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第九話 あの子はだあれ?


 神社からほど近い森の中に、木剣を振るう音が断続的に響く。


「そろそろ終いにしよう、お前の体にも随分負担がかかったようだしな」


 朝早くから続いていた修練は、いつの間にか太陽が真上に昇るまで続いていた。

 亡霊さんが剣の達人とはいえ、こうして常に体を動かしていなければ、容易すく腕は錆び付いてしまうという。

 神社が落ち着いてからは、こうやって亡霊さんに体を貸すのが日課になっていた。

 

「まだ、大丈夫、ですけど」

  

 亡霊さんから俺に感覚が戻った瞬間、全身にどっと疲労が押し寄せていた。関節や筋肉が痺れて、まともに立つことすら難しい。


「息が上がっているぞ」


 思わず木剣を杖代わりにした俺を見て、亡霊さんが軽く笑った。 


「済みません、俺が不甲斐なくて」

「気にするな、私の腕がまだまだ未熟だったのだろう」

「そんなことは」


 自分を卑下するような言葉を聞いて、思わず反論していた。亡霊さんの腕で未熟なら、いったい達人はどれだけ強いんだ。


「真の剣術というものは、万人に使えるものだ。老いていても幼くとも、男にも女人にも、小さかろうと大きかろうと。お前をそこまで消耗させてしまったのは、無駄な動きを重ねた結果だ」


 年齢、性別、体格に関わらず、どんな人間であっても自然に可能なもの。それが、かつて亡霊さんの求めていた剣らしい。


「思い出したんですか?」

「相変わらず、私が何者なのかについてはさっぱり分からん。だが、剣の道に関することは、徐々に頭の中に浮かび上がっている」


 そう言って、嬉しいとも悲しいとも取れる表情になる亡霊さん。

 一体彼に、どのような言葉を掛ければ良いのだろうか。早く思い出せたらいいですね、なんて安っぽい言葉はとても言えない。

 暫く考えても、丁度良い台詞はまるで思い付かなかった。


                              ※ 


 森を抜けて神社の遠景が見え始めた頃、前方から騒がしい声が聞こえてきた。 


「お姉ちゃん、あれ見せてー!」

「はいはい、しょうがないわね」


 参道のルリを取り囲んでいるのは、近所の子供達。建て替えの際に遊びに来て、そのときにルリのことが気に入ったようだ。

 ルリが数体の式神を動かし、人形劇のような芸をみせる度に、子供たちは大きな歓声を挙げてはしゃいでいた。


「ねぇ、それって私にも出来るの?」

「そうね、努力すれば私の半分くらいは出来るようになるかしら」

「本当!」


 子供達の羨望のまなざしを受けて、ルリはいつも以上に機嫌よさそうだった。


「ただいま、ルリ」

「あ、お帰りなさい。じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」


 ルリに声を掛けた瞬間、子供達の視線が一斉にこちらへ向いた。俺はルリと違って、子供は少し苦手だ。


「ユウお兄ちゃんってさー、剣の達人なんだよね!」

「いや、そんなことはないけど……」


 剣の腕を褒められても、どう返してよいか困ってしまう。あれは、亡霊さんのものなのに。


「謙遜しなくてもいいのに」


 照れていると思っているのか、にやにやしながら肘で付いてくるルリに対しても、曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

 

「ユウお兄ちゃん、剣術教えてー」

「ええっと、今は……無理かな」

「けちー」


 子供は何を考えているか分からないし、高い声できゃんきゃんとうるさい。昔は自分もそうだったことは分かっているけれど、やっぱり苦手なものは苦手だった。


「ほらほら、我儘言わないの。あんたたちも家に帰ってご飯食べてきなさい」

「はーい」


 ルリに諭され、それぞれの家へ帰っていく子供達。


「そう言えば、モモは?」

「空き部屋の整理を手伝ってくれてたけど、もう終わった頃かしらね」


 殆ど原型を留めていなかった神社だが、残骸の奥には色々なものが眠っていた。発見された雑貨や家具等の内、まだ使用可能なものは修復するなどして再利用することにしていた。

