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空飛ぶさかなと湖底のまち

ざぁぁ、とさーちゃんとおばあちゃんの間を、風が通り抜けてゆきました。

五月の風は、若い緑の香りを含んでいます。

風がさらった葉が一枚、湖に静かに落ちて、丸い波紋を作りました。

それはまるで、さーちゃんの心のようでした。



「今じゃもう、五十年より前の話だよ。」


さーちゃんが首をかしげる中、おばあちゃんはそっと話し始めました。



「ここには湖なんて無くて、

四つの小さな小さな町が、ひっそりとあるだけだった。


春は棚田にやさしい新緑

夏は小川にまぶしい魚鱗

秋は御山にあかるい紅葉

冬は全てにあわい雪


とても、

とてもよい場所だった。


大好きな場所だったんだよ。



でも、沈んだ。



さーちゃんには分かるかね?


ダムを作ったのさ。


川の水が溢れるのを防いだり、

水が無くなるのを防ぐために。


四つの町は沈んだんだよ。


お家も学校も田畑もお墓も…

ご先祖さまから預かったものも

みんなが大事にしていたものも

思い出も全てを町に残して

人はみんな、町を去った。


だからこの湖の底には、

町があるんよ。


ずっと沈んでる。


おばあちゃんの育った、

美しい町が。】




「じゃあ…みずうみのなかには、おばあちゃんの『だいじ』があるのね。」


おばあちゃんの話は、まだ幼いさーちゃんには難しい話でした。

でも、それが優しくて、大切なものであることは、さーちゃんにちゃんと伝わりました。


話し終わったおばあちゃんは静かで、

さーちゃんも静かで。

お山の方から鳥の声だけがよく聞こえます。



「だから、こいのぼりさんがおよぐのね。」


さーちゃんは少し考えて、それからおばあちゃんの目を真っ直ぐに見ました。


さーちゃんには、おばあちゃんの目の中に映るさーちゃんが、キラキラ光って、少しぼやけて見えました。


「こいのぼりさんがおそらをおよげば、そこはみずうみになるんだもん。おばあちゃんの『だいじ』は、こいのぼりさんにのって、きっとここにでてくるのよ。」


さーちゃんはにっこりと言いました。

おばあちゃんはまだずっと、さーちゃんと目を合わせるだけで何も言いません。


「だからあのね…


だから…


おさかながおよぐなら、そこはみずのなかなの。だからきょうは、ここもみずのなかなの。みずのなかにあるおばあちゃんの『だいじ』は、きょうはここにあるのよ。


だから、なかなくていいのよ。おばあちゃんの『だいじ』はこいのぼりさんが、ここまではこんでくれるから。」




おばあちゃんはさーちゃんと合わせた目を少し見開いて、それからそっと伏せました。


その目尻からポロポロと、この小さな町の景色を閉じ込めたトンボ玉のような、綺麗な涙が流れました。



「ありがとうね、さわこちゃん。」



おばあちゃんはそっとしゃがんで、さーちゃんを力いっぱい抱きしめました。


おばあちゃんからは仄かに、優しい香りがしました。

それは、お線香と畳とお花と、

それから柔らかなお日様の香り。


さーちゃんの背中に回された、おばあちゃんのしわしわの手は暖かくて、優しくて、

けれど少しくすぐったくて、さーちゃんはすっと目を閉じました。

そのまぶたの裏に一瞬だけ、湖底の町を見たような気がしました。


湖の底に眠る町は、

たくさんの思い出を鯉のぼりに乗せて

大事な誰かを見守れる今日という日を

喜んでいるように見えました。




ここまで読んでくださった貴方、ありがとうございます‼︎

そして、とても中途半端な終わり方になってしまって本当に申し訳ないです。


書き始めは12月頃、冬の童話祭に出品する予定だったのですが、プライベートが大変忙しく、ついに締め切りに間に合いませんでした。

それでも、なんとか完成させようと思ったのがこの結果で御座います…。

いつか手が空きましたら、直させて頂こうかと思っておりますが、取り敢えずはこれでご勘弁を。



さて、このお話のモデルは、群馬県と埼玉県両県にまたがる「下久保ダム」で御座います。

そして、主人公さーちゃんの来たお祭りは、群馬県神流町の「鯉のぼり祭り」です。

去年の5月に私が訪れ、見たこと感じたことを中心にお話を作ったのですが、主人公の年齢を小さくし過ぎてしまったために、伝わり辛くなってしまいました。

つきましては、この童話とは別にエッセイを書こうと思っております。

いつ書けるかは分かりませんが、興味ございましたらお待ちいただければ幸いです。



5月5日、こどもの日。


それは、こどもの成長を願う大切な日。


そして大人が、遠くに置いてきてしまった、大事な懐かしい記憶を思い出す日。


そんな日であっても良いと、わたしは思うのです。



参考サイト→ 「下久保ダムものがたり」で検索すると出てきます。URLは載せて良いか分かりませんでしまのでご勘弁くださいませ。


最後になりますが

お読み下さり、本当にありがとうございました。お一人でも気に入って下されば幸いです。


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