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苦手な方はご注意ください。

異世界ファンタジー

ダイヤモンドハート

作者: 天藤けいじ

「つまりは、」


響くアリカの声は奇妙なほど凡庸かつ平穏だった。


「ここは、死後の世界という場所なんですね」


しかし驚くことにその内容は、まったく凡庸では無かった。

突飛かつ個性に溢れた、ともすれば頭の具合を疑われてしまう己の言葉を受け止めたのは、目の前にいる長身の…恐らく、男。

目に痛い原色の布を無造作にツギハギさせてある奇妙な服と、同じく原色の、二股に分かれている帽子を被っている。顔は真っ白に塗られていて、目の周りは真っ青なアイシャドウで縁取られて、与えられる印象は少々異形めいていて恐ろしい。

この雰囲気に恐怖を感じるものは、必ずいるだろう。一言で言えば、彼は道化師(ピエロ)の格好をしていた。


「ええ、アリカ様。貴女は残念ながら死んでしまいました」


道化師(ピエロ)は何のこともないように、さらりと頷く。淡々とした彼の声に、アリカはつい舌打ちをしたくなった代わりに、男から視線を逸らす。眼前には、曲がりくねり、カラフルに色づけされた、『道』が広がっていた。アリカたちを囲むものはそれ以外には何も、恐ろしいほどに何も無い。

『道』には人が数人立っても余るような大きなタイルが敷かれていて、その上には文字が記してある。と、言っても親切な交通表示の類ではない。

ここから見える分には『一マス進む』『一回休み』『五マス戻る』…そしてその文字はアリカの立っているタイルにも大きくカラフルな文字が記されていた。

曰く、『大当たり!金剛石の心』。―――何が大当たりなのかよくわからないが、嫌な予感しかアリカにはしない。


「貴女様の魂は死んだときに幸運にもこのマスに止まったのです」

「…まるですごろくですね」

「そうですね。死んでしまった貴方達へ、わたくしどもからのひと時、遊戯のプレゼントと言ったところでしょうか?」


言葉の割にはこちらに敬意すら含まれない口調に、道化師(ピエロ)を睨み上げる。化粧の合間から見える彼の瞳は凍えそうなほど冷たく、こちらを人とすら見ていないのではないかとすら邪推した。

胡散臭さを隠そうともしない彼は、アリカの苛立ちをものともせずに、冷たい視線をちらり、と足元へ移動させる。


「このマスの特典は…おやおや『ダイヤモンド・ハート』への転生権ですな」

「…は?」

「貴女様の世界では女性向け恋愛シュミレーションゲームとして発売されていたはずです。ご存知ではない?」

「…名前くらいなら」


『ダイヤモンド・ハート』。彼の言うとおり、恋愛シュミレーションゲームとして発売され、アニメ化、映画化までされた人気作品だったはずだ。ゲームはアクションかRPGしかしてこなかったアリカでさえ、名前と簡単な設定を覚えているのだから、その勢いや凄まじかった。

しかし、その世界へ―――転生?つまり生まれ変わるということだろうか?だが『ダイヤモンド・ハート』はゲームである。死んだ人間がゲームの世界に足を踏み入れるなど、それこそ夢物語のようではないか?

その疑問をぶつけると、道化師(ピエロ)は何のこともなさげに嗤った。



「『ダイヤモンド・ハート』から生まれ変わった方が、その記憶を頼りに物語を書いたのでしょうな。なあに、よくあることです」

「な…」

「それではアリカ様。転生権ともう一つの特典の説明をさせていただきます。いきなり見知らぬ世界に転生しても戸惑うことがあるでしょう。そこで、我々のほうでは貴女が望むものを一つ、二度目の人生につけることが出来るのです」

「…拒否権は?元の世界に戻ることは?このまま楽に死ねないんですか?」

「ノン!それは叶えられません!」


きっぱりと言い切った道化師(ピエロ)の瞳は、相変わらず冷たい。

アリカはちらり、と今一度あたりを見回した。空も雲も太陽も、近場は元より遠くに建物すら見えない虚無の空間。地面には曲がりくねった道のみが敷かれていて、そこには相変わらずすごろくじみた、様々な文字。もし『一回休み』や『ふりだしに戻る』などに当たってしまったら、どうなってたというのだろう。あまり想像したいものではなかった。

