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第六話 鎧の主は

「この辺りでございやす」


 細い獣道を小一時間ほど歩いて着いたのは、鬱蒼とした森林が広がる山の奥。 


「酷い荒されようね」


 普段なら、高い木が見渡す限り立ち並んでいる穏やかな森なのだろう。しかし今は、根元から無残に折られた木や、強い衝撃で幹を円形に抉られた大木等、あちこちに破壊の爪後がはっきりと見える。


「そのアヤカシって、具体的にどんな奴だったの?」

「あっしも間直で見たわけではないのですが、


 その高さおよそ九、十尺(270~300cm)全身に鎧を着込んでおり、その剛力が一度振るわれれば、一瞬で周囲全てが薙ぎ払われる程の被害が出るという。性格は凶暴極まりなく、恐ろしい唸り声を発して襲い掛かってくるそうだ。


「そんなに恐ろしいアヤカシなの……」


 俄には信じがたい情報を聞き、青ざめるルリ。もしそんな奴と真っ向から戦うことになったら、果たして勝てるだろうか。


「旦那、あれですぜ!」


 と、周囲を警戒していたゴンキチが、森のある一点を指さした。  

 一瞬、遠近感が狂ったのかと錯覚した。そのアヤカシは、まだ数十m離れているはずだというのにすぐ近くにいるような威圧感を放っている。

 燃えるような真紅の兜に、全身をくまなく覆う漆塗りの鎧に、両手は銀色の籠手に覆われている。この前戦ったオオオ二もかなり大きかったが、それより更に一回りほど大きな体躯を持っていた。

 鎧のアヤカシがゆっくりと歩くたびに、地鳴りのような音が周囲に響く。 


「……まともに戦って勝つのは難しそうだな」 


 亡霊さんの剣術とルリの陰陽術を駆使したとしても、奴と正面から戦うのは無謀だろう。 


「い、一旦作戦を立てましょう」


 ルリも同じことを考えていたようで、ここは退くことになった。 


 鎧のアヤカシがいた場所から離れ、三人で座って作戦を立てる。


「あの見た目からして、力は強そうね」

「その分頭は回らなそうだから、何か罠を仕掛けられれば」


 見たところ、知略で戦うようには見えなかった。ゴンキチの話も合わせれば、大斧を豪快に振り回す巨体を活かした戦い方を好んでいるのだろう。

 わざわざ相手の得意分野に乗る必要はない、俺達は、奴と勝負をしに来たわけではないのだから。


「罠、ね」


 そう呟いたルリの視線が、ある者へ向く。相手を騙すのなら、打ってつけの人材がここにはいた。


「……どうしてあっしを見遣るんで?」


 作戦会議から数十分後、俺達は再び、鎧のアヤカシの元にいた。   


「ほ、本当にやるんですかい?」

「大丈夫、骨は拾ってあげるから」


 にっこりと笑ったルリが、思いっきりゴンキチの背中を押す。


「不吉な事は言わんでくだせぇ!」


 今にも泣きだしそうな表情をしながら、ゴンキチが鎧のアヤカシの方へ走り出した。 


「こうなったら、自棄っぱちでござんす!」


 ゴンキチの体が消え、周囲一帯を白煙が包む。これで、奴の視界を封じた。

 

 と、奴がいた方向から、大きな地響きが響き渡った。


「よし、穴に落ちた!」


 俺達三人で、奴の進路に落とし穴を掘っておいたのだ。時間不足で奴の高さを超えるほどの深いものは掘れなかったが、行動を止める分には十分だ。


「行きなさい、式神!」


 ルリの合図を受けた何体もの式神達が、縄を手に持って動き出す。煙が晴れたそこには、穴に嵌ったまま縛られた鎧のアヤカシの姿が。


「いくら力が強かろうと、これだけがんじがらめに縛れば」


 元の体が見えない程に全身縄だらけになった鎧のアヤカシを見て、不敵に笑うルリ。


 が、その余裕も、わずか数秒しか続かなかった。


 暫く紐と格闘していた鎧のアヤカシが、言葉にならない唸り声を挙げる。獰猛な猛獣のような離れていても肌にぴりぴりと感じるその凄まじい声量は、耳を塞がなければ鼓膜が破けてしまいそうなほど。 

 数秒経ってようやく唸り声が止んだ、そこには。


「嘘……」


 紐を全て引きちぎり、自由になった鎧のアヤカシの姿が。アヤカシは全身から怒りを発露させ、手当たり次第に周囲全てを破壊している。

 その凄まじさは、小型の台風が巻き起こったようだった。


「あちらさん、トサカに来てるようでござんす!」


 こっちに戻ってきたゴンキチが、わたわたと慌てだす。


「見りゃ分かるわよ!」

「仕方ない、戦うぞ!」


 このまま破壊を続けられたら、この森自体が危ない。最悪の結果になる前に、何としても止めなければ。


「亡霊さん、頼みます」

「承知した」


 目を閉じ、亡霊さんに体を預ける。


「貴様に恨みはないが、これ以上はやらせん!」


 刀を抜いた亡霊さんが、鎧のアヤカシの正面に進み出た。

 最早周りが見えていないのか、鎧のアヤカシは乱入者に目もくれず。ひたすら破壊を繰り返している。

 ひとつでも喰らえば致命傷になりかねない中でも、全く動じることなく歩いていく亡霊さん。そこに攻撃が来ないことが分かっているような動きで、あっという間に刀の届く間合いにまで近づいた。

