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UP TO YOU  作者: 来生尚
3/14

 平日の真昼間に家にいるというのも変な気分だけれど、昨日の今日で体調は悪い。

 15時になったら、近所の内科に行く事になっているけれど、手持ち無沙汰で普段は見ないようなテレビを見ていると、LINEの通知音が鳴る。


 --具合はどうですか?


 野村くんか。


 --昨日は色々ありがとう。助かったよ。嫉妬深い彼女に遅くなったからって怒られなかった?


 野村くんは大学時代から付き合っているという彼女がいて、とてもとても心配性で嫉妬深いらしい。

 毎回飲み会で遅くなると、香水のニオイがしないかどうかチェックするとかしないとか。

 昨日は終電になってしまったようだったので、余計に迷惑をかけたんじゃないかと思った。


 --大丈夫ですよ。それより少しは息、楽になりました?


 --大丈夫。ちゃんと退院できたし。明日は会社行くよ。


 --良かったです。ゆっくり休んでください。


 スタンプとあわせてメッセージが送られてきて、ふっと頬が緩む。

 昨日は本当に色々お世話になったし、一回くらいランチ奢らなきゃな。



 そう思って出社したのに、何故か妙にきらびやかな男性が目の前に座っている。

 予定では野村くんと焼き鳥丼ランチの予定だったんだけれど。

 マンツーマンではないのが、せめてもの救い?