絶望的なものを味わいながらも、アリカは考える。この道化師(ピエロ)から逃げることは出来るか…否、無理だ。一瞬は誰かが己を笑うために仕掛けた悪戯なのかとも思ったが、アリカは自分が死んだ場面を生々しいほどに思い返すことが出来る。

ならばここは本当に死後の世界。目の前の男は死神に等しい存在なのかもしれない。背を向けることは、恐ろしかった。


頭が痛くなってきたアリカは、突破口を探すために、ゲーム、『ダイヤモンド・ハート』の内容を思い出してみることにする。

現代から遠い未来、科学が発展した世界に突然、異形の獣たちがあふれ出す。人々は隔離されたシェルターに避難し、主人公はその隔離都市をまとめるリーダーの娘という設定だった。

恋愛シュミレーションなので恋愛対象がいるが、ほぼ全員が異形の魔物たちと戦う戦士。中には目と腕を改造されたサイボーグ戦士もいた気がする。

女性向けと謳っているわりにはなかなかハードな終末系の世界観で、これがアクションやRPGなら手を出していたかもしれないと考えたことがアリカにもある。


そこまで思い出して、アリカはふと思いつき、視線を道化師(ピエロ)へと戻す。


「なら一つ、叶えて頂きたいことが…」

「ええ。童女のように愛される資格でも、傾国の美姫の如く美貌でも、賢者のような知恵でも何なりと…」


こちらを見下す冷たい瞳を、アリカは挑むように見返した。





隔離シェルター日本東方地区、通称『ディアナ』は今日も陰鬱とした空気が漂っている。

当たり前である。いつこのシェルターの壁が崩れ、異形たちが襲ってくるかもしれないと考えれば、誰がのんきに笑顔など浮かべていられようか。疲弊した心と空気に停滞する緊張感。

恐怖と言うその言葉は、人類がこのシェルターに逃げ延びてから日に日に大きくなり、もはやぬぐえぬほどこびりついてしまっている。

シェルター内の中にある『商店区画』として機能している大通りを歩く人々の顔は総じて暗く、レキ・カミヤはちっ、と小さく舌打ちを落とした。


「相変わらずたまんねえな、この空気は」

「…レキ、あまり無遠慮なことを言うもんじゃあないよ。皆に聞こえちゃう」


隣を歩く相棒、トオル・ユイが己をたしなめるように告げる。横目でこちらに送られてくる機械の瞳が冷たく光っていた。

トオル・ユイは、異形の獣たちと戦うために自らを改造した、サイボーグである。と、言っても一般的なサイボーグ戦士のように強固な外殻と骨組み、表面装甲をあまり搭載していない、スマートな外見をしている(とは言っても彼は戦士、一般人に比べればかなり大柄だ)。目と両腕以外はほとんど改造をほどこしていない彼は、いわゆる『狙撃手』タイプだった。


光学照準機、暗視装置など何処までも視覚を底上げし、両腕に仕込んである重火器で異形を撃つ。シェルターの外での彼の活躍は、絶望に這う一般人たちの一筋の光になっているようだった。

もっともそれは同じ部隊に所属する自分とて負けていない。レキとトオルのコンビが今年になって駆除した異形の数は、他の誰よりも多い。

しかしそれでも異形は減らない。シェルターの中の空気も清浄化されない。懸命に走り回っていてこれでは、つい愚痴をこぼしてしまいたくなるもの仕方ないではないか。


ふん、と一つ鼻を鳴らすと、トオルは仕方ないな、とでも言いたげに肩を竦めて口を開いた。


「この空気を、変えるかもしれない人が、今日『ディアナ』に凱旋するよ」

「…あ?」


相棒の言葉の意味がわからず、レキは片眉を跳ね上げて、隣に視線を送る。トオルは機械の瞳を綺麗に細めながら、「僕たちの部隊に、新たな戦力が投入されるのは知っているだろう?」と続けた。


