたびれた印象で、何気ないやり取りでも波長があう希少な相手だったことは覚えている。そしてパーティーの中で唯一前衛としてリースを守ってくれたり、リースの意見を聞き入れてくれる人だった。

 毎度勇者の妹であるウィルがそんなフォンに絡んでいて、リースからしてみれば鬱陶しいと思ったことは数知れなかった。本当に勇者の兄妹は苦手な相手だ。


「まあ仮にあのフォンが闇の精霊の加護を十全に使えたところで、リース同様加護に身を委ねれば周りを危険に晒すだけだがな」

「そういう意味では、彼は半人前未満で良かったですな」

「仲間に背後から殺される危険性がない分、確かにそうだったかもな」


 侮蔑的な笑いを見せ、居なくなったかつての仲間を貶める勇者一行に、リースの身の毛がよだった。


「わ、私はどうしたらいいですか……?」

「いつまでもウジウジと鬱陶しい女だな。だから闇属性の加護持ちの女は大外れだって言われるんだよ」

「クージス殿、それは女に限ったことではありませんぞ」

「そうだな。闇属性加護の愚図男も一緒か」

「わ、私はどうしたらいいですか!」

「うるせーな、デカい声出すんじゃねえよ!」

「うわ、流石闇の精霊の加護持ち陰キャラだね。まともなコミュニケーション取れないの?」


 ウィルが見下したように鼻を鳴らしてリースを見下ろしてくる。多数決に負けたり、嫌味を言われることなんていつものことだったとは言え、悔しくて、悲しくてリースの頬を涙が伝った。

 だがそんな反応すら彼らには新しい玩具でしかなかったらしい。リースへの同情の1つもなくラフタが口を開いた。


「クージス殿泣かせては駄目ではないですか。報復されますよ?」

「泣かせたのは俺じゃなくてウィルだろ?」

「えーアニキそこで私のせいにするのー?」

「はいはい、とりあえずみんな撤収するぞー。近くに居たら消し炭にされるぞー」


 一瞬、昏い衝動がリースの心臓を鷲掴みにするようだった。もう夕闇は深くなってきている。『常闇の魔女』の異名を持つリースにとって一番力を発揮できる時間だ。不意を打てば目の前の3人を全員無力化することだって出来るかもしれない。

 とはいえ、したところでどうするんだろう。リースの旅は王立の魔法学院から勅令という形で出されているものだ。勇者クージスとリースの合意がなければ魔法で結ばれた契約を破棄することは出来ない。


「とりあえず脱げよ。今日でパーティーを抜けるんだ。お前の貴重品だけは、ちゃんとパーティーの袋に戻してもらうからな」


 そう言いながらリースの肩にクージスの手が伸びる。目深に被っていたフードが取られ、耐魔のケープを引っ手繰られた。意味が分からずリースは一瞬呆然と立ち尽くしていた。

 なおも無遠慮に伸ばされた手がリースの左手に持った杖を握ったところで、リースもようやく正気に戻った。


「え? ち、ちがう。これは私が元々持ってたもの……」

「あ? 何? 文句があるの?」

「この杖も、ローブも、おアミュレットりも、私がお母さんに貰ったもの。決してあなた達が集めたものじゃないわ……。私を追い出すならもう干渉しないでください……」

「そうかい。じゃあちょっと手荒なことをしてでも『受け取らないと』な。俺たち以外にも勇者パーティーはいるんだ。そいつらにお前の持ってる希少なアイテムを使われるわけにはいかないんでな」


 どうやらクージスもラフタもウィルもみんな同じ思いらしい……。仲がいいとは言えないながら、必死で折り合いをつけて一緒に旅した日々はなんだったんだろうかとリースは思い出す。

どの思い出も既に色褪せて、寒々しいだけだ。心が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じる。


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