影の女
私の国では影の女と言う者がいる。
男に食事とベッドを与え。
陰から支え。男が出世したらそっと身を引く。
何とも都合のいい女だ。
だが……
母は間違いなく、父にとって、都合のいい影の女だった。
父は画家だった。
貧乏男爵家の三男で。剣の才能も文官としての才能も無い人だった。
ただ絵を描く才能はあったようで。
後に有名な風景画家となり。
母を捨て。
愛人と結婚した。
その時腹違いの姉が居ることを知った。
母は貴族では無かったが、裕福な商人の娘で。
母も実家の手伝いをしてあれこれお茶会やパーティに出かけては。
ドレスや宝石を身に纏い商会の広告塔を勤めていた。
母は美人では無かったが愛らしい人だった。
教養もあった。
巧みな話術でドレスや宝石を売り捌いた。
祖父に連れられて叔父と一緒に外国を巡っていたので。
三か国語を読み書きできた。
母の最大の欠点は父に恋をしてしまったことだろう。
父とは新鋭の画家達の展覧会があって。
そこで……父と出会ってしまった。
祖父も叔父も母を止めたが。
恋は盲目。
父と母は駆け落ち同然に結婚した。
父は母と言う【影の女】を手に入れた。
母はこれまでのつてを頼り父の絵を売り捌き。
大きな個展も開いた。
父は見る間に画家として大成した。
また母は父の為に大きい屋敷を祖父から譲り受け。
母は祖母からかなりの遺産を受け継いでいたのでそのお金を使い。
(祖母は貴族の娘で三女だったが、曾祖母からかなりな額の宝石を受け継いでいた)
世界各国から薔薇の苗を取り寄せ、薔薇の庭を作った。
色とりどりの薔薇は庭師によって美しく整えられて。
四季折々にいろいろな薔薇が咲き乱れた。
父はその庭を描き。話題を呼んだ。
母は父の固定ファンを招きお茶会と個展を開いた。
庭に父の絵を飾り。顧客は父の絵と庭の美しさに心を打たれ。
美味しいお茶とお菓子に舌鼓をうった。
私が10歳の時だ。
誇らしかった。父の絵に称賛を送る人々。
幸せそうに笑う母。
何にも知らない私は幸せの絶頂期にいた。
直ぐに地獄に落とされることになるとも知らず。
父が母に一方的に離婚を突き付けたのだ。
展覧会から暫くして私はコッソリ庭にある、父のアトリエに行った。
父は絵ばかり描いていて、遊んで貰った記憶も本を読んでもらった記憶も無いが。
私は父を誇らしく思っていた。
父は居なくて……
一枚の絵が置かれていた。
風景画家の父にしては珍しく。
人物画だ。
一人の女性が描かれていた。
プラチナブロンドに紫の瞳。
白い美しいドレスを着ている。
ウエディングドレスだ。
手には蘭のブーケを持っている。
美しい人ではあったが。
ゾクリと悪寒が走る。
花嫁の絵なのに。
私には禍々しい魔女の絵のように感じた。
怖くなった私は屋敷に逃げ込んだ。
屋敷に父と母がいた。
私はホッとして。
2人に話しかけようとして足が止まる。
父の後ろに女の人と子供がいた。
直ぐに分かった。
あの絵の花嫁だ。
女は豪華なドレスに身を包んでいる。
でも何だかけばけばしく品がない。
美人だがその瞳は母に嘲りの眼差しを向けている。
子供は女の娘なんだろう。
母親に似ている。
将来美人になるだろうが……
意地の悪さがにじみ出ている。
「お母さん。お客様?」
「こっちに来ては駄目‼」
母の声は悲鳴に近かった。
「私のパパよ。あんたなんかのパパじゃないわ。私生児‼」
「しせいじ……?」
その子の言っている意味が分からなかった。
が、悪意は分かった。
わたしのぱぱ?