「シェルター南地区『ウルツァイト』。そこの責任者、セツナ・シジョウのご息女が、『ディアナ』に到着することになってるんだよ」

「ハア?」

「わからないかい?彼女が新たに入隊する戦士だ」

「ハアアアアアっ!?」


驚愕を我慢できなかったレキを、この場で誰が責められるだろう。暗い顔をして歩いていた住民たちがぎょっとした顔で、驚きのまま固まるレキとしてやったりと言わんばかりの顔をしているトオルに視線を向けた。

場の空気に驚愕と困惑を行き渡らせた我が相棒は、周りの視線も気にせずからからと笑う。


「おや、随分驚くね。女戦士(レディソルジャー)が、珍しいわけじゃあないだろう?」

「そりゃあ、男顔負けの女戦士はいるが…、お偉いさんの娘だろう?」

「それは確かに特権となるのかもしれないけれど、枷や壁にはならないだろう。事実、彼女は凄いよ」


きっぱりと擬音が聞こえそうなほど、断定してトオルは言う。疑うことも知らないようなその口調に、レキは強張らせていた顔を、一ミリだけ動かした。

シェルター『ディアナ』にもトオルの言うとおり、何人かの女戦士(レディソルジャー)が所属している。が、筋肉と銃火器で武装した彼女らは皆一般層の出身で、お偉いさん…特権階級のご令嬢など見たことが無かった。世界がこうなったあとの貧富の差は激しい。金で平穏が買える連中が、好き好んで戦場に降り立つ意味などあるはずもないのだ。


「…はあん?」


トオルの思考を邪推して、レキはいやらしく眉毛を上げた。歪んだ己の顔を、相棒が「おや?」と首をかしげて見つめる。


「お前、その女にたぶらかされやがったな」

「おやおや、違うよそんな、人聞きの悪い」

「いーや、間違いねえ。さっきから随分知ったような口を聞くじゃねえか。その女と会ったことがあるんだろ?」

「うん、この間のサイボーグメンテナンスのときに」


あっさりと答えた彼に、レキは鼻を鳴らして「ほらな!」と怒鳴った。唾を吐きかねないほどの勢いを持った己に、トオルは苦笑する。


「残念ながらそーいうのとは違うよ、彼女は」


レキはそっぽを向く。機嫌を損ねてしまった己をなだめるような声で、相棒が顔を覗き込んできたが、あまり構う気分になれなかった。

基本的にレキは、安寧を金で買う特権階級の人間をあまり好いていない。一時期シェルター内で流行った病原菌のワクチンを、金を持った人種が買い占めてしまって一般層にまで行き渡らなかったことがある。レキの家族は、そのせいで命を落としていた。

無論、不当な買占めを行った金持ちはそれ相応の罰を与えられたと聞く。利己主義に固まった人間ばかりではないのはわかっているが、それでも好意的に見るには、既にレキはその黒い部分に触れ過ぎていた。


ちっと重い舌打ちが、陰鬱な空気の中に舞う。

自分たちが一定の暮らしをするためには外に出て、戦士として戦うのが一番手っ取り早い。生きるために戦場に立つ。生まれながらにして真綿に包まっている生活をしている人間が、いったいここに何のようだろう。


(道楽や英雄願望っつーんなら、根性叩き直してやる)


女であろうが容赦はしない。凶悪な思考とともに、レキは苦笑したままのトオルとともに、戦士屯所区画へと帰還した。





戦士屯所区画は簡素だが丈夫な造りになっている場所が多く、レキとトオルが住む場所も決して他とは変わりは無い。二人が戻ると何処と無く寂しさと無骨さが漂う談話室が、今日はそれを払拭するように賑わっていることがわかった。戦士たちが騒がしく言葉を交わしている中、顔見知りの、同じ部隊に所属する少年がこちらの姿を見つけて片手を上げてくる。


