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何故
君は
ここに…
湖水から頭部のみ出し、彼女を見詰める。
まだ幼い彼女は額から鮮血を滴らせ、腕に抱いた弟を大事そうに抱きしめながら口を動かす。
"やっと逢えた"
そう、動かした様に見えた。
声は出ない。
喉をやられたのか…?
ああ君はまた、ボロボロになって。
脚の腱が切れて居るのか、地面を這いずって。
腕に抱いた弟は、既に生命の輝きを失い。
君まで喪失しそうだ……………
あああああああああっ!
ヤメロ!ヤメテクレ!
何度繰り返すのだ!
嫌だ!
私は水精霊で竜王だが
彼女の傷は深すぎて
私の力では
もう
それでもありったけの力を籠めて彼女に魔力を捧げる。
わかっている
無駄だと
わかっている
それでも
逝かないで
少しでも長く
逝かないで
お願いだ
私を一人にしないでくれ!
朧に見える君の瞳は何時も深紅の色で。
何度も繰り返す赤。
血に濡れた鮮血と同じ赤。
嗚呼今回は和の国の人間か。
黒い髪と黄色人種の肌の色。
ただ一つ違うのは、その瞳の色。
和の国ではあり得ない紅。
そして瞳に宿す異常な程に高い魔力。
何故君は何時も紅い目をしている?
本来の君はそんなに高い魔力を有して居ない筈。
何故?
不意に動いた彼女の唇から、小さな声が聞こえる。
「…っ」
何を話したのか力籠らぬ唇から漏れる音が、こほこほと咳き込む。
私は慌てて彼女の身体に耳をーー竜体の為、彼女の負担に掛からぬ様にしながら側に寄る。
甘い、薔薇の様なニオイが鼻につく。
ソシテ、漏レダス、彼女ノ…
「き…れい」
「え…?」
「魔石みた…い、き…れい…」
それきり。
彼女の瞳は閉じられた。
私の目を見て言ったよね。
初めて君の声を聞いたよ。
何千年とここに居るけど。
君だけだよ、私を、私の竜の目を綺麗と言ったのは。
初めて少しだけ、生き長らえてくれたね……
初めて…
「ご主人様…」
「すまないマルティン。もう少し、彼女と共に居させてくれ。」
背後に影の様に居るマルティンに振り向かずに応える。
何時もなら、直ぐに彼女達を私が住むこの湖の畔で荼毘に伏させるのだが、今回だけは、もう少し……
彼女を腕に抱かせてくれ。
鮮血が滴り血に濡れていた彼女の血は既に赤黒く、死後硬直が切れた彼女の身体からは腐敗の匂いがし初める。
彼女の弟はマルティンによって丁寧に棺に入れられ、彼女と良く似た容姿は双子だったのだろうかーー…頭部に美しい花々が入れられている。
「畏まりました」
背後を見ずともマルティンが配下の礼をしているのが解る。
「マルティン」
「…はっ」
「初めて彼女の声を聞いた」
「っ!」
「私の目を見て魔石みたいに綺麗だと」
私の目は確かに、魔石を日の光に当てれば同じ色になる。
彼女に言われるまで気が付かなかったよ。
「小鳥の囀りのようにか細いけれど、とても美しい声だった」
「ご主人様…」
ようございましたと、小さな声が聞こえた。
その後、我が古城にて二人を弔った。
また二つ真新しい墓標が出来、マルティンは「管理は任せて下さい」と言う。
ふと目の前の敷地を眺めーー目を反らす。
墓標の数を見たく無かった。
埋葬した彼女達に花束を手向け、背を向けて「任せた」と呟く事しかその時の私には出来なかった。
何故ならこの時の断崖絶壁にある我が古城の庭は、彼女達の墓標しか無かったからだ…




