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第五話 龍の威を借りる

 何度も頭を下げながら帰る女性を見送った後、俺達はこの頼みを受けるべきか話し合っていた。


「リュウが相手なんて、絶対無理に決まってる」

「そうなの?」

「天地万来を操り、一度暴れ出せばクニ一つ容易に消し去るとも言わているわ。 アヤカシを越えて、最早カミに近い存在とも言われる存在よ」

 

 説明するルリの顔は険しい。


「でも、それくらい凄いアヤカシが、何で田舎の村にいるんだろう」


 それは単純な疑問だった。特に目立ったところのない普通の村に、そんな珍しいアヤカシがいるのだろうか。


「確かに、おかしいわね…… よっぽどその村に何かあるのかしら」

「まあ、行ってみれば分かるか」

「あんた、本気で行くつもり!?」

「困っている人が居るなら見過ごせないよ、わざわざ俺達を訪ねてくれたんだし」


 ルリに語ったことに偽りはないが、それ以外にも理由はある 今まで行ったことのない場所には、あいつに関しての情報があるかもしれない。


「でも……」

「大丈夫、ルリを巻き込むつもりは無いから。 俺一人でも、どうにかするよ」


 本人が乗り気でないのに、無理に誘うことはない。オオオニの件で助けてくれただけでも、十分ありがたいのだ。


 暫し考え込んでから、ルリはぽつりと呟いた。


「そこまで言われたら、あたしが臆病者みたいじゃない」

「来てくれるのか?」

「ほ、報酬は折半だからね!」


 照れ隠しなのか、ルリは急に頬を膨らませていた。

 

 そうして、俺達はリュウに襲われているという、タアリ村へ行くことになった。


                         ※


 タアリへの道のりは細い山道が続いており、山歩きに慣れていない俺にとっては、結構体力を使うものになっていた。

 ルリも同様に疲れたのか、あるいは俺の疲弊を察してくれたのか、丁度半分ほど進んだところで休憩をとっていた。


 事前にこしらえておいたお握りを頬張り、旅の疲れをとっていると。


「あの、すみません」


 声をかけてきたのは、20代後半くらいの綺麗な女性。 

 ワンピースのような薄くひらひらとした服を着ており、180cm以上はあるだろう長身も相まってモデルのような印象を受ける。  


「何か御用ですか?」

「ああすみません、タアリ村というのは、どちらに行けばよいのでしょうか?」


 幸いと言うべきか、女性と俺達の行先は同じ場所だった。


「それなら、ちょうどここを真っ直ぐですよ」


 あんな田舎に何の用だろうかと思いつつも、村の方向を指し占めす。


「そうですか、ありがとうございました」


 礼を告げ、颯爽と歩いていく女性。風を切るその姿は、異様なほど画になっていた。


「綺麗な人だったね」

「まあ、そうね」


 素直な感想を述べた俺を、じろりと睨むルリ。

 そのあと俺は、何故か不機嫌になったルリの対応に四苦八苦することになる。


 タアリ村へ辿り着いたのは、日も傾きかけた頃だった。 


「こんな所までわざわざ、よう来てくれました」


 村の入り口で待っていたのは、腰の曲がった白髪の老人。村長だという老人に、そのまま家へと案内される。


 田舎の村らしく、村長という立場に付いているとは思えないほど質素な家の中に、村長と向かい合って座る。


「リュウが出るという話ですけど……」

「はい、それが」


 重苦しい顔をした村長が喋り出そうとした、そのとき。


 激しい雷鳴が鳴り響き、室内に暗雲が漂い出した。


「この雲は……!?」


 家の中に雲が、それも真黒な雲が現れるなんて、これは一体。 


「愚かな人間達よ、どうやら、外から武芸者を呼んだようだな」


 驚く俺達に向け、地の底から響くような声が、どこからともなく聞こえてきた。


「ひ、ひぇぇ」


 その声を聴いた村長は、頭を抱えてがたがたと震えている。どうやらこの声の主が、村を襲っているリュウらしい。


「どんな者であっても、我を倒すのは不可能だ。命が惜しくば大人しく我に従え」


 脅し文句を最後にリュウの声は消え、暗雲もいつの間にか消えていた。 


「お、お願いします。 もうわしらには、どうしようも出来んのじゃ」


 すっかり憔悴しきった村長は、俺の両手を掴んで必死に懇願してきた。両手に伝わる皺くちゃの手の感触の前に、ここで断るという選択肢は存在していなかった。


 村長宅で一晩を明かした俺達は、リュウが最初に現れたという村近くの滝へ向かうことになった。


「ここね」

「見た所、普通の滝だよね」


 小一時間ほど歩いて辿り着いた、周囲を森林に囲まれた滝。高さは十四、五mくらいで、特に変わったところも見られない。


「本当にリュウがいるとして、何で急にあの村を標的にしたんだろう」

「リュウの機嫌を損ねるような事をしたのかしら。 村の人達に心当たりは無さそうだったけど」


 リュウというアヤカシはとても誇り高く、人間にとっては些細なことでも激高することがあるという。あの純朴そうな村人達が、リュウを怒らせるような暴挙を犯すとは思えないのだが。