「レキ、トオル!新顔だぜ!『ウルツァイト』のご令嬢とそのお供のアンドロイドだ」

「…知っている」


不機嫌にそれだけ呟くと、レキは人だかりが出来ているその中心へと視線を向けた。一同の視線と質問を受けている人物は、背の高さに酷く差がある二人組みであった。

一人はレキよりも背の高い…恐らく戦闘用アンドロイドだろうということがわかる。筋骨隆々で鋼色の硬質な表面装甲に覆われており、顔部分はつるりとしていて自分たちが装着するフルフェイスヘルメットに似ている。基本的に戦闘用アンドロイドはあれに似た顔立ちをしていることが多いことを、レキも知っている。

その腕は丸太のようで、巨大な異形であろうと軽々と打ち砕けそうだ。屯所の戦士たちは、その構造と能力に酷く興味を引かれているようで、彼になにやら質問を繰り返している。


同じく戦士としてアンドロイドには興味があるが―――まずレキが目を向けるべきは、そのアンドロイドの傍らに立っている小さな影の方。小柄で、白い肌をした少女だった。

柔らかそうな黒髪は後ろで綺麗にまとめられているが、とても戦いに向いている髪形とは思えない。長いまつげに縁取られた瞳でアンドロイドに涼しい視線を送っており、白磁の肌はまるで人形のようで一つ傷つけばあっさりと砕けてしまいそうであった。腕だって足だって、とても銃火器を持ち上げて走れるような太さはしていない。

一目見て深窓の令嬢といった儚げなその様子に、レキは片眉を跳ね上げる。無言で彼女へと近付いていった。


「セツナ・シジョウのお嬢さんっていうのは、アンタか?」

「…」


はっと周りの会話が止まり、少女とアンドロイドの視線がレキへと向けられるのを感じる。鋭い視線の己に怯えてしまったのか、ご令嬢だという少女は呆然とした様子でこちらを見上げるばかりだった。

ガラス玉のように透き通った瞳に、レキは眉根を寄せる。


「どういうつもりでここに来たか知らねえが、そんなナリで戦えるのか疑問だな」

「…」

「銃は撃てるのか?実戦の経験は?…生きているものの命を奪ったことはあるのか?」

「…」

「ここは第一線だ。当たり前みたいに人が死ぬ。それを見送る覚悟はあるか?」


呆然としている少女は、ただ真っ直ぐにこちらを見つめるだけで答えない。居心地が悪くなるかのような、静かな瞳だ。しかし、何を言われているかわからないほど愚鈍と言うわけでもあるまい。ちっと舌打ちをして再び口を開こうとしたレキの肩を、とんとん、と叩くものがあった。

不機嫌な顔のまま、肩越しに振り返る。相棒であるトオルが、少し困ったような表情で己の肩に手を置いていた。


「なんだ?お嬢さんの味方したいなら後で…」

「違うレキ、そうじゃない。たぶん君今すっごい勘違いしてる」

「…あ?」


今この流れに、どう勘違いする要素があったというのだ。少女は歴戦の戦士には見えないし、頭がよく回る軍師向きの知恵者にも見えない。確かに美しい外見をしているが、シェルターの外では可愛げなどなんの武器にもならないことは誰にでもわかる。彼女が異形の恐怖を払拭する、トオル曰く空気を変える人物なる証拠を見せてもらいたいものだ。

生きるか死ぬかの現実で、愛らしいだけの足手まといは必要ない。恋におぼれて勘違いしているのは、お前の方じゃないのか?その意味を込めて睨みつけると、相棒はやれやれと肩を竦める。


「彼女、お嬢さんじゃない。お嬢さんのサポートアンドロイドのオフィーリアだ」


今一度レキの口が「あ?」と開いて固まった。高速で首を元の位置に戻し、慌てて目の前に立っている少女へと視線を送る。相変わらず儚げで白く人形のような…いや、人形(アンドロイド)だったのか。言われてみれば、瞳の質感が作り物のようだったし何より肌の質感にしても綺麗過ぎる。

弁解するつもりはないが、ここまで人間に近い形のアンドロイドなど滅多に見ない。だからレキも彼女を一目見て人間だと勘違いしてしまったのだ。恐らく彼女を見てアンドロイドだと判断できる者のほうが少ないだろう。そのくらい精巧な造りをしている。


