―Ⅱ―「その、悪夢のような夢物語」
俺は、あの時に起きた出来事を…今目覚めるまでの記憶を全部悪夢だと思いたくて…でも、それは出来ないと…赦さないとでも言うように…今の状況が物語っていた。
◇◆◇
「柚木佳人ですね、早速ですが事は急を要しますので手短に説明します」
――柚木佳人――俺の事か。
そもそも、この状況は一体どういう事なんだろうか。
俺は、何時もの様にバイトに行こうと家でダラダラと支度して、家の玄関のドアを後ろ手に閉めた途端に視界にノイズが走り、重度の貧血を起こしたみたいに目の前が真っ暗になり立って居られないほど気分が悪くなった瞬間、二度強く大きく左右に引っ張られたと思えば、先程の女性らしき高い声で名前を呼ばれた。
因みに、未だに視界は暗転のまま戻らず、脳を揺さぶられているかのように吐き気すら感じる気持ちの悪さが続いている。
「貴方は、つい今しがた貴方が居た世界とは異なる世界より無理な干渉を受け、その存在が極めて不安定な状態にあります――」
(ちょ、ちょっと待ってくれ!)
「本来であれば私たちは、このような介入はしないのですが…既に事態は危険域に突入しつつあり、早期解決をするべく今回の介入に踏み切りました――」
(なに、何を言っているんだ…)
「つきましては、解決手段として貴方のその不安定な存在に一時的な強制干渉をし、存在の修復をすると共に貴方の体や能力を強化します。それで――あるモノの討伐をして頂きます――」
(ふざけるな、聞こえていないのか!?)
「それでは、強制干渉を開始します。なお、事が終わり次第に再度強制干渉し修復分以外の強化を回収させて頂きます――」
(痛っっっ…ぐぞったれがぁ…!!)
問答無用とばかりに一方的に話を進めた声の主である女が、そう言った途端。
まるで内側から弾けるような衝撃と、外側から押し潰すように掛かる圧力が、互いの力がすり抜けるかの如く反発を起こす事無く、俺の体に尋常ではない負荷を与えてくる。
さらには、眼で観ていないのに鮮明な映像を脳に直接映し込んできた。
それもひとつやふたつでは無く、幾十幾百と数え切れないほど膨大な量で…。
悪い事に、その映像も唯の映像では無く、生物を殺す事を旨とした戦いの術を実際に経験させられているかのように刻み込んでくる。
経験した事の無い、その異常に体と精神を蝕まれ、何の感情を吐き出せば良いのかすらも分からなくなっていく。
それから、どのくらい経ったのか…数分か数時間か数日か…何もかもが曖昧に感じるなか、未だに終わりを見せる事無く体と精神に襲い掛かるソレから、自己防衛による自我を消失させようとする本能と消失を阻止しようとする力のせめぎ合いで、体は絶えず痙攣を続け口はだらしなく開き涎を垂れ流し目や鼻、耳からは血が出て…それはさながら廃人のような姿になっていた。
◇◆◇
この場所へ柚木佳人が現れる少し前から居る二人の女性は、柚木佳人のその様子を見続けていた。
「――多少壊れ掛けていますが一定の所で持ち堪えていますか…確かに壊れないよう、ある程度の保護は掛けていますが、これは中々興味深いですね」
「――…うっ!」
「……吐くなら少し離れた場所でお願いします、汚れますので」
その女性たちは、対外的に神と天使と呼称する役職に就いているが、立場的には大差無い。
神は惑星を管理しているが、逆に言えば“それだけ”だ。
また天使の方も、惑星を管理している神々の報告を纏め、更に上の存在へ報告する役目を担っており、どちらも“ある存在”から産まれただけに過ぎない。
そして、この天使こそが柚木佳人に対して行った事象を起こした張本人でもある。
「っ!何もここまでしなくても――」
「では、事前に感知出来なかった貴女がアレの討伐をしますか?――堕天してでも?」
「……っ」
女神は、その言葉に何も言い返せず悔しそうに下唇を噛み締め俯いてしまう。
天使は女神を見ること無く、言葉を続けた。
「そもそも、貴女は惑星の管理が仕事であって、そこの住まうだけの生物の事に感情的になるのは、余り感心出来る事ではありませんよ?」