餌、ウサギはウサギ。
あーとか。
うーとか。
牙のお兄さんがずっと唸ってる。
さっきの様な魔力を込めた怖い唸りじゃないから、こっちの方のが断然いい。
そして、今は何よりそれどころでは無いのだ。
「にゃーん」
ぴるるるるっと今は無いが、あったらウサギ耳を震わせて逃げていたであろう敵、目の前に居る『黒猫』を見て硬直した。
に、逃げないと!
部屋から逃げるべく、否、目の前の猫から逃げないとと、元ウサギは涙目になりながら視線を戸惑わせる。
ドア。今は閉まっている。
窓。同じく閉まっている。
テーブルの下。…追ってくる可能性大。
椅子の下。…無理。体格的に不可能になってしまった。
何処か、何処かっ!
ふと、ごはん後に睡魔に襲われお昼寝をしてしまった自分を恨めしく思いつつ、何故か牙のお兄さんの腕の中で寝ている事実に羞恥を覚えたが、同じく何故だかずっと唸って考え事をしているらしく、此方が抜け出た事に気が付いていない状態の牙のお兄さんの背後に逃れる。
「ん?」
そこでやっと気が付いたのか、ライトブルーの瞳を瞬きし、「どうした?」と伺ってくる。
「ねこ…」
ニャーン。
ねこと喋ったら返事をした様に鳴く猫に、びくんっと怯えたように震える。
おや?と竜王は背後にいる元ウサギ少女に
「もしかして苦手か?」
マミュウには喜んでじゃれて居たから好きなのかと思ったのだがと告げられ、
「肉食系の獣は怖いです…」
と、ぷるぷる震えて話すと、
「だ、そうだ。すまんなアドニス」
「は~そんな殺生な」
口を開いて喋りだした黒猫は、ガクーッと項垂れる。
「え?アドニス???え、え、えええ?魔王さま?」
パクパクと口を閉じたり開いたりする元ウサギに黒猫はに、まーと口許を緩ませ、
「可愛い子じゃないか、竜王。良かったな番がやっと見つかって」
「やらないぞ?」
「いらんわボケ」
げほげほっと黒猫ーーアドニスはむせながら、「嫁が恐いわ…」と、黒猫の肢体をプルルっと震わす。
「あっちの身体だと身動き取れないんでな、ベルの身体を貸して貰ったんだ。あ、ベルってのはこの黒猫のことな」
ほいっ!と右腕を上げてにゃーんと鳴く。
どうやらベルが鳴いたらしい。
肉球が淡いピンク色だ。
もちもちして居そうで、つい触りたい衝動にかられる。
「うちの嫁がやらかしたみたいだから様子見に来たんだよ。その様子だとまだ手紙読んでないな?」
コテンと小首を傾げた黒猫に、竜王は「三百年振りにマルティンがはっちゃけた」と告げると、「マジかよ、あの執事が…」と茫然としている。
その際にピクッと黒猫の尻尾が揺れ、元ウサギはじっと見詰めてしまう。
…怖いけど、うずうずする。
人間に姿が変わったせいか、中身が違うと解ったせいか、衝動的に触りたくなる。
本能的には怖い。
だが可愛い。
うずうずうずうずうずうず………
「所で竜王、ちゃんと番だと告げたのか?」
「………」
「赤くなるな、きしょいわ」
「うぐ」
「このお嬢ちゃんはまだ幼いからな、ちゃんと手綱付かんでおかないと持っていかれるぞ?だから番だとちゃんと教えておけ」
「わかった」
ついっと、竜王は元ウサギの方を向き、その頬を両手で包み込みーー…
「おい。キスしろとは言ってない!」
ピタンッと、黒猫の猫キックを頭部に食らったら竜王は、黒猫のアドニスに「いくら数千年探してたからって色ボケ過ぎるわ!」と叱られたのだった。
餌、ベルちゃん可愛い…(うずうず)