いや、待て、彼女が『ウルツァイト』責任者、セツナ・シジョウの令嬢の、サポートアンドロイドだということは―――、


「あの、すみません。私がセツナ・シジョウの娘、アリカ・シジョウです」

「…!?」


大柄なアンドロイドだと思っていた鋼色の塊から、年頃の少女の凛とした声が聞こえて、レキはぎょっと体を強張らせる。視線をそちらへ向けるとき、ぎ、ぎ、ぎ、と油の切れたぜんまいのようにぎこちない動きになってしまったのは、仕方ないだろう。

フルフェイスの顔を持つ鋼色の人物は、こちらにむけてピッと敬礼をし、礼儀正しくレキを見つめていた。


「本日をもって、完全戦闘用サイボーグとして『ウルツァイト』に派遣されました!先輩、どうぞご指導のほどよろしくお願いします!!」


異形の牙をも通しそうに無い表面装甲。男である己よりも硬そうな手足。首の太さとて年月を経た丸太のように重厚で安定感がある。そして胸…恐らくどんな豊満な肉体を持った娼婦よりも胸囲はあるだろう、が、柔らかさとは縁遠いその脂肪率は限りなく低いに違いない。恐らく叩けばいい音が出ると思った。

ご令嬢と言うには程遠いその姿に、レキは先ほどトオルが自信満々に言ったことを、ようやく理解した。理解すると同時に、何だか意識が遠くなりかかった。


(…令嬢!?これが、令嬢だと…!!)


令嬢と聞いて、品格と美しさを併せ持った美しい少女…それこそ己の目の前に無言で佇むアンドロイドのような…を無意識に脳裏に描いていたレキは、責められるべきだろうか?

何故皆、疑問も持たずに会話を続けていられたのだ?いや、よくよく見てみれば戦士一同、奇妙に遠い目をしている。恐らく現在進行形でレキが受けている衝撃を、既に受けてしまい真っ白に燃え尽きているのだろう。


「アリカ、久しぶりだね」

「これは、トオル先輩!お久しぶりです!おかわり無さそうで安心しました」


ひらりと割り込んできたトオルが、鋼色の塊…アリカ・シジョウとやらに話しかける。彼女(と呼ぶととてもつもない違和感がある)はゆっくりと歩み寄ってくる彼を見下ろして、喜びの声を上げている。その仕草は年頃の少女で間違いなく、またしてもレキは強いめまいに襲われた錯覚がした。


「いやしかし、驚いたよ。まさか君が『ディアナ』に派遣されてくるとはね」

「『ウルツァイト』は父を含め、優秀なサイボーグ戦士が揃っています。いずれ私も『ウルツァイト』の責任者として前線に立つつもりでしたので、今回は経験を積むために戦いの最前線である『ディアナ』派遣に自ら志願しました」

「はは、相変わらずだね。流石『ウルツァイト』のサイボーグ戦士だ。お父上も元気そうだね」

「まだまだ戦場で指揮をとってますよ。生涯現役を掲げていますから、私も見習わないと」


気心の知れた相棒が、山のような鋼色の塊とともに会話をしている。その筋骨隆々とした鋼色の塊からは、少女とわかるなかなか可愛らしい声が響く。トオル自身も男にしては綺麗なテノール歌手のような声を持っているので、目を閉じればどんな美男美女が会話しているのかと思うだろう。―――目を開ければマッチョなサイボーグの二人連れであるが。

彼らのそばで様子を見守るレキは、聴覚と視覚が一致しないことに、頭が混乱しそうであった。朗らかな様子で何とも武力的な会話をしている二人に、その違和感を感じることは出来ないらしい。


―――緊急を知らせるエマージェンシーコールが屯所内に響き渡ったのは、戦士たちのキャパシティが現実を受け止められなくなる直前のことであった。





『ディアナ』シェルターの近くで物資輸送トラックが異形に襲撃された。生存者あり、同乗していた戦士が交戦中、至急応援を頼む。

レキたちの部隊に渡された指令は以上のものである。一同は手早く戦闘準備を整えて、護送用トラックの車庫へと急いだ。そこからは車での移動となるが、シェルターの外はほぼ無法地帯。到着までにどんな異形とかち合うかわからない。

