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第八話 素直な言葉で

 ぽつぽつと雑草の生えた木陰に、茣蓙ござを敷いて座る。

 正面に座るルリが見つめているのは、もうすっかり俺達の家となっていたあの神社。

 いつもは俺達以外に訪れる者のないそこから、今は大勢の人の騒がしい声が聞こえていた。


「数日で随分形になるものね」


 ルリが目を向けた先では、大勢の大工達が精力的に作業をしている。

 数日前から始まった建て替え作業も、目に見える形で成果が見え始めていた。


 オオオニ退治の報酬に、リュウ騒ぎのお礼を合わせて、俺達はここ数日で結構な額を手にしていた。

 そのお金を、思い切って神社の改修工事につぎ込んだのだ。

 自分の意思で来たわけではなかったが、何だかんだでこの神社にも愛着が湧いていた。この先もここを生活の場として使うのなら、居心地がいいことに越したことはない。


「村のみんなが手伝ってくれたおかげかな」


 建て替え作業には、大工以外にも手の空いた村人達が入れ代わり立ち代わり参加してくれていた。宴会の時もそうだったが、ここの村人達の思いやりには頭が下がる。 


「まあ、一番働いてるのはあの子でしょうね」


 と、視線の先でせわしなく動く大きな影が目に留まった。


「嬢ちゃん、こいつを運んでくれるか」

「うん!」


 その体躯と力を活かし、モモは主に荷物運びとして活躍していた。常人の二倍三倍の荷物を一気に運んでいくモモは、大工達の評判も良かった。

 ルリは、大工の中に混じって精力的に作業をこなすモモを複雑な表情で見つめていた。


「不思議なものね、自分と同じ種族の中では疎まれていたあの子が、人間の中であんなに楽しそうにしている」


 例えば、犬が四本足で歩いるのを見ても普通は何とも思わない。けれど、人間が同じことをすれば奇異の目で見られるだろう。

 自分達と同じでなく、最初からそういうものだと思っていれば違和感を感じなくなる。と、亡霊さんが言っていた。


 丁度そのとき、材木を運び終えたモモが凄まじい勢いでこちらへ走ってきた。


「ユウ! モモがんばったよ、ほめてほめて!」


 目の前でモモが急停止すれば、連れてきた風が髪を巻き上げていた。

 撫でやすい位置まで屈み、爛々と目を輝かせてご褒美を催促するモモ。


「そうか、偉いなモモは」

「えへへ」


 優しく頭を撫でてあげれば、モモは心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。あまりに嬉しそうにしているので、なんだかこっちまで幸せな気分になっていた。


「もっとがんばるから、こんどはもっとほめてね!」


 そう言って、モモはまた大工達の中へと帰って行った。


「よし、休憩も終わりにして頑張るか」

「そうね、私たちの家なんだし」


 モモの後に続いて、俺達も神社へと歩き出した。空を見上げれば、ぼんやりと浮いたうろこ雲がゆっくりと西へ流れていた。


                                 ※


「ようし、これで完成だ!」


 日もすっかり傾いた頃、すっかり真新しくなった神社の前で、棟梁が高らかに宣言した。


「かんせい!かんせい!」

「はしゃぎすぎてさっそく壊すんじゃないわよ」

 

 全身で喜びを表すモモを。穏やかに苦笑しながら窘めているルリ。


「あの、ありがとうございました」

「気にすんな、いつの間にかこの神社を忘れちまった俺達の方にも責任はあるんだしよ」


 頭を下げた俺に対して、棟梁は額の汗をぬぐいながら軽く笑っていた。


「前から聞きたかったんですけど、この神社って一体何なんですか?」

「さあ…… 爺さん婆さんが子供の頃からあったって話だし、その頃から誰も住んでなかったらしいからなぁ」

「そう、ですか」


 今までも村人達にそれとなく聞いていたが、帰ってきたのは棟梁のそれと同じようなものばかりだった。こうなると、神社についてこの村で調べるのは絶望的になる。

 ついでにあいつのことや、亡霊さんのことについても訪ねていたものの、目ぼしい情報は無かった。


「何だか知らねえがそう落ち込むなって、あんな綺麗な嫁さんがいるんだからよ」


 そう言って、他の大工と工事費用について話しているルリを見遣る棟梁。


「よ、嫁……!?」


 全く予想外の言葉に、思わず思考が停止する。


「せっかく新しい家になったんだし、今日はじっくり楽しめよ!」

 