お父さんとお母さんは結婚していて。
私が生まれて。
「お母さん……? しせいじってなに? この人達は誰?」
母は私を抱き抱えると屋敷から飛び出した。
意味が分からなかった。
母は村の辻馬車を掴まえると祖父の所に向かった。
着の身着のままで飛び出したので何も持ってはいなかった。
祖父の所に着くと母は祖父に泣きついた。
子供の私にはよく分からなかったが。
父と母は正式に結婚している訳ではないらしい。
父と母は精霊教会で式をあげず。
マルガリータ協会で式をあげた。
精霊教会で式を上げると離婚の際慰謝料請求権があるが、マルガリータ協会では仮そめでしかなく。
つまり父と母は正式に結婚していないということだ。
私は私生児で書類の上では父の子供では無いらしい。
母は父に騙されたのだ。
そのあとすぐに祖父は使用人に命じ母と私の物を屋敷から撤収させた。
母の宝石が無くなっていたが。
イミテーションだから大丈夫だと祖父が笑う。
母は曾祖母の宝石を担保にして祖父からお金を借りていたのだ。
屋敷に有った宝石は、全部偽物だ。
母はその後酷い鬱病になった。
無理もない。
母は本当に父を愛していたのだから。
風の噂が母に追い打ちをかける。
あの女と父が結婚したという。
親子で幸せに暮らしているそうだ。
母が丹精込めて作ったあの館で。
私達の存在は初めから無かった事にするらしい。
この国には影の女の話があるから、母は身を引いた事になったようだ。
5年程部屋に閉じこもっていた母も人生をやり直す気になったようで。
祖父の仕事を手伝うようになった。ワインの買い付けに外国を飛び回っている。
祖父も本格的に仕事に専念して外国を飛び回り。
叔父さんも忙しい。
私と従兄弟のエドとイワンは隣の国のデズモンド王立学園の寄宿舎に入り人脈を広げている。
デズモンド学園は有力貴族の子弟が多く。
私達はお茶会を開き。新作のお菓子を振る舞い。
ちゃっかりと顧客を確保していく。
「その絵が気になるの?」
甘い声の王太子が私に尋ねる。
展覧会の絵の中にあの男の絵があった。
薔薇の庭の絵だ。
私が一番幸せだった時の絵がそこにあった。
「私の国の画家ですから」
「この画家も5・6年前までは良い絵を描いていたんだが……」
ハンサムな王太子様はため息をつく。
「結婚してから絵が荒れ始めてね。実に残念だ。近頃では酒浸りになってろくすっぽ描いていないみたいだよ」
「そうなんですか」
「所で君は絵が好きなの?」
「たしなむ程度です」
「美術部で絵を描いていたね」
「絵が好きなんですか?」
「私の婚約者のジェニーが君に肖像画を描いて欲しいそうなんだ」
「素人ですよ。それでよろしければ」
父と私の関係を知っているのか。
乞われるままに王太子様の婚約者の絵を描いた。
暖かいオレンジ色をベースにしてジェニー様の暖かい人柄と恋する少女の眼差し。
そして王太子妃となる決意。
それらを上手く表現できたと思う。
ジェニー様もいたく気に入って下さった。
私は商会を手伝う傍らボツボツと肖像画を描くようになった。
幸せそうな家族を描くのは大好きだ。
母と私には……叶えられない幸せそうな家族。
母の肖像画を描くと。
何故か。青い色がベースになってしまう。
椅子に腰かけ。枯れた薔薇を手に持って寂し気に遠くを見つめる母。
いつか……幸せそうに微笑む母の姿をキャンバスに写したい。
そう思っていた。
そんな望みが叶う日が来るなんて。
母から結婚するという手紙が届いた。
相手は息子に爵位を譲った元伯爵で。