愛用の改造銃の調子を確かめながら気を張っていると、レキの視界にどしりと安定感のある、鋼色の塊が座していた。彼女の手には銃も鈍器も、武器になりそうなものは握られていない。いや、彼女自身が武器のようなものなのかもしれないが。

恐る恐る、レキは筋骨隆々なサイボーグに近付き、そっと尋ねた。


「…一応聞くが、シェルターの外に出て戦ったことはあるんだよな」

「あります」

「…だよな」


彼女のサイボーグ装甲は、なかなか使い込まれている色合いをしていた。これで実践に出ていないはずもない。雄雄しいサイボーグから少女の声で言われて、やはりレキは遠い目をして頷いた。


「武器は体に仕込んであるのか?」

「いえ、私は完全接近戦タイプです。一応銃も仕込んでありますが、基本的には拳で殴りますね」


遠くでブフォ!と誰かが噴出す声が聞こえた。アリカの一言で、トラックに乗る誰かの臨界点を超えたのだろう。この巨体が魔物を殴り倒す風景でも想像してしまったのかもしれない。―――レキも想像してみたが、覇王の風格があった。

脳裏に居座る想像を慌てて追い払い、レキは再びサイボーグ少女に問う。


「部隊内には完全接近型サイボーグと組んだことが無いものもいる…合わせられるか?」

「…了解しました。全力を尽くします」


いい返事だ。実に頼もしい。頼もしいと思うと同時にふと湧き上がってきた疑問があって、レキは重ねて尋ねる。


「…どうして前線戦士に志願した?」

「はい?」

「その体は…その、生来のものではないだろう」


巨木を思わせる彼女の体格は、とても女性が努力で手に入れられるものではない。サイボーグ手術による改造で、筋肉、皮膚、骨組みともに強化していったに違いない…が、全身サイボーグ化には大変な手間と痛みが伴うと聞く。自分に合ったパーツを体に馴染ませるためには幼少期から準備、手術をしなくてはならず、体を慣らしていく訓練も並大抵の苦労ではない。

部分的な改造しか施していないトオルですら、当初は随分痛みと違和感と戦っていたから、彼女の苦労はいかほどのものだったのだろう。

道楽や英雄願望で受け入れられる道ではない。何故わざわざ苦労の多いその道を選んだのか?その意味を込めていうと、アリカは硬質なヘルメットにはやはり似つかわしくない少女の声でころころと笑って答えた。


「どうしてって、先輩。そりゃあ死にたくないからに決まっているじゃないですか」

「…死にたくない?」

「強くなれば、生き残れます。無様と思われるかもしれませんが、私は下手なところで死にたくないんです」


この荒廃しきった世界において、あまりにも普通である答えに、レキは僅かに目を見開いた。

いつ異形に襲い掛かられ、命が終わるかわからない世界。直接的な原因は異形でなくとも、餓死や病気での死亡率も年々上がってきている。

死にたくない。生き残りたい。この世界にすむ全ての人々が、胸のうちに抱えている願いである。


「だがアンタはシジョウ家のお嬢さんだろ?そんな苦労買って出なくても、一般人よりは生き残る確立はあったんじゃないのか?」

「その確立を、さらに上げるために努力しただけです。安全なシェルターの中で怯えてるよりも、外に出て安全を確保したほうが性にあってたんですよ」


生きるために戦場に立つ。彼女の語った身の上は、要約すれば自分と同じもので、レキはなんだか拍子抜けしてしまった。しかし同時に、そりゃあそうか、と納得もする。たとえ地位が高かろうと金を持っていようと、この世界の願い事を突き詰めれば一つのことに行き着く。

生き残りたい。ワクチンを買い占めたあの腹黒い金持ちも、目の前のサイボーグ化した彼女も、そしてシェルターの外に出て銃を握る自分も、そのために行動している。その事実がすとん、と胸の中に落ちてきた気がした。

