お山の中の小さな町
ガタンガタンと音がします。
車がお山に入ったからです。
まだ幼いさーちゃんを乗せて、車はお山を登ってゆきます。
今は5月。
少しだけ開けた窓の外から、柔らかな風がさーちゃんの細い髪を撫でています。
お山は青く、お空も青く。
お空を写したお池も青い。
このお池は「みずうみ」と言うのだと、さーちゃんは最近知りました。
車はお山をくねくねと、右へ左へ曲がります。
すると不思議なことが起きました。
お山の細い一本道に寄り添うように、一軒、また一軒とお家が見えてきたのです。
そうして、いつの間にかさーちゃんは、お山の中の小さな町に着きました。
小さな町は賑わっていました。
町の横には、それはそれは綺麗な川が流れていて、その川を囲うように、両岸にたくさんの屋台が並んでいます。
そしてそこから、いい匂いと、楽しそうな笑い声が聞こえていました。
小さな町は、お祭りの最中でした。
「おかーさん、おまつりなの?」
さーちゃんがそう問うと、
「こどもの日のお祭りよ。」
お母さんはにっこりと答えました。
「さわこ、空を見てみなさい。」
さーちゃんは、お父さんがゆびを指したお空へ目を向けました。
すると…
そこには、数え切れないほどたくさんの、それはそれは大きな「鯉のぼり」があったのです。
お山の高さに負けないように
体いっぱいに風を受けて
ばさりと尻尾をはためかせながら
鯉のぼりは力強く
空を自由に泳いでいました。
鯉のぼりのちょうど下に流れる川には
その影がゆらりと写り込んで
本当に川を泳いでいるようにも見えます。
「すごい…!すごく…すごい!」
幼いさーちゃんは、まだ自分の気持ちをきちんと表せるほどの言葉を知りません。
そのかわり、両手をいっぱいに広げて、高く跳ねて喜びました。
「さわこが喜んでくれて、良かった。」
この、お山の中の小さな町は、お父さんの育った場所でした。
一本道を、ちょっと脇にそれた場所には小学校。
さらにその奥には中学校。
ここからは見えない高等学校。
なんでも売ってる商店や、今は閉めてしまった宿屋、引っ越してしまった友だちのお家。
お父さんはさーちゃんに、そんな全部を聞かせました。
「さわこ、おばあちゃんのお家へ行くぞ。」
お父さんが前を歩き、お母さんがさーちゃんの小さな手を引きます。
「さーちゃんね、もっとこいのぼりさんみたいの。」
「今はダメよ。おばあちゃんにご挨拶しなくちゃ。後で行きましょ。」
さーちゃんは名残惜しそうに鯉のぼりを見ていましたが、ゆっくりとおばあちゃんのお家に歩き出しました。