 

 アヤカシが振り下ろす鋼の拳と、亡霊さんの振う剣が交錯し掛けた、そのとき。

 

「待ってください!」


 突然響き渡った声に、思わず周囲の時が止まる。声の方向を見れば、そこにいたのは。


「あの時の……? 何でここに」


 この村に来る途中に出会った、白い服の女性だった。


「もう止めて、モモ!」


 鎧のアヤカシに向け、必死に語り掛ける女性。


「おねぇ……ちゃん?」


 それに反応するように、鎧のアヤカシが言葉を発する。その声は、俺達の予想外のもので。


「女の子だったの!?」

「ま、全く気付かなかったでござんす」


 鎧に反響しながら聞こえた高い声は、か細い少女のものとしか思えなかった。 さっき聞いた唸り声も、今考えればどことなく女性のものだったような気がしないでもない。


「もうモモのことはほおっておいて!」

「待って、モモ!」


 モモと呼ばれた鎧のアヤカシは、凄まじい勢いで森の奥へと消えていった。後に残されたのは、呆然と森の奥を見つめる女性と、さっぱり事態を飲み込めていない俺達だった。


 リンカと名乗った白い服の女性は、俺達を前にとつとつと語り出した。


「あの子……モモは、私の妹なんです」

「妹って、どう見ても」

「大きさが違いすぎるでござんすな」


 目の前のリンカさんは、確かに女性としては大きい部類に入る。けれど、3m弱の鎧のアヤカシと比べれば、差は歴然だ。


「まずは、私たちヤシャクについて話さなければなりませんね」

「確か、とても大きな体躯を持つアヤカシだったっけ」

 

 ヤシャクとは、その名の通り八尺(約240cm)ほどの大きな体を持つアヤカシ。大きさ以外は人間に近く、山奥にひっそりと暮らしている穏やかな種族だそうだ。

 

「でも、このお嬢ちゃんは普通の背丈でござんすよ?」

「私たちの大きな体は、普段の生活、特に人間と触れ合うときには不便です。なので人里に出るときには、一族に伝わる術で背丈を縮めているんです」 

「だったら、あの子は何で……」


 そんな術があるなら、あの子はどうして大きな体のままだったのか。そもそも、何でこんな場所で暴れ回ってるんだ。


「あの子は、生まれつき力が強すぎるんです」


 同年代のヤシャクよりも明らかに大きな体を持つモモは、反動なのか力の制御が不得手であり、そのことで周りから疎まれていたという。

 元々心優しい性格のモモは、たとえどんな扱いを受けてもやり返すことはせずにずっと耐えていたそうだ。 

 しかし、その我慢も限界を迎える時が来た。


「一か月程前のある日、モモは何も言わずに姿を消しました」


 それからリンカさんは、モモを探して麓の村を探し回っていた。この村に来たのも、強大なアヤカシに襲われたとの噂を聞き付けたから。その強大なアヤカシとは、モモのことではないかと思ったそうだ。


「ちょっと待って、話だけ聞けばそのモモって子は、自分から周りに危害を加える性格じゃないんでしょ? でも、さっき見た限りでは、とてもそんな風には見えなかったわよ」


「……もしかすると、あっしらのせいかもしれません」


 突如として現れた不気味な鎧に対して、ゴンキチ達は住処を守るために攻撃を仕掛けた。まさか中に少女が入っているとは想像もしていなかったという。


「そりゃ、あの巨体だもんねぇ」


 元々争いを好まない性格の狸たちは、目の前に現れた巨大な鎧を前に、恐慌状態に陥ってしまったのだろう。


「しかし、最初に攻撃を仕掛けたのはこちらでござんす。もっと平和裏に話し合っていれば、こんなことには」


 今考えてみれば、鎧のアヤカシが自分から攻撃することは無かった。見た目に囚われて、判断を誤ってしまったとゴンキチは悔やむ。 


「そういえば、あの鎧は?」

「あれは、私たちの村に古くから伝わるもので、かつての英雄が使っていたとされるものです。あの大きさゆえに、普通のヤシャクではまともに着ることすら叶わず、ほぼ放置されていたのですが……」


 かつて鎧を使っていた英雄は、モモよりも更に一回り大きな体格だったという。当然鎧の大きさもその英雄に合わせて作られており、英雄の死の以後、誰も着ることが叶わないままだったという。

 ほかのヤシャクと比べても明らかに大きな体躯を持つモモには、打ってつけの装備だった。村の外について全く知らないモモは、あくまで自身の身を守る為にあの鎧を拝借したのだろう。


「モモちゃんがどこにいるか、見当は付きますか?」

「え、ええ。あの、どうされるつもりですか」


 少し怯えた、それでも毅然とした口調でリンカさんは答える。


「安心して、あたしもユウも、こんな話を聞かされてわざわざ退治に行くほど冷徹じゃないわよ」

「今回の件、あっしにも責任の一端はござんす。あっしも連れてってくだせぇ!」


 俺の気持ちを代弁してくれたルリと、それに同意するゴンキチの言葉が続く。 

 

「皆さん……」


 少しだけ表情を和らげたリンカさんの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。

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