地位の高い令嬢が部隊に入る、その事実を刺々しく考えすぎていた自分が馬鹿らしくなって、レキはふう、と小さくため息をついた。


「…生き残れるといいな」

「…はい、まだ自己紹介もしてない方もいるので、これで終わりじゃあ少々格好悪いですからね」

「はは、違いねえな」


軽くレキが笑い、鋼鉄のヘルメットからくぐもった少女の笑い声が聞こえた。どうやら彼女も笑っているようだった。

護送用トラックの運転手が、異形の暴れる現場への到着を知らせたのは、そのすぐ後のことである。





死にたくない、生きていたい。

この世界に来る前から抱いていた願いは歳を重ねるごとに強くなり、いまやアリカの芯とも言うべき重要な願いになっている。生きるために体を鍛え、死にたくないから機械の体を受け入れ、安心を手に入れたいから戦士へと志願した。

全てはこの荒廃した大地に生まれ変わると告げられたときから、決めていたことだった。


「う、るぅあああっ!!」


吐く息とともに、完全接近型サイボーグの拳を、アリカは目の前の異形の獣へと叩きつける。どおぅう!と肉を撃つ鈍い音と感触が、拳に伝わる。虎に似た形の、ただしその大きさは比ではない獣は、丸太のように太い己の腕を腹に受け、僅かに体勢を崩した。

しかし、流石にその巨体は、足元をふらつかせただけで、致命傷を与えられたとは思えない。ちっと一つ舌打ちをしながら距離を取り、通信機の向こうにいるパートナーに指示を出す。


「オフィーリア!視覚センサーを広げる!カメラ射出!」

『了解しました。視覚カメラ『レッドフィールド』『バレンタイン』『ケネディ』射出します』

「先輩!援護お願いします!」

『了解!』


後方で銃を構えて異形と戦っていたトオルが通信機越しに返答した。刹那、ひゅご!という空気が握りつぶされるかのような音を耳元で感じ、虎の眉間に何かが命中する。後方支援、射撃型であるサイボーグ、トオルが放った銃弾であろう。異形がふらつき、倒れかけた。

同時に、機械的な声とともに、背中から何かが射出される感覚がした。己に搭載されている自立小型カメラ、『レッドフィールド』『バレンタイン』『ケネディ』である。アリカが前世に愛していたアクションゲームの主人公の名前をつけられたこのカメラは、サイボーグである己の視覚と直接繋がっている。これが動くことで異形の動きや死角を事細かに捉えることが出来る。


しかしこれには射出時間も含めて僅かな隙が出来る。動きの遅い重サイボーグや機能を搭載したサイボーグにありがちなタイムロスで、コンマ一秒の間が命に関わる戦場では大変な場面に繋がることがあるので、アリカは誰かサポートしてくれる人間がいない限りだすことは無かった。

今回は援護射撃の得意なトオルがいる。アリカは彼と共闘したこともあり、その腕には相当信頼を寄せていた。


『視覚センサー展開します』

「わかった!」


通信機の向こうからオフィーリアの声が聞こえた瞬間、視界がぶれる。カメラの映像がアリカの視覚に入って来たのだ。生身の人間ではありえないこの感覚に、初めは混乱が大きかったものだが、場数を重ねることで慣れが生じた。いまやどのカメラの映像も、自分の見ているものと同じく扱うことが出来る。

三対のカメラは、異形の背後左右を飛んでいる。背後を飛んでいた『ケネディ』が、虎に似た右後ろ足が地面を蹴ったのを捉えた。


「突進がきますっ…!」

「お、おう…!」


アリカの回りにいた小銃を装備している戦士たちが戸惑いながらも頷く、瞬間、異形は柔らかい体をばねのように跳ね上げ、走り上げる。己以外の戦士たちが危なげなく左右へ避けたところに、ぐぁり!と後ろ足で立ち上がった虎が飛びかかる。残ったアリカはその巨体を両腕でもって抱きつくようにして押し留めた。異形の爪と己の表面装甲が甲高い音をたててこすれる音を聞いた。


「う、ぅおおおおっ!!」


人工筋肉がぎしぎしと悲鳴を上げる。虎型の異形は『ウルツァイト』でも相手にしたことがあったが、この強さはそれの上を行く。流石はもっとも強い異形が出て荒れ果てていると噂の『ディアナ』である。並大抵の腕力では抑えきれるものではないだろう。

しかし―――ここで倒れてしまっては、何のために鋼鉄の肉体を手に入れたのかわからない!

