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魔術師様のすきなもの

作者: 歌月碧威
掲載日:2017/09/13

店内を柔らかな音色を奏でたドアベルが鳴り響いたので、私はガラスケースに菓子を並べていた手を止めると顔を上げた。

正面奥にある夕暮れを思わせる色をした扉へと顔を向ければ、そこには少女の姿が。

華やかなレモンイエローのワンピースに身を包んでいる彼女は、私と視線が交わると軽く会釈をしてふわりと笑った。


「ラナちゃん! いらっしゃい」

彼女はうちの常連さんで、斜め向かいの雑貨屋で働いているラナちゃん。近所の上、同じ年なのでよく一緒に遊びに行ったり、お泊りして恋バナしたりしていて仲が良い。


「あのね、無事に彼とお付き合いすることになったの! リリちゃんのお蔭だよ」

頬を染めて幸せそうにはにかんだ彼女を見て、私も笑みが零れた。


「ううん。私じゃなくてお礼はスズメに言ってあげて」

「スズメ?」

不思議そうに首を傾げる彼女を見て、私は大きく頷く。


「うん、そう。ラナちゃん、二月前に怪我したスズメを助けたでしょう? その子に頼まれたの」

「助けたよ。でも何の関係が……?」

ラナちゃんは不思議そうに首を傾げているのも無理はないって思う。

私だって十分理解している。スズメから頼まれるなんて荒唐無稽だって――


物心ついた頃から、私にはちょっと不思議な能力が宿っていた。

それは動物と話せること。

小さい頃からずっと人間と同じように彼らと話しているため、私にとってはもうすでに日常となっていた。


『んなこと言っても無駄だって。誰も信じるわけなんてない。お前、いきなり幽霊が見えますって言われても信じないだろ?』

ふと背に声が当たったので振り返れば、うちの店『菓子店エトワール』の看板猫であるクッキーがひょこっと階段から顔を覗かせていた。

ふわふわとした綿毛のような灰色の長い毛を持っているため、首輪が埋もれてしまっているせいか、若草色の首輪がほんの少しだけ窺えるのみ。

まん丸の円らな瞳を持つ長めの垂れ耳の猫で可愛い。


「あっ、クッキー君。元気そうんだね!」

『みゃー』

ラナちゃんの弾んだ声にクッキーはいつもよりもワントーン高めで鳴き、ぐっと身を縮め飛び上がると椅子を利用して会計用のカウンターへと飛び乗る。

もさもさとした肌触りのよい毛で覆われているせいで見た目が重そうとよく言われているけど、本人曰く「俺は見た目ほど重くない!」らしい。


「今日もふさふさの毛並みだねー」

ラナちゃんに撫でられ、クッキーは目を細めて喉を鳴らしている。

「本当にいつもおとなしいよね」

「人前では猫かぶっているだけだよ。いつもはうるさいもん」

「猫だけに?」

「ちょっと、ラナちゃん」

二人して顔を見合わせてクスクスと笑っていると、「いや、笑いどころがわかんねーし」というクッキーの声により私達の意識が再びくっきーを向けば、彼は前足で隣にあるショーケースを軽く叩いていた。