 と、突如周囲が暗くなりどこからともなく雷鳴が響き渡った。これは、村で見たものと同じ。


「忠告を聞き入れなかったか、愚かな者達だ」


 空を覆う暗雲の中から、やはり村で聞いたものと同じ威厳ある声が響いてきた。


「まず話を聞かせてください、どうして村の人達を苦しめるんですか!」

「問答無用!」


 雷鳴の音が一層激しくなり、雨を伴って激しい風が吹き始めた。 


「我がその気になれば、貴様らなど一瞬で塵に変わる。 理解したのなら、早々に立ち去れ」

「ユウ」


 不安そうな顔でこちらを見るルリ、ここで撤退すべきか、それとも戦うべきか。


 迷っていると、亡霊さんがおもむろに口を開いた。


「私に考えがある、体を貸してくれないか」


 今の状況からすれば、渡りに船だ。無言でうなずき、そのまま体の制御を渡す。 


「ちょっと、どうしたの」

「ルリは下がってくれ、私がどうにかする」

「どうにかって!?」


 戸惑うルリを残し、亡霊さんは一人で滝壺へと向かう。


「向かってくるか、ならば、自らの愚かさを思い知るがいい」


 暴風は進むことが困難なほどに吹き荒れ、何本もの雷鳴が、体のすぐ近くで炸裂する。

 それでも、進む足が止まることはない。


「ユウ!」

「まやかしよ、去れ!」 


 視界全てを覆い尽くす黒雲の中で、亡霊さんは裂帛れっぱくの気合いと共に一閃した。天を衝く剣筋は滝を真っ二つに切り裂き、その上の黒雲をも振り払った。

 すると。


「あれ……?」


 雷鳴は止み、周囲には元の平穏が戻っていた。戸惑うルリが辺りを見回すと、俺達の背後の林から、草を揺らす音が聞こえた。


「た、タヌキ?」


 音のした方を見たルリが、間抜けな声を出す。


「あ、あわわわ」


 そこにいたのは俺にも見覚えのある、動物の狸だった。普通のそれと違う点は、人間のように二本の足で歩き、服を着用しているところだろうか。


「逃がさないわよ!」


 正体がばれたと見るや、全速力で逃げ出すタヌキ。しかし、ルリが放った式神の群れにあっさり捕まっていた。


「ゆ、許してくだせぇ!」


 ルリに尻尾を掴まれ、逆さになって謝るタヌキ。


「元々おかしいと思ってたのよ、リュウが住んでるにしては、気を感じないし。リュウのような強いアヤカシが居る場所は、常人でもそれと分かるくらいの凄まじい気が漂っている筈だわ」 

「さあて、どうしてくれようかしら。やっぱりタヌキ鍋かしらね」


 怯えるタヌキの顔を覗き込み、怪しく笑うルリ。正直少し怖い。


「ちょっと待って、まず話を聞こう。何でこんな事をしたの?」


 いきなり鍋にするのは、流石に無慈悲だろう。話が通じない相手ではないようだし、何か切羽詰まった理由があるのかも。


「あっしのような木っ端タヌキでも、リュウに化ければ、食料を手に入れられると思ったんでございやす」


 彼の名前はゴンキチ、周辺のタヌキ達を束ねる長のような役割をしており、今回の件も、群れのために一芝居うったとのこと。


「そもそも、どうして食料を手に入れようと思ったのさ」

 

 村人の話によれば、リュウが現れたのは半月ほど前だという。となれば、半月前にタヌキ達が食糧不足になる何かがあったのか。


「じ、実は……」


 元々彼らは、ここより更に山奥で、ひっそりと暮らしていたらしい。 

 しかし一か月程前、凄まじい強さを持ったアヤカシが突如現れ、一瞬で元の住処を追い出されてしまった。  


「たった一匹のアヤカシに追い出されるなんて、情けないわね」


 襲撃したアヤカシは、たった一体でタヌキの群れをあっという間に蹴散らしてしまったらしい。タヌキの戦闘能力は低いとしても、数十匹はいる群れを一体で蹴散らすとは。


「慣れない場所では食料集めも上手く行かず、苦肉の策として、あの村を襲おうと」


 人間を騙すことにも、最初は抵抗があったという。しかし、予想以上にリュウの振りがうまくいったことで、いつの間にか調子に乗ってしまった。

 他に食糧を見つける手立てがあれば、すぐにでも止めるつもりだったとのこと。


 そこまで話を聞いてしまえば、ここで見過ごすことは出来なかった。


「そいつを倒せば、君達はもう村を襲わなくてすむんだね」

「は、はい。元々人間に恨みがあったわけではございあせんし」


 腰をかがめ、ゴンキチと視線を合わせて話す。彼の瞳に、嘘の色は浮かんでいなかった。


「ちょっと待って、ユウ?」


 困惑するルリとは対照的に、俺の心は既に決まっていた。


「案内してくれるか、君達の元いた場所に」

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