アリカは鋼と化している歯を食いしばり両腕両足に力を力を込めると、体に溜まった蒸気を逃がすように、どんな異形よりも獣らしい咆哮を口から放った。


「し、んでたまるかあああああっ!!」


叫びは天を裂くかのように轟き、勢いはアリカに絶える力を与える。めきり、と抱えた虎の体が鳴る。しかし、それでもまだ致命傷ではない。異形は強く暴れた。


「新人!そのままそいつ抑えとけぇえぇっ!!」


アリカの咆哮に、答えたものがあった。『バレンタイン』が駆け寄る閃光のような姿を捉える。閃光は鋭い視線と構えた小銃を異形へと向けている。アリカははっとした。がりり、と殊更強く異形の爪が装甲を引っかく。

大きな傷が出来る。しかし、アリカのサイボーグの目はそのタイミングを逃さなかった。


「せんぱぃあああい!!」

「オウ!」


迫り来る閃光、先輩戦士レキへと向けて、暴れる異形を押し、跳躍して場から離脱する。レキの小銃が火を噴き、巨大な猛獣が断末魔を上げたのは、その直後だった。





―――どのような状況下でも、絶対に生き残れるだけの砕けない意思を。


アリカがあの謎めいた道化師(ピエロ)に頼んだ願いごとである。

童女のように愛される資格、傾国の美姫の如く美貌、賢者のような知恵、もしくはどのような物でも砕ける肉体と拳でも、この世界を生き抜き、立ち向かうための武器にはなったかもしれない。

しかし結局それだけでは駄目なのだ。どのような武器を使おうとも、成すのは自分の意思。鉄壁の、折れず曲がらぬ一つのことをやりぬく信念。

だからこそこのたびの生で、アリカはそれを願った。…まさか前世の記憶と言うものが付属されてくるとは思わなかったが。それでもこの選択は、決して間違いではなかったと思っている。


「凄いな、新人。お前、随分場慣れしてるんだな」

「いえ、先輩方のサポートがあってこそです!ありがとうございます!」

「はは、何だかむずがゆいね。でもこの勝利はアリカのおかげでもあるよ」


見事異形を倒し、輸送用トラックとその乗組員を保護したその帰り道である。アリカは護送用トラックの中で、二人の先輩とねぎらいの言葉をかけあっていた。

自分も元の住居でその名を聞いたことがある、『ディアナ』でもっとも強い戦士と評判のレキ・カミヤとトオル・ユイ。トオルの方はサイボーグ仲間として面識があったが、歳若いながらも幾多もの苦難を乗り越えてきた名高い彼らと肩を並べて戦えたことは誇らしい。

フルフェイスカバーに覆われた顔では笑顔は作れないが、それでも声だけは明るく、二人に言った。


「これから、色々お世話になると思います!そのときはぜひご指導お願いします」

「はは、体に似合わず真面目なやつだな。こっちこそよろしくな」

「ちょっとトオル、女の子に対して失礼だよ。わからないことがあったら聞いてね、アリカ」


頼りがいのある先輩の言葉に、はい!とアリカは頷いた。

―――そう言えば、この世界の内情に似た物語は、女性向け恋愛シミュレーションゲームだったはずだが…、果たしてゲームのもととなったキャラクターは何処にいるのだろうか?とふと考えたが、知識の無い自分にはわからぬことだとその考えを追い払う。

生き残るための力を手に入れた自分には、あまり関係の無いことだった。




レキ・カミヤ

いわゆるゲームでは攻略対象…だった。権力者嫌いの戦士だが情は熱い。


トオル・ユイ

攻略対象。レキの親友で狙撃型サイボーグ。


アリカ・シジョウ

ヒロイン…だったもの。メスゴリラと成り果ててしまった。自分がヒロインの立場になっているとは知らないし気付かない。

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