今は領地の城に隠居してワイン作りに精を出しているのだとか。
元伯爵の奥様は数年前に病死なさったとか。
母がワインの買い付けに城を訪れた時。
二人はワインの話で盛り上がり。
少しずつ友好を深めて。好意が愛に代わり結婚する事になったのだ。
私と祖父と叔父と従兄弟は母の結婚式に参加するために城を訪れた。
幸せそうに微笑み元伯爵に寄り添う母。
ああ……良かった。
二人の結婚式は領民にも祝福され。
再婚にしては豪勢な結婚式だった。
私は早速二人の肖像画を描き。結婚祝いに贈った。
元伯爵もたいそう気に入ってくれて。
息子夫婦の肖像画も頼まれた。
その時に元伯爵の甥に出会った。
ブルーアッシュの髪にダークブルーの瞳。
背の高いハンサムな男性だった。
「君が幸せの画家?」
「幸せの画家?」
「ああ。すまない。仲間内でそう呼んでいるんだ。君に肖像画を描いてもらった者は幸せになれるって噂されているんだよ」
「えっ? 私はただ幸せそうな家族を描いていただけよ」
私は笑う。
それがダシール侯爵との出会いだった。
ダシールには婚約者がいたが病死したんだとか。
「彼女の肖像画を君に描いて欲しかったよ」
寂しそうにダシールは笑った。
私が元伯爵の家族の肖像画を描いているうちに私とダシールは親しくなり。
婚約した。
父が死んだ。
その知らせを受け取ったのは花嫁衣装の仮縫いをしている最中だった。
弁護士から知らせが入ったのだ。
10年ぶりの館は……
荒れ果てていた。
庭は雑草が生い茂り。水連が咲いていた池は肥溜めの様に異臭を放ち。
館はあちらこちら傷んでいる。
窓ガラスも割れてそのままになっていた。
父の葬儀を終えた後。
父の弁護士に館に来るように言われ、私はダシールとダシールの友人とで館に来たのだが……
「これが薔薇の館?……酷いね」
ダシールが呟く。ダシールの友人も驚いている。
私は言葉も無かった。
母が丹精込めて造った館は見る影もなく。
朽ち果てていた。
まるで母の父への愛が朽ち果てたように。
兎に角私達は館に入った。
館は暗く老婆のメイドが私達を迎えた。
知らないメイドだ。私たちが館を去った後に雇われたのだろう。
ぎしぎしと床が鳴り。床が抜けそうだ。
私達の顔が引きつっていたのだろう。
年老いたメイドはすまなさそうに言う。
「私と夫では手が回らなくて……お給料も半年も頂いてなくて……」
ぼそりとメイドが愚痴る。
一体父はどんな暮らしをしていたんだろう。
応接間に通された。
そこだけは昔の面影を残していた。
古ぼけてはいるが高価なソファー。
暖炉には薪がパチパチと燃えている。
暖炉の上にはあの絵が飾られていた。
ウエディングドレスを着たあの女の肖像画。
暗いせいか肖像画は益々不気味に感じた。
父は風景画家ではあったが、人の内面を見事に表していることに気が付いた。
あの女の意地の悪さを。
何故描いた本人は気が付かなかったのだろう?
微笑む口元は打算に歪み。
瞳はぎらぎらと欲望に溢れているのに。
父は毎日どういうつもりでこの絵を見ていたのだろう。
棺の中の父は年よりもずっと老けていた。
葬式に訪れた人も借金取りだと分かった。
あの親子の周りを取り囲んでいる。
見覚えのある画商もいたが葬儀が終わると直ぐに帰って行った。
私とダシールとダシールの友人は離れた場所で眺めていた。
あの女の弁護士だと言う男がいつの間にか、私達の側にやって来て遺言状の話があると言う。
葬儀の後館に来るように言われたのだが。
私達も話があったから丁度いい。
バタン!!