 隣に課長がいて、良かった。本当に。

 見目麗しいっていうのは、こういう人のことを言うだという実例が目の前にいて、挙動不審に陥りそう。

 ううん、既に挙動不審かも。

 営業課の秘密会議場所でもある、ビルの地下の割烹? 料亭? で向かい合っているけれど、直視できない。笑顔がまぶしすぎて。

 例の取引先の支店長だと言っていたけれど、貰った名刺には取締役「川西透」と書かれていた。

 どちらにしても結構若そうなのに、ものすごーく偉い人なんだな、と。

 ついでに妙にキラキラしている人だな、と思う。

 しかも圧迫感、はんぱない。


「うちの者が申し訳ありませんでした」


 目の前でがばっと土下座した相手に、「やめてください」と言うのが精一杯だ。

 いくらここが掘りごたつの席だからといって、取締役で支店長っていう人に、土下座までされるような事はされていない。


「顔を、上げてください」


 課長は冷静だった。

 声がいつもどおりで、これっぽっちも慌ててなんていない。


「形式ばった謝罪では無いということでしたので田島と会わせました。それに、こちらとしてはそのような謝罪を求めてはいません」


「……まあ、そうでしょうね」


 顔を上げた川西支店長は、クールな表情で課長を見る。


「今日は田島さんにお会いして、社としてではなく、管理職個人として謝罪する機会を頂きたいと思いました。当社の社員の不手際、大変申し訳ありませんでした」


 まるで言い含めるかのように私を見つめて言う川西支店長に、何て答えるのがいいのかわからなくて、咄嗟に課長の顔を見る。

 課長が首を縦に振るので、頷き返す。


「わざわざお忙しいのにありがとうございます。今日から出社も出来ておりますし、今後同じような事がなければと思います」


「もちろん。当該者だけではなく、社の者全員に指導をしたいと思っております。それでお許し頂けるとは思いませんが」


 許すとか許さないとかっていう話なのだろうか。

 そもそもそれ以上、この人に何が出来るというのだろう。


「今後このようなことがなければ、結構です」


 爽やかキラキラの顔に影が差しているのは、演技なのか本心なのか。

 何となく、嘘臭い人だなと思った。

 全然本心なんてここにない感じ。

 胡散臭さが、元セフレの石川さんに似てるなって思った。

 だから、にっこり笑われても、どこか冷めた心で見てしまう。


「田島さんの広いお心に感謝します。もっと私どもに対してマイナスのお気持ちを持たれておられるのではないかと思っていたのですが」


「怒ってないわけじゃないんですけれど」


 怒ってないわけじゃないけれど、この人に謝って欲しいわけじゃない。

 端的に言ってしまえば、そういうことだ。

 支店長だから頭を下げにきたのかもしれないけれど、いかにもな、とってつけた土下座なんてされても、気が削がれるだけで。


「では、私はこれで失礼します」


 お昼時だというのに、食事も取らずに川西支店長は立ち上がる。


「お食事は」


「私がいると、田島さんもゆっくりとお昼休憩する事も出来ないでしょう。今日はお詫びをしたかっただけですので、私はこれで」


 店の外まで見送ろうとしたけれど、ゆっくりと片手を挙げて制して、にこりと笑って個室を出て行く。

 その姿が見えなくなって、ほーっと溜息を吐き出すのと同時に、川西支店長が座っていた場所に皮の手帳のようなものが置き忘れられているのに気がつく。

 咄嗟にそれを手に取る。

 スマホだ。

 これなかったら、絶対困る。


「課長、ちょっとこれ届けてきますっ」


 課長の返事を聞くよりも先に、個室の外へと飛び出した。

 間に合わなくなったら大変。

 それで頭がいっぱいだった。

 普段なら動くよりも先に考えるのに。



「川西さんっ」


 階段を上りきったところで追いつき、声を掛ける。

 ゆっくりと振り返った彼は、私を見てにっこりと微笑んだ。

 人好きのする笑顔というのは、こういうのを言うんだな、うん。


「お忘れ物です」


 暗い地下から明るいところに出てきたせいか、余計にキラキラしているように見える。

 イケメン耐性は無い訳ではないけれど、多分この人は規格外だと思う。

 整っているだけじゃなくて、雰囲気全てがキラキラしている。

 着ているのはグレーのスーツなのに、纏う空気は虹色で。

 まだ若く見えるのに、支店長で取締役。

 ものすごく仕事が出来る人なのだろうか。

 そして自分の魅力を十二分にわかっている。

 だからなのか、とても自信に満ち溢れている。

 それが華やかなオーラに繋がるんだろう。


「ああ。わざわざ届けてくれたんですね。ありがとうございます」


「いいえ。無いとお困りになるかと思いましたので」


 にこり、がニヤリに変わった。

 その笑みが整いすぎている顔に妙に似合って、尚且つ悪役感が漂ってきたせいか、意図せず顔が引きつった。

 ほんの一瞬前までの、爽やかイケメン風味が霧散した。

 どんなスイッチが入って急変したというのだろう。


「案外早く気付いたんですね」


 このスマホのことだろうか。

 ちらりと手の中のスマホを見るものの、受け取る気配がなくて困る。

 早く受け取ってください。

 ついでに、その悪役オーラを引っ込めてくださいっ。


「気がつくのがもう少し遅かったら、大義名分が出来たというのに」


「……はい?」


 独り言?


「独り言じゃないですよ。意図的に、あなたに伝わるように話しているのですよ」


 心を読まれた?

 ドキリと胸がなる。

 けど、ますますもってわからない。

 一体どんな意図があるっていうんだろう。


「もう一度あなたに会う機会が欲しくて、これはワザと忘れたんですよ」


「まさかっ。ご……ご冗談を」


 こんな破壊力満点のイケメンが何を突然言い出したのだろう。

 これは罠だ。罠に違いない。

 今回の騒動を大事にされないように丸め込もうとか、訴訟沙汰にならないように根回ししようとか。

 その顔で迫られたら、大概の人は心がフワフワして、思わず頷いてしまうだろう。

 けれどイケメンには多少耐性がある。

 ニヤリと笑うイケメンに、にっこりと笑みを返す。


「また社でお会いする事もあるのでは? うちの支社長も交えお話すると伺っておりますが」


「堅苦しい場ではお会いするかもしれませんが、個人的に会いたいですね。出来たら二人で」


 その白々しい言葉に、ふっと鼻で笑ってしまった。

 絶対嘘だ。

 たくらんでまーっすって顔で何言ってるんだか。


「そこまでの謝罪は求めておりませんので、お断り致します」


「断られてもお誘いしますよ」


「結構です」


 お互い笑顔の下でバチバチとやりあっていると、ふっと空気がやわらぐ。

 ニヤリからにこりに変わったからか。


「もう咳は出ませんか?」


「あ、はい。もうほとんど」


「それは良かった」


 ふっと目元が緩んだと思ったのに、次の瞬間にはまたニヤリに戻っている。

 何この人。怖い。


「今日は仕事は何時までの予定ですか?」


「病院に診断書を貰いに行くので早退します」


「それは何時ですか?」


「お答えしかねます」


「……ではこちらで勝手に調べます」


 調べます?

 何突然言ってるのかしら。

 腐っても一部上場企業。社員の個人情報の取り扱いはかなり厳重なのに。

 調べますって言ったって、わかるはずもない。

 呆然としていると、くすりと川西さんは微笑んだ。


「病院までお送りしましょう」


「結構です」


 すげなくお断りさせていただいたのに、全くもって表情を変えたりしない。

 この人、全然思考パターンが読めない。初対面なので性格もわからないし。

 ふーっと溜息を吐き出してから、こほんと一度咳払いをする。


「川西さんの会社を訴えたりだとか、事を大事にしようだなんて全く考えていません。ですので、そこまで気を回していただかなくても大丈夫ですよ」


「そういう意図ではないのだが」


 困ったように眉を寄せて苦笑する姿さえ絵になる。

 今通り過ぎた人が見とれていた。

 多分、仕事が絡んでいなかったら、わーイケメンがいるー! って絶対魅入っちゃいそうだもん。私だって。


「一目ボレしました。今晩一緒に食事でもいかがですか?」


「絶対嘘! 信じない!」


 私の返事に、イケメンはふっと頬を緩めた。

 何故かその目がとても優しく見えた。

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