このショーケースはちょっと特殊で魔術が施されているので、中は涼しくなっている。


『今日は苺のタルトがおすすめだぞ。今朝摘み立てのやつで作ったからな。カスタードも絶品! のはずだ。俺は猫だから食えないから』

「クッキーがみゃあみゃあ言っているけど何を伝えてくれているんだろう……?」

「苺タルトがおすすめって言っているの」

「苺タルト? あっ、本当。艶々美味しそう! 焼き菓子にしようと思っていたけど、今日は苺タルトにするよ。二ついただこうかな」

「ありがとうございます。少々お待ち下さいね」

私は戸棚から箱を取り出し準備を始めている中、「クッキー、かわいいね」という声が耳に届いてくる。それに気を良くしたのか照れているクッキーの鳴き声も。


うちの店は菓子店。食品を扱っているので基本的にクッキーは二階の居住スペースにいるか外で猫会議に参加していることが多い。

でも配達の時は「用心棒だ」と言って私に付き合ってくれていた。


「おまたせしました。30ルーフです」

「わー、ありがとう。食べるのがすごい楽しみ。あっ! そう言えば、レイナード様とはどうなっているの?」

「え」

突拍子もなく彼女の口から届いた彼の名を聞き、私は一気に体温が上昇してしまう。

「ど、どうして魔術師様の名前が……」

血液が顔に集中しているのを感じているので、きっと真っ赤になっている顔を俯かせる。


「ふふっ、実はこの間通りで見ちゃったんだよねー。リリちゃんとクッキーちゃんが一緒に配達中のとき。リリちゃんが魔術師様に熱視線を向けていたでしょ?」

「き、気のせいだよ」

むきに否定したので、クスクスと笑われてしまった。


魔術師様ことレイナード様は三年前にこの町に赴任してきた若き王宮魔術師。

陛下の命により一つの村・町に最低一人は王宮より魔術師の配属があるんだけど、レイナード様は交代魔術師の繋ぎ者として短期間の滞在予定だった。

でも、本人の強い要望により交代せずそのまま赴任することになったらしい……


うちの菓子を気に入ってくれているらしく、よく注文を受け彼の屋敷へと配達に行く。

その時はクッキーも一緒なんだけど、レイナード様はぐっと眉間に皺を寄せ不機嫌そう。

それなのに美味しいお茶をごちそうになったり、王都で流行っている猫の玩具などを下さったり手厚い出迎えをして頂いているのが最大の謎。

最初は猫が苦手なのか? と思ったためクッキーに門の外で待っていて貰えば、「猫はどうした?」と尋ねられてしまうし。


「レイナード様も熱視線向けてたよ」

「えっ、それはないと思うけど」

「今日も配達に頼まれているの?」

「うん」

私は頷くと、クッキーへと視線を向ける。


『午後からだろ? 俺も行くぞ』

「いいの?」

猫会議あるって言っていたけど。

「何がいいの?」

弾かれたように顔を向ければ、ラナちゃんが首を傾げている。


「ううん。なんでもない。それより、これからデート楽しんでね」

「うん! 今度は二人でくるね」

「ぜひ」

手を振りながら店を出たラナちゃんを見届けると、私は溜息を吐き出す。


「……ねぇ、クッキー。レイナード様は私のことが嫌いなのかな?」

『それなら菓子は他の店で買うだろ。配達の日には、仕事があってもちゃんとおまえが来るの待っているぐらいだし』

「でも、ちゃんと会話したことがないもの……話しかけても視線を合わせて貰えない」

『やっぱ猫が嫌いなんじゃないのか? 俺さ、いざとなったら野良でもやっていけるぞ。元々おまえに拾われる前は野良だったし』

