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第三話 瑠璃色の出会い

 木立の中を一気に駆け抜け、少女とアヤカシの間に割って入る。 飛び込んで放った一閃が、数体のアヤカシを切り裂いた。武器はさっき拾った木の棒だというのに、凄まじい威力だ。


「あんた、一体……」


 いきなり現れた俺を見て、彼女は一瞬呆気に取られた表情になる。しかし、自然と庇う位置に俺が立つと、何かを察したように表情を切り替えた。


「あたしが後ろの奴を倒すから、あんたは前を!」


 彼女が素早く何かを唱えると、翳した杖から火球が連続で発射される。 後ろで油断していたアヤカシが、直撃を食らって吹き飛ばされた。


「承知!」


 それに呼応するように、幾重もの剣閃が周囲を切り裂いていく。


 十数体はいたアヤカシを全て倒すのに、それ程時間は掛からなかった。


「誰だか分からないけど、助かったわ」


 緊張が解けたのだろう、藍色の髪の少女は、花が咲いたような笑顔を見せた。 

 年の頃は同じくらいだろうか、ぱっちりとした眼が印象的な顔立ちからは、元気で可愛らしい印象を受ける。纏っているのは、淡い空色に染まる上下一揃えの袴。 動きやすさ重視なのか、袴の丈はかなり短く、裾には大胆な切れ込みが入っている。 

 亡霊さんが抜け、再び感覚を取り戻した筈の体。しかし何故か、彼女の姿を真正面から視れずにいた。


                           ※


「あんた、こんな所に住んでるの?」

「住んでる訳じゃないんですけど……」


 立ち話もなんだということで、取り合えずあの神社に彼女を案内した。

 穴だらけの床にどうにか二人分の場所を確保し、向かい合って腰を下ろす。


 ルリと名乗った彼女の話によれば、ここはワコクという島国らしい。日本じゃないのかと聞き返したら、そんな事も知らないのかと呆れられてしまった。

 更に話を聞くと、今この国は前の世界でいう戦国時代とよく似た時勢である事が分かった。バクーフの崩壊によって暫く国中が戦乱につつまれていたそうだが、セキハラの戦いでイエヤスが勝利した事によってそれも収まりつつあるという。

 しかし、未だ各国の情勢は荒れていて、ダイミョウの統制が及ばない地域では、アヤカシの動きが活発になっているとか。

 アヤカシとは、古来からこの国に住み着いている人ならざるものの総称。その全てが人にとって害と言うわけでもなく、人間と共存するものも少なくないらしい。

 彼女は人々に害を為すアヤカシを退治するために各国を巡っている最中で、ここオウミには暴れているオオオニの噂を聞きつけてやってきたという。

 ちなみにさっき戦っていたのはコオニというアヤカシで、オオオニの部下のような存在だとか。


「褒章もそこまで出ないくせに、あそこまで手下がいるなんて」


 本人の言葉によれば、助けに入るまでにコオニを数十体は倒していたらしい。増援の数が予想以上に多く、手が回らなかったそうだ。


「アヤカシを退治すれば、お金がもらえるんですか?」

「あんた、ほんとに何も知らないのね」


 各国のダイミョウもアヤカシには手を焼いているらしく、今回のオオオニのような特に危険なアヤカシを倒せば、行政側から懸賞金が出ることになっている。

 腕自慢の中には、各国を渡り歩きアヤカシを退治して回っているものもいるそうだ。


「不思議ね、あんなに強いのに」


 まじまじと見詰められ、思わず顔を逸らす。かなり頑張って会話していたが、少しでも気を抜くと、ルリの可愛さを意識してまともに頭が回らなくなってしまう。


「もしかして、何処かのお侍さんだったとか?」

「ええと」


 実は別の世界から来ていて、剣の腕は取り憑いた亡霊のものだ。なんて、言えないよなぁ。


「まあ、言いたくないなら別に良いんだけど」

「元々ここの出身? じゃなかったら、どうしてこんな田舎に?」

「人を、探してるんです」


 ここに来た目的を問われ、もしかしたらとあいつの特徴を出来る限り伝えた。


「うーん、それだけの手掛かりじゃ、探しようが無いわね」

「そうですか……」


 少し前までは、戦乱の影響で元いた土地を捨てて他の場所へ移るものも後を絶たない状況だった。そんな中でたった一人を探すのは、不可能に近いという。


「その子って、あんたの家族?」

「いえ」

「じゃあ、恋人?」

「そ、そそ、そんなんじゃないです」

 

 あいつはただの幼馴染で、別に好きとか嫌いとかそんなんじゃない。向こうだって、そう思ってる筈だ。

 