大きな音を立ててあの女が現れた。
「浅ましく夫の財産をむしり取りに来たのね!!」
10年の時が女から若さを奪い取り、その顔に深い皺を刻み付けていた。
流行遅れの服はこの家の家計の状態をよく表している。
母の装飾品だった物を身に着けているが、母が身に着けていた時よりもそれらは安っぽく虚ろに見えた。
不思議ね。母が身に着けていた時は、それらはキラキラとしていたのに。
この女が身に着けると途端にゴミになる。
父もそうだった。母と居る時の父は才能を開花させ。
美しく花開いた。
でもこの女と結婚してからは……
見事に枯れ果てた。
「あら。こちらはどなた?」
あ……いたんだ。
すっかり忘れていた。
私の姉だという女。
「挨拶が遅れたな。私はダシール侯爵。こっちは友人のサミエル・ウイルだ。葬儀の後に館に来るように言われてね。こちらも用事があったから寄らせてもらった」
「侯爵? あまり聞かない名ね」
あの女が眉をひそめる。
高くゆった髪に白髪が混じる。
目元にも口元にも深くしわが刻まれて。
当たり前だがこの女も年を取ったなと感じた。
若さと言う宝石はこの女から失われている。
後に残ったのは……
『美人から若さが失われるなんて残酷なことね』
そう言ったのは同じ美術部の少女だっただろうか?
『いいえ。年を一つ取るたびに一つ英知と言う宝石を身に付けるのよ』
そう答えたのは王太子様の婚約者のジェニー様だった。
努力家のジェニー様らしい言葉だ。
「ああ。隣の国の貴族だからな」
「ああ!! もしかしてダシール・ドウイン侯爵!! 新聞に載ってた。婚約者がこの国の出身だから親族に挨拶に来たって言う」
あの女はハッとして私を見る。
「まさか……婚約者って!!」
私はニッコリ笑い。
「ええ。私のことよ。母が元伯爵様と再婚して。今はお城でワインを作っているわ。彼はお義理父様の知り合いだったの」
「彼女とは伯爵の城で出会って、私は彼女に一目惚れしたんですよ」
私と彼は惚気る。
女とその娘の顔が歪む。さぞや腸が煮えくり返っている事だろう。
10年前に追い出した女と子供が幸せになるなんて。
幸運を掴んだつもりがとんだスカを引いてしまった。
母と私を追い出した次の日。
幾人ものメイドや侍従が、荷馬車に乗ってやって来た。
彼等は親子の身の回りの物を撤収し始めた。
応接室とアトリエ以外の家具やカーテンや絨毯や銀食器を持って行った。
当たり前だ。それらは祖父が貸していたものだ。
父が稼いだものではない。
そして館にいた執事と5人のメイドと庭師も館から出ていく。
私に譲られた別荘にみんな移動したのだ。
彼等は祖父に雇われていたのであって、父が雇っていたわけではない。
父は勘違いしていたのだろう。
自分の絵が売れたからこんな贅沢な暮らしができているのだと。
そうこの館の贅沢な暮らしは祖父が娘の為にしたことだった。
祖父は父のパトロンではない。
まして父の絵の信者でもない。
赤の他人。
娘を不幸にしたならず者。
祖父と叔父はそう思っていた。
いくら売れっ子でも父の稼ぎではこの屋敷の維持はできない。
徐々に父の絵は売れなくなった。
母の後釜にあの女が収まったが。
母程の教養も人脈も無い。
母は本当にやり手の商人だった。
売り口上に金を払うと言う言葉があるが。
正に母の口上で父の絵は売れていたのだ。
しかも母には美的センスもあり。父の絵の額縁は母が選んでいた。
額一つで絵の印象は変わる。
額はあの女が選んだのか。
けばけばしくなり、父の絵の良さを殺していた。
そして……父もこの屋敷もこの母娘に殺されたようなものだ。
「あんたに譲る遺産なんてないわよ!!」
女は喚く。
唾を飛ばして。なんて醜い。
「私は財産放棄に伺ったのよ」
年老いたメイドがお茶を運んできてみんなに配る。
高級茶葉に似ているが、よく似た安物だ。
微かに苦みがある。
「先ほど紹介したサミエルは弁護士なの。私の遺産の事について任せているわ」