「バカなこと言わないで。魔術師様が猫嫌いなら諦めるわ。だって、クッキーは大切な家族だもん」

『ば、ばかっ。ストレートに言うな。恥ずかしい』

どもったクッキーを私は抱き上げ、その柔らかい毛に顔を埋める。


「でもさ、あいつ一体何考えているんだろうな。いつも無表情で何考えているかわかんないし。今度屋敷を覗いて偵察してくるよ」

「覗きとかだめよ」

「心配ないって。俺、猫だし」

と、クッキーが言った時だった。コンコンと窓が叩かれたのは。


二人してそちらをみれば、窓枠にスズメがとまっていた。

足を進め近づき窓を開けて「おはよう」と声をかければ、「おはよう」と朝にお似合いの声が帰ってきた。


『ラナちゃんの件ありがとう!』

ラナちゃんの件で成功したからか、スズメの台詞は軽やかだ。

「ううん、みんなが色々協力してくれたおかげだよ」

ラナちゃんの縁結びの依頼はこのスズメちゃんのお願いだった。私は動物と話をすることが出来るので、色々な動物達に協力して貰い今回無事成就。


「羽、ふわふわして可愛いね!」

『その……今年豊作でついつい食べ過ぎちゃって……体が丸く……』

スズメは羽で顔を撫でるように隠した。


『いや、気にすんなって。だって鳥なんだぞ。もふもふだっていいじゃないか』

「そうかしら?」

『あぁ。うまそうだし』

ぼそっとつぶやいたクッキーの言葉が聞こえたらしく、スズメはびくりと体を揺らすと逃げるように飛んで行ってしまった。


「クッキー!」

『悪かったって。つい食物連鎖的にさー』

私は窓の外に向かって「ごめんねー」と叫んだ。





お店では週に二回ほど午後から店を閉め配達中心となっている。今日は午後から配達日であるため、私とクッキーは魔術師様の屋敷へとやって来ていた。

魔術師様は町の郊外に居を構えていて、大きな煉瓦づくりのお屋敷に住んでおり、屋敷には身の回りの世話をする執事と使用人達と住んでいる。


「いつ来ても大きい家だね」

『噂では侯爵家ゆかりの人間って話だぞ。なんでこんな王都から離れた町にいるんだろうな?』

隣を歩いているクッキーは首を傾げている。

いつものようにコンコンとドアノッカーを鳴らせば、すぐに執事を伴った魔術師様が現れた。

レイナード様はさらさらと零れるような金糸のような髪に、端正な顔立ちをしていて宮魔術師のローブに身を包んでいた。


「こんにちは。配達に伺いました」

「いつもより遅いじゃないか」

「す、すみません……通り道で荷馬車が暴れちゃって…それでなかなか……」

「なんだと!? 大丈夫なのか?」

「えっ? はい。けが人は誰もいません」

「そうか。ならいい」

『相変わらず愛想わるいな、こいつ』

私の足下でクッキーは魔術師様に負けないぐらいに愛想を放棄した表情をしている。


『なぁ、とっとと菓子渡してさっさと行こうぜ。これから仕入れに行かないとならないんだろ? 王都まで遠いぞ』

私は頷くと魔術師様に菓子の入った籠を差し出すると彼は受け取った。


「茶の用意が出来ている」

「ありがとうございます。でも、すみません。今日は仕入れのため王都に行きますので時間が……」

「王都? 泊りか」

「いいえ。馬車で向かいますので日帰りです」

「そうか、気をつけろ。これは今回の代金だ」

「ありがとうございます」

彼が手を伸ばして代金を差し出したので私が受け取れば、じっと海色の瞳が私とクッキーを見比べ出す。どうしたのか? と声を掛ける前に彼は背を向けて廊下へと消えていってしまった。