 笑い声と共に激しく肩を叩いて、棟梁は去って行った。


「どうしたの、ぼーっと突っ立って」

「うわぁ!?」


 タイミングがタイミングなだけに、真後ろからルリに話しかけられてものすごい勢いで反応してしまった。


「な、何よ。 そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 きょとんとした顔でこちらを見るルリ。


「あ、いや、その……」


 それから暫く、俺はルリの顔をまともに見れなかった。


                           ※

 

 真新しい家の匂いが漂う社務所の中、俺達三人は居間の机を囲んで夕食を取っていた、

 社務所は最早原型を留めていなかったため、ほぼ新築されていたのだ。


「いただきまーす」

「頂きます」


 今日の夕食は、雑穀米と山菜のお味噌汁に、おかずが一品。塩を振った川魚の香ばしく焼けた匂いが、食欲を刺激する。新築祝いにかこつけて奮発したかいがあったな。

 夕飯はほぼルリが一人で作り終えた。手際の良さに驚く俺たちに、一人旅をしている途中になんとなく身に付いただけよ。なんて照れくさそうに笑っていた。


「もう、ちゃんと噛んで食べなさいよ」

「はーい!」

 

 勢いよくご飯を掻き込むモモを、柔らかく注意するルリ。まるで子供の面倒を見る母親のようだった。

 と、先程の棟梁の言葉が不意に記憶から浮ぶ。ルリが母親なら、俺は父親ってことになるよな。


「なーにー、さっきからじっと見つめてさ、あたしの顔になんか付いてるの?」

「な、何でもない」


 不埒な想像を巡らせていたことが気恥ずかしくなり、思わず目を逸らしてしまう。


「何かあるならはっきり言ってよ、言葉にしなきゃ分からないこともあるんだから」

「……分かった」


 暫し逡巡した後、俺は棟梁がルリを嫁だと誤解していたことを伝えた。


「ってことなんだけど」

「よ、よよよよよ……嫁!?」


 話を聞き終えたルリは、瞬間湯沸かし器のように耳まで真っ赤になって驚いていた。


「あんたは、あんたはどう、思ってるのよ」


 真っ赤な顔のまま俯いたルリが、途切れ途切れに話しかけてきた。


「どうって?」

「あ、あたしのこと、そういう風に意識してるかって聞いてるの!」


 そんなことを聞かれても、何と答えてよいのか分からない。ルリのことは出会った時から気になっていたけど、それがどんな気持ちかなんて、考えたこともなかった。


「戸惑っているのか?」

 

 困った俺を見かねたのか、亡霊さんが不意に言葉を掛けてきた。 ルリに気付かれないように、無言で微かにうなずく。


「男女のことはよく分からないが、自分を偽るのは互いによくない結果を招く」


 諭すでもなく、淡々とした口調で語る亡霊さんの言葉は、それだけに妙な説得力があった。

 多少どころではない照れはあったが、ここで嘘を付くのは確かによくない。


「そりゃ意識してるよ。 ルリは綺麗だし、頼りになるし、料理も上手いし……」


 今にも発火しそうな顔の火照りをどうにか抑えつつ、正直な気持ちを伝えた。これが恋とか愛なのかまでは分からないが、ルリのことを好ましく思っていることは事実だ。


「そう……なんだ」


 それから少しの間、ルリは黙って考え込んでいた。多分時間にすれば数十秒もなかっただろう、けれど俺にとっては永遠にも感じられたときを経て、ルリはゆっくりと口を開いた。


「あたしも、ユウのことは」


 ルリが返答を告げようとした、その瞬間。


「モモは?」

「えっ?」


 夕飯を食べ終わったモモが、何の前触れもなく会話に参加してきた。


「ユウは、モモのことどう思ってるのー?」


 くりくりと目を丸くして、無邪気に問いかけるモモ。


「優しくて、頑張り屋さんで、可愛いいって思ってるかな」


 モモに対しても、自分の好意を素直に伝えた。一回経験したからなのか、ルリの時よりは緊張せずに伝えることが出来た。


「ほんとに!ほんとに!」


 それを聞き、瞬時に感情を爆発させるモモ。嬉しさのあまりか、モモは突然体をぎゅうっと押し付けていた。


「ちょ、ちょっと待って……!?」


 抵抗する間もなく、俺の体はモモの体に包まれてしまった。柔らかい感触が凄まじい力で体中に当たり、気持ちいいやら苦しいやら。


「うれしい!とってもうれしいよ!」

「嬉しいのは分かるけど、ユウが窒息しちゃうわよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 ルリに優しくたしなめられ、申し訳なさそうに体を離すモモ。

 モモの拘束から解かれて見たルリの顔は、普段通りの表情になっていて。さっきルリが何を言いかけたのかは、結局分からずじまいだった。 

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