 今は纏めて空き部屋に押し込まれているが、いずれしかるべき所に収まるだろう。


「ただいまー」


 社務所の扉を開けば、どたどたと掛けてくる大きな足音が。


「おかえりなさい、ユウ!」


 掃除の名残か、あちこちに埃を付けたまま駆け寄ってきたモモ。


「モモはいつも元気だな」

「えへへ」


 いつものようにモモの頭を撫でれば、花が咲いたような笑顔が返ってきた、


「頂きます」

「いただきまーす」


 今日の昼食は、雑穀のおにぎりと山菜のおひたし。あっちの濃い味が少し懐かしいけど、慣れればこれはこれで悪くない。


「ルリは子供に好かれるんだな」

「あっちが勝手に懐いてきたのよ、どっちかって言えば迷惑なんだから」


 そう口では言いながらも、ルリの頬は自然と緩んでいた。


「そう言えばさ、子供達の中に気になる子がいたんだけど」


 その子はルリと遊んでいた子供達の集団から離れ、参道脇の森の中に一人で立っていた。


「そんな子、いたかしら?」

 

 覚えがないのだろうか、首を傾けるルリ。


「ひとりは、さみしいよ」


 モモがぽつりと呟いた言葉には、自身の経験からくる重みが含まれていて。


「そうだね、今度会ったらそれとなく話し掛けてあげようかな」


 不意に心の中には、あの子に何かしてあげたいという思いが浮かんでいた。


「ユウに子供の相手が出来るからしら。今日もたじたじだったじゃない」

「……努力します」


 子供が苦手だとルリにはすっかりお見通しだったようだ。果たして明日、まともに会話することが出来るだろうか。


                                 ※


 次の日、修練をいつもより早めに終わらせてもらい、昨日あの子を見た辺りを探索していた、


「ルリお姉ちゃん、またあれ見せてー!」

「もう、急かさないの」


 参道からは、またルリと子供達のはしゃぐ声が聞こえる。


「あの」


 と、不意に掛けられた声の方を向けば。


「うわっ!?」


 そこにいたのは、昨日見た一人ぼっちの子供だった。

 年の頃は九、十くらい、髪は短いおかっぱで、他の子が着ているものと同様の質素な服装をしていた。

 儚げで可憐な顔立ちと、何より遠くを見つめているような澄んだ目は、明らかに普通の子供と違った印象を受ける。


 こちらが呼び掛けられることは想定していなかったので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「お兄ちゃん、名前は?」


 気にしていないのか、少女は淡々とした口調でこちらへ話しかける。


「ユウ、だけど」

「ユウお兄ちゃん」

「君は?」

「リン」 

 

 リンと名乗った少女はそこで会話を止め、こちらへ真っ直ぐに視線を向けたまま黙ってしまった。

 出ばなを挫かれたが、ここで見つめあっていても仕方がない。

 思い切って、こちから話し掛けてみる。

 