「財産放棄? 信じられない」
「取り敢えず。書類は作っているの。そちらの弁護さんに確認していただける?」
私はサミエルから書類をもらい弁護士に差し出す。
ジョンソン・コンロールと名乗った弁護士は書類を受け取る。
「確かに受け取りました」
ジョンソンは記載ミスがない事を確認した。
「それでは貴女のお父様が残された絵や屋敷はこちらのミザリー様アマンダ・クイック様が受け継ぐと言うことでよろしいですか」
財産放棄の書類を見てあの女も娘もとても嬉しそうだ。
ふっ甘いわね。
「ちょっと待ってください」
サミエルが異議を申し立てる。
「この屋敷は彼女の祖父が彼女に譲られた物で。亡くなられたカルロス・クイック氏の物ではありません。この間20歳になられて正式に相続されたのです」
「何ですって!!」
「そ……そんな馬鹿な……」
親子と弁護士が狼狽える。
「あなたたちは私の館を不正占拠していたのよ。あの画家の男も書類上父では無いし。10年間の家賃を払ってくださいね。ああ。それと1週間以内に荷物を纏めて出て行って下さる。ああ。そこの使用人の貴方は続けて雇っても良くてよ。未払いの給料も支払うわ」
「ほ……本当ですか!! ありがとうございます。夫も喜びます」
「いいのよ。あの人の世話をしていてくれたことに対する感謝よ」
親子と弁護士はサミエルが作ったこの屋敷の相続の書類を食い入るように見ていた。
これでこの親子が相続するのは売れない絵だけだ。
画家が死ぬと絵が高騰する事があるが、父の絵は10年以降描かれた絵には資産価値0だ。
そして昔描いた絵はあの肖像画以外残っていない。
探偵を雇って調べさせたから知っている。
「あの男も馬鹿ね。母と正式に結婚していれば、この国の法律では『妻と子供の財産は夫の物(管理)になる』んだけど。正式に結婚してなかったから赤の他人扱いよ。尤も正式に結婚していたら慰謝料たんまりふんだくられていたわね」
アマンダがぎりりと唇を嚙んだが、ふと表情を変えて媚びた笑みを浮かべる。
「ねぇ。『幸福の画家』って知ってる?」
アマンダがダシールの側により彼に囁く。
「ええ。知っていますよ。私の国では有名です」
「実は『幸せの画家』は私なの。私は父の才能を引いているのよ。貴方の肖像画も描いてあげましょうか?」
「詐欺はいけませんよ。貴女は『幸せの画家』ではない」
サミエルがふきだしながら答える。
ダシールの肩も震えている。
まさか本人を前に詐欺を働く剛の者が居るとは。いや単なる間抜けか?
「何を言っているの!! 私が『幸せの画家』よ!! 私が噓をついていると言うの?」
「『幸せの画家』はこちらのライザ嬢です。それに貴方はカルロス・クイック氏の娘ではなく。そちらのジョンソン・コンロール氏が父親です」
「な……何を言っているの? お母様……私はカルロス・クイックの娘よね!!」
ミザリーとジョンソンがサッと目を逸らした。
「あ~~知らなかったんですか? 娼館ではみんな知っていましたよ。カルロス氏には早産だと噓をついていましたけどね。多分カルロス氏も知っていたんだと思いますよ。それでも結婚したのは貴女の母君を愛していたんでしょう」
「えっ? 娼館?」
「おや? 知らなかったんですか? マダム・タリアータの高級娼館で大層な売れっ子だったそうですよ」
「娼館って……サミエル行ったことあるのか? その高級娼館に?」
ダシールもキョトンとしている。彼も知らなかったようだ。
「企業秘密です」
彼は私達にウインクをした。
「今後『幸せの画家』を名乗ったら詐欺で訴えますよ」
「どうしてよ……」
「?」
私はアマンダを見る。
ぶるぶると彼女の手はきつく握られ震えている。
「どうしてあんた達親子が幸せになって!! 私達親子は幸せになれないのよ!!」
「何を言っているの? あの人と一緒に暮らせて幸せだったでしょう?」