「申し訳ありません。レイナード様が」

執事が深く腰を曲げたので、私は慌てて首を左右に振る。


「いいえ、大丈夫です」

「変な見栄は捨ててしまっては? と進言しているのですが……」

「見栄ですか……?」

「私どもの主はカッコつけたい年頃なんです」

苦笑いを浮かべた執事さんに対して私とクッキーは顔を見合わせた。








材料の買い付けを終え村へと戻れば、日がどっぷりと沈み漆黒のヴェールに包まれてしまっていた。

久し振りの王都だったので友達とお茶をしていたらすっかりこんな時間に。いつもはもっと早く帰宅するんだけれども……


『暗いけど大丈夫だ。俺もいるし!』

隣を歩いているクッキーの言葉に私は「うん」と深く頷く。

一人ではないので心強い。

それに私が住んでいる町は比較的治安が良いし、騎士様達がちゃんと見回りして下さっているので大丈夫。それに家までもうすぐ着くし。


その時だった。街灯の明かりに照らされ猫が飛び出してきたのは――


『良かった! クッキー達戻ってきたのか!』

ほっと安堵を含んだちょっと低めの声。

その持ち主はクッキーの猫友達であるラッシーだった。元々捨て猫だったけど、騎士団で飼われていてよくうちにも遊びに来てくれている。


『なんだよ、ラッシー。慌ててどうしたんだよ?』

『リリ、クッキー。お前らの家に泥棒が入っているから危ないから近づくな』

最初は何を言っているのか頭が理解してくれなかった。だって、まさか自分の店に泥棒が入るなんて考えもしなかったから。

うちは小さな菓子店なので金目の物なんてほとんどないのに。


「き、騎士様を……」

「あぁ、だから俺もあいつらを呼んで来ようと思って――って、クッキー!?」

突然駆けだしたクッキーに、私もラッシーも戸惑いを隠せず。

けれどもすぐに我に返って慌てて後を追いかけたんだけど猫だから素早い。

なんとか背を追いかけて辿り着いたのは、見慣れた自宅兼店舗。

当然と言えば当然ながら明かりが灯されてはおらず、静寂に包まれていて外見だけはいつもの留守中のままだ。


「気のせいだったのかも」

ふぅっと息と共に言葉を吐き出せば、ガタガタという物音が上から響いてきた。


――二階の居住スペースからだ。


心が折れてしまったのか、体が戦慄きいうことを聞いてくれない。クッキーが危ない! と奮い立たせ腕を動かし頬を挟むようにして叩けば、パチンと小気味良い音が響く。

誘うようにほんの少しだけ開けられた扉を眺めながら、私は深く息を吐き出す。


「仕入れこんなに遅いのか?」

何の前惚れもなく突然聞こえてきた声に、私は氷の手で心臓を掴まれたような感覚に陥ってしまい悲鳴を上げてしまった。


「驚かせてすまない。リリ、俺だ」

「魔術師様!?」

振り返れば魔術師様の姿があったので、安堵のあまり思わず体の力が抜けてしまったようでふらりとしかけると咄嗟に彼が支えてくれた。

唇を動かして事情を説明しようとすれば、建物内より硬質な物同士がぶつかり合う物音が響き私の体が戦慄く。


「……まさかクッキーが」

かろうじて言葉として放たれた台詞を聞き、魔術師様は扉を蹴り破って入っていく。

その後に続こうとすれば、「来るな!」と怒鳴られた。

障害物が無くなり室内が一望出来たのだけど店内はぐちゃぐちゃ。

ショーケースは割られ、菓子が食い散らかされている。店内奥にあった金庫も開かれっぱなしだ。

魔術師様の姿はもうないので恐らく物音がする上へと向かったのだろう。


――わ、私も行かなきゃ。クッキーが……


二階に上がればキッチン兼リビングに二組の男が倒れていた。傍には袋があり、中から金貨などが散らばっている。どうやら犯人は魔術師様が倒してくれたらしい。

けれども、騒動はそこで終わらなかった。


「えっと……」


――この状況は何? 


魔術師様もクッキーも無事だったんだけど、状況が理解出来ず。

クッキーは魔術師様に抱きしめられたまま、死んだ魚のような瞳をしている。

その一方で魔術師様は今まで見た事のない緩んだ顔。


「よくがんばったにゃー。えらかったにゃー」

『……おい、リリ。この状況なんとかしろ』

「なんとかしろって言われてもどうしたらいいのか……」

私の言葉に魔術師様は我に返ったのか、弾かれたようにこっちを見た。


「引いたか」

「え?」

「俺はもふもふが好きなんだ。好きすぎて仕方がないんだよ。隙あらばもふりたい欲求にかられてしまう。だから、遠ざけていた。でも、もふもふ界の王であるクッキーが可愛くて」

『俺、別にもふもふ界の王じゃねーし!! ただ毛が長いからふわふわした猫なだけだからな。モップの隣に並ぶと同化しそうだけど』

口を開いたクッキーは、くわっと目を開いて魔術師様を見たのだけど、逆効果だつたらしくて、魔術師様はデレデレとした。


「そうなんだよな、もふ王なんだよな」

『なんでそうなるんだよ。言ってねーじゃん』

他の人にとってはクッキーの言葉はふつうの猫の鳴き声となるだろう。すなわち、自分の言葉に反応してくれたと。


「無事で良かった。やっぱり王都に戻らずこの村に残って良かったよ」

「もしかしてクッキーのために残ったんですか?」

「あぁ、最初はそうだった。運命のもふもふに出会ったと。そして、もふ王に見守られて作った菓子を食べたかったんだ」

『言っておくけど、俺は調理場には入らねーぞ』

「でも、リリのことも気になっていったんだ。いつもも道行くふもふふ達と楽しそうに笑っていたり、時々話しかけたりしているのが可愛いって。最初はもふ王と仲良さそうにしていたから嫉妬の対象だったけど……」

『なんか、ごめんな。リリ。こいつ重度のもふもふ好きだった』

クッキーの言葉に私は首を左右に振った。


『なぁ、こいつを今度お茶でも誘えばいいんじゃね? お礼とか言って』

「いいの?」

『お前の恋を応援してやるって言ったし。今度は自分の縁結びしろよ。っつうか、俺じゃなくてリリに抱き付けって』

クッキーの許可も出来たし、お茶に誘おう! 今回のお礼もあるしと決心して、

私は高鳴る心臓を落ち着かせるように意識しながら唇を開く。


「魔術師様。今度うちでお茶でもしませんか……? 今回のお礼といいますか、その……」

「いいのか?」

「はい!」

魔術師様はじっとクッキーを見詰めれば、クッキーも頷く。

それが嬉しかったのか、魔術師様はクッキーに「ありがとうにゃ」と言いながら頬ずりを始めた。






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