「君は、ここが好きなの?」

「うん、楽しそうなみんなを見れるから」


 そう言った少女の視線は、参道で遊ぶルリと子供達へ向けられている。

 少女の優しげな視線を見て、口から自然と言葉が出ていた。 


「俺も一緒にいていいかな?」

「……いいよ」


 ゆっくりと頷いたリンの隣に座り、俺も一緒にルリ達を見ることに。あまりに真剣に見つめるリンの横顔を、いつの間にか視線から離せずにいた。


「お兄ちゃん」


 リンの穏やかな声で、次第に意識が覚醒していく。

 目を開ければ、リンの涼やかな瞳がじいっとこちらを観察していた。


「もしかして、寝てた?」


 気が付けば既に日も暮れかけており、空に浮かぶ入道雲が赤々と染まっていた。どうやら、リンを見ている内に眠りこけてしまったらしい。


「うん」

「俺から言い出したのに、ごめんな」

「ううん、楽しかったよ」


 頭を下げた俺に対して、リンは微かな笑みで返した。


「そう……なの?」

「じゃあね」


 困惑がまだ解けない内に、リンは不意に反転して走り出した。


「あ、ちょっと待っ」


 呼び止める間もなく、リンの姿はいつの間にか森の中へと消えていった。


 次の日、昨日と全く同じ場所に、ルリ達を見つめるリンの姿があった。

 今度は俺が見つけてやったと、少しの満足感を覚えつつ呼び掛ける。


「またここにいるんだね」

「ユウお兄ちゃん」


 振り返ったリンは、控えめな笑みで返してくれた。まだ自信はないけど、少しは打ち解けられたかな。


「ねぇ、一緒に遊んでくれない」


 と、リンの口から出たのは、また予想外の言葉で。


「いいけど、急にまたどうして?」

「何して遊ぼうか」


 戸惑いながら頷けば、リンは遊びの内容を問い掛けてきた。


「じゃあ、かくれんぼとかは?みんなで遊べば楽しいよ」

「お兄ちゃんと二人がいい」


 ここはあえて奇をてらわずに、定番の遊びを提案してみた。ついでに、皆と打ち解ける機会を設けてみようと思ったのだが、欲張りすぎたようだ。


 リンとの二人だけのかくれんぼは、俺の予想に反しかなり白熱していた。森に慣れているのか、リンのかくれんぼ技術はどこかの特殊部隊かと思うほど洗練されており。結局最後までリンに勝つことは出来なかった。


「もうこんな時間か、すっかり遅くなっちゃったな」


 気が付けば、また空は明らみ始めていて。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 簡潔に礼を告げたリンは、昨日と同じくいつの間にか姿を消していた。


                                ※


 そんな奇妙な関係が、数日続いたある日。


「また遅くなっちゃったな」


 今日も今日とて、俺はリンに惨敗を期していた。


「楽しかったよ、お兄ちゃん」

「そうか、そりゃよかっ……」


 いつもとは少し違う言葉を告げたリンの方を振り向いて、俺は言葉を無くしていた。

 リンの体が、亡霊さんのように半透明になっていたのだ。


「私のことが見えるのに、全然気づいてなかったんだね」


 儚げに笑うリンの体は、次第に薄くなっていた。


 みんなと一緒に遊んでいなかったのは、みんなにはこの子ことが見えないから。そう考えれば、ルリが気付いていなかったことにも説明が付く。

 亡霊さんが見えるのだから、こうして普通の霊が見えてもおかしくない。よく考えれば思い付きそうなことだけど、全く想像してもいなかった。


「そんな、待ってくれ!」

「ありがとう、お兄ちゃん。これで私も、向うに行けるみたい」


 今までで一番綺麗で、一点の曇りもない晴れやかな笑顔。 

 それが、俺が見たリンの最後だった。


 と、森の奥から誰かがの走る音が聞こえた。


「ユウ! さっき子供たちから聞いたんだけど……って、遅かったみたいね」

 

 現れたのは、慌てた様子のルリ。


「……どうして」

「そんな顔を見せられれば、嫌でも察するわよ」


 正面にいる筈のルリの顔は、魚眼レンズで写したように歪んでいた。  


 ルリは、子供達から聞いた話として語り出した。

 およそ二か月前、この周辺で山崩れが起こった。幸い規模は小さく被害は軽度だったものの、猟師の一家が巻き込まれて亡くなったそうだ。

 その家には、引っ込み思案な女の子がいたという。いつも皆の群れに入れずに、呼び掛けても逃げてしまっていたそうだ。

 子供の一人は、もっと優しく誘っていたら一回だけでも遊べたかもしれない、と悔やんでいたらしい。


「俺は、あの子に何か出来たんだろうか」


 きっとあの子は、皆と一緒に遊びたかったのだろう。けれど実際は、たった二人だけで遊ぶことしか出来なかった。

 もっと早く気付けていれば、別のやり方があったかもしれない。


 そう語る俺に、ルリは不意に距離を詰めて。


「ルリ……!?」


 その細く柔らかな腕を背中に回し、俺の体全体を優しく抱きしめていた。ルリの暖かさが直接伝わり、体の芯が熱くなる。


「ユウは、凄いわね」

「凄い? 俺が?」


 至近距離で告げられたルリの言葉に、思わず聞き返していた。


「剣の腕も凄いけど、あんたが本当に凄いのはその優しさよ。 今日昨日会った誰かの為に真剣に泣くことが出来るユウは、それだけで凄い」


 それは紛れもなく、俺の心、俺自身に向けられたものだった。


「ありがとう……」 


 ルリの腕の中に抱かれ、暫し穏やかな時間が流れる。 

 涙は、いつの間にか止まっていた。

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