私は静かに尋ねる。
「私達親子を追い出して。あの人と親子になって。何が不満なの?」
「あんた達親子が出て行ったら次の日使用人が家の物を運んで行った!! 館に物は無くなり、使用人は居なくなった!!」
「彼等はお爺様が雇っていた使用人ですもの。家具やら高価な銀食器も全部お爺様の物であの人の物なんてアトリエの絵ぐらいしかないわ」
「あの宝石も偽物だった」
「お母様は本物の宝石を担保にしてお爺様からお金を借りていたのよ。あの人は知名度の割にそんなに稼いでいなかった。派手な暮らしに見えたでしょう。でもみんな借りものよ。お爺様は商人で人を見る目があったから。あの人がお母様を裏切ることは分かっていたのよ。あれはお爺様のしっぺ返し。本物を捨てて偽物を選んだのはあの人なのだから」
私はふっと笑い。憐れみの目で3人の親子を見た。
「それともこれはあの人の貴方たちに対するしっぺ返しかしら? 血は繋がってなくても、心が繋がっていたら貧乏でも幸せだったでしょう」
こてんと私は首をかしげる。
「財産狙いだったのなら当てが外れたね」
ダシールは笑う。
がやがやと外が騒がしい。
馬の鳴き声や。馬車のガラガラという車輪の音。
木材や庭に使う肥料や花の苗を積んだ荷馬車が数十台玄関前に止まる。
「ああ。来たようだな」
ダシールは窓の外を見て笑う。
「な……なに? あの人達?」
「大工と庭師だよ」
「大工? 庭師?」
「この館を改装するんだ。古くなっているからね。庭も荒れ果てているし。結婚式の贈り物にするつもりだよ」
窓から離れ母娘を見る。
「それに警護の者もいる」
「警護?」
「当てつけに火でも点けられたらたまったもんじゃないだろう」
ダシールは微笑んでいるが。目は笑ってない。
応接室のドアが開き警護の男が入ってくる。
「ダシール様。大工30名庭師10名警護の者10名メイド5名只今到着しました」
「ああ。御苦労。取り敢えず今夜はこの屋敷の空いている部屋で休んでくれ。改装は明日から始めてくれ。こちらの親子は1週間後に出て行くからよろしく頼む」
くれぐれも放火させるなよ。と小声で警護主任に伝える。
「それでは今後お会いすることも無いでしょうが。ミザリーさんアマンダさんジョンソンさんごきげんよう」
私は三人に永久のお別れをした。
私とダシールと弁護士のサミエルは館をあとにし。
遅くなったが祖父と叔父と従兄弟たちに報告しなければならない。
祖父が待つ家に私達は馬車を走らせた。
1年後。
「思ったより時間がかかったね」
「仕方がないわ。池がすっかり駄目になっていたから川に繋いで汚水を流したりアーチ橋を作ったりしたから時間がかかってしまった。でも。待ったかいがあったわ」
私は再生された館を見る。
茶色い壁は白く塗られて。赤い屋根は緑に塗られ。全く別物だ。
庭も薔薇を減らして。自然に野草が生えた様に植えられている。
「10年前に描かれた風景画を見た事があるが。こちらの庭の方が落ち着いて好きだな。庭の設計も君がしたんだろう」
「ええ。そうよ。薔薇の庭も悪くはなかったけど。私は野の花が好きだから。自然に近い庭の設計をしたの。庭師のトムは良い腕をしているわね」
「彼は緑の魔法が使えるからね」
「女神様は人に一つの贈り物をくださるわ。貴方には領主としての才能」
「君には絵を描く才能」
「でも才能はダイヤモンドと同じで磨かなければただの石ころ」
私は庭に咲く白い花をチョンチョンと触る。
花は揺れて甘い香りを振りまく。
「ああ……。ダシールありがとう。最高の贈り物よ」
私はうっとりと庭を見る。
そしてあの画家の事を思い出す。
「父は母を【影の女】だと思っていたみたいだけど。母は【影の女】ではなく。幸福を呼ぶ【福女】だったのね」
「君は父親から絵の才能を、母親から人に幸せを運ぶ才能を貰ったんだ」
「おっ!! いたいた。全く結婚式の主役がこんな所にいるなんて」
がさがさと茂みの中から男が出てくる。
花婿の付添人が笑う。
「主役の2人がダンスを始めないと僕達は踊れないんだよ」
サミエルが文句を言う。
気になる女の子をダンスに誘うつもりらしい。
ソワソワしている。
私達は笑い手をつないだ。
リンゴの花びらが舞い散る中披露宴の会場になっている中庭に向かって歩く。
そこには幸せが待っている。
~~ Fin ~~
~~ 登場人物紹介 ~~
★ ライザ・クイック 20歳
主人公。10歳の時有名な画家の父親から母共々家から追い出され。祖父の元で過ごす。
祖父の元で素直に商人として生きていくが。画家の才能が有り。
『幸せの画家』として有名になる。父親が亡くなり【財産放棄】の為に昔の館を訪れる。
★ ライザの母
画家の夫に【影の女】扱いをされ館から追い出される。
5年程鬱になっていたが復活。
父親の商売を手伝い。ワインの買い付けに訪れた城で息子に爵位を譲った元伯爵と再婚する。
今は城でワイン作りと販売に精を出している。
【幸福の運び手】として領民にも慕われている。
★ カルロス・クイック (風景画家)
ライザの父親。ライザ母娘を追い出して再婚する。
ライザ達が出て行った途端没落する。
金食い虫と結婚した為に借金まみれになる。
後悔しても後の祭りでアル中になり死亡。
自業自得。
★ ミザリー
娼館『マダム・タリアータ』の売れっ子娼婦。
ジョンソンとは昔からの知り合い。
カルロスは絵のモデルとして紹介される。
ジョンソンの子をカルロスの子供だと偽って結婚する。
娼館には部屋を借りていただけでマダム・タリアータに借金があった訳ではない。
財産目当てで結婚したら直ぐに貧乏になった。
追い出した女の宝石は偽物で売れない。
せめて館だけでも手に入れようとしたらライザのものだった。
踏んだり蹴ったりの10年間。これなら娼婦の方が稼げてた。
典型的なさげ〇ん。
★ アマンダ
ミザリーの娘。ライザ親子を追い出したら家具も使用人もいなくなり。
金持ちかと思っていたらあっという間に貧乏になる。
見栄をはって借金が増えまくる。
美人でも性格が悪く見栄をはって噓をつくのでお茶会にも呼ばれないし婚約者も居ない。
カルロスとは血が繋がっていないので芸術家としての才能もない。
★ 王太子と婚約者のジェニー
主人公に最初に絵の依頼をした。
【幸せを呼ぶ絵】の第一号。
いつまでも仲睦まじい。
★ 元伯爵
息子に爵位を譲り領地でワイン作りに励む。ライザの母に会い意気投合して再婚する。
ライザに甥のダシールを紹介した。
幸せに暮らしている。
★ ダシール・ドウイン侯爵
ライザの婚約者。隣の国の貴族。
ハンサムでライザには優しいが。敵には容赦しない。
ライザの生家を改築して結婚の贈り物とする。
★ サミエル・ウィル
ダシールの学生時代からの友人。弁護士。有能な探偵を雇っている。
★ ジョンソン・コンロール
ミザリーの愛人。弁護士。
★ エドとイワン
ライザの従兄弟。兄弟のように一緒に育つ。
仲が良い。
★ マダム・タリアータ
高級娼館の経営者。身売りした者と部屋を貸しているだけの者とが居る。
ミザリーは後者。売れっ子だが度々客とトラブルを起こしていた。
★ ギフト
人は女神から才能と言うギフトをもらう。
ただし磨かなければ腐る。
★ 『幸せを呼ぶ絵』と『不幸を呼ぶ絵』
ライザの描いた絵は描いた相手が幸せになるように祈りが込められている。
その為その絵は持ち主を幸せにする。
それとは逆に父親の描いた肖像画は無意識のうちに『不幸を呼ぶ絵』となり。
父親達は没落した。
最も父親が単なる下げ〇ンだっただけかも知れないが……
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2018/11/20 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。