「……なんとなく分かったわ」


 何が分かったのかは分からないが、納得はしてくれたようだ。 


「ここからが本題なんだけど、協力してオオオニを倒さない?」

「倒すって、どうやって」

「あんたの剣術と、私の陰陽術があれば……」


 おんみょうじゅつ? 聞いた事がある気がするけど、何だったっけ。 


「一応、陰陽術についても話しておいた方がいいかしら」


 困惑が顔に出ていたのか、おんみょうじゅつについて全く無知だと察してくれたようだ。


「お、お願いします」

「説明より、実際に見せたほうが早いわよね」


 そう言ってルリは立ち上がり、歩いて少し距離を取った。


「私達陰陽師は、自然に流れる気を使って術を使うの」


 上に向けた掌に現れたのは、小さな火球。


「これって、さっきの?」


 今まで眼にした事の無い不可思議な光景に、思わずまじまじと見つめてしまう。


「それにね、こうやって、こうすれば」


 得意げな顔になったルリは、続けて小さな紙を取り出した。 

 再び何事か詠唱すると、紙が独りでに折りたたまれ、空中で小さな人の形になって動き出した。


「紙が、動いてる……?」

「これは、式神って言うの。複雑な動作は出来ないけど、ある程度なら勝手に動いてくれる」


 説明するルリの前で、式神は走り回ったり、飛んだり、座ったりと様々な行動を見せていた。  


「さて、作戦の説明を始めましょうか」


                           ※


 オウミの山中奥深くにある古びた砦。今ここに、大勢のアヤカシと、そのアヤカシによって連れ去られた女たちが集められていた。

 この砦は、かつて近くのダイミョウが建造したものだったが、戦乱が去った今は放置され、アヤカシであるオオオニによって占拠されていた。

 砦の入り口では、両腕をきつく縛られた女達が、次々と運び込まれていた。


「親分、女をつれてきました」


 砦の上部、かつては主の部屋として使われた場所に、一際大きなアヤカシの姿があった。

 溶岩のように赤い筋骨隆々の体は、部屋からはみ出さんばかり 幅が人二人分はあろうかという巨大な金棒を、軽々と片手で持ち上げていた。  


 コオニに連れられ、目の前に並べられた女達を見て、満足そうに頬を緩めるオオオニ。


「手筈通りにな」


 一列になった女達が、オオオニの前を通過して再び砦の奥へと戻っていく。


「おいそこの奴、止まれ」


 と、オオオニが、目深に笠を被った少女を呼び止めた。呼び止められた少女は、びくびく震えながらオオオニへと歩み寄る。


「喜べ、他の奴等は他所に連れて行かれるが、お前は俺が可愛がってやる。 嫌だとは言わせねぇ、ここでこいつに潰されるよりはいいだろ?」


 金棒をこれみよがしに見せつけ、少女を威圧するオオオニ。


「なるほど、あちこちの村に手を出してると思ったら、指図しているものがいるのね」


 が、先程まで怯えきっていた筈の少女が、不敵な笑みを浮かべつつ喋り出したではないか。


「何だ、てめぇ」

「一体誰が、何を企んでいるのか、洗いざらい喋ってもらうわよ!」


 勢いよく笠を脱ぎ捨てれば、そこに現れたのは、陰陽師姿になったルリだった。 


「親分、大変でさぁ!」


 ルリが正体を表すのとほぼ同時に、コオニ達が室内へ大慌てで駆け込んできた。 その顔は明らかに狼狽えており、定まっていない視点で意味のない言葉を叫んでいた。


「ここに連れて来られる間に、式神に火を付けさせたのよ」


 丁度その時、窓の外にはもうもうと立ち込める何本もの煙の柱が見え始めていた。この砦は、殆どが近くの森から切り出された木材で建造されている。 一度火が付いてしまえば、その勢いはとどまることを知らないだろう。

 

「ぐぬぬ……たった女一人だ、やっちまえ!」

「さあ、一人かしら?」


 怒りを露にするオオオニを前に、ルリは余裕に溢れた表情を浮かべていた。


                     ※


 砦から少し離れた山中に身を隠して数時間。空にもくもくと上がる暗色の煙が、はっきりと視認出来た。


「行くのだな、ユウ」


 呼びかける亡霊さんに、無言でうなずく。自分の意思で争いに突っ込んでいくなんて、これが初めてだ。 抑えようとしても、不安が心の何処かから湧き上がる。


「お前の申し出、返答していなかったな。 私は、自分が何者かを知りたい。 何故死に、何故この世に残ったのか」


 亡霊さんに比べれば、俺はまだ恵まれている。少なくとも、自分が何者かは知っているし、何がしたいのかもはっきりしている。そう考えれば、今まで抱いていた不安が、とても小さな物に思えていた。 


「私の力、お前に貸そう」

「ありがとうございます」


 差し出された亡霊さんの薄い手に、自分の手を重ねる。 


「こちらこそ、だな」


 ふっ、と軽く笑う亡霊さんを見て、こちらも自然と笑みが浮かんでいた。

 いつもの浮遊感と共に、体を亡霊さんへ預ける。 

 気が付けば、亡霊さんの操る俺の体が、砦へと疾走していた。


 砦の中は、予想以上の大混乱だった。元々統制が緩かったらしく、既に砦から逃げ出すコオニの姿も多数見られる。 

 通路を遮るコオニ達を切り捨てながら、一気に砦の中を走り抜ける。と、外側から閂が掛けられ、紐で何重にも固定されている部屋から、明らかに人の助けを求める声が聞こえてきた。


「亡霊さん、あの部屋を」

「大丈夫か!」


 紐ごと閂を叩き切り、扉を勢いよく開ける。そこには、両手を縛られた何人もの女性の姿が。

 恐らく、オオオニに捕まった人達だろう。思わずあいつの姿を目で追うが、影も形もなかった。


「速く逃げて、火の手が回る前に!」


 礼を言おうとする女性達を静止し、急いで避難させる。軽く頭を下げて、女性達は一目散に砦の外へと逃げて行った。   


「すまない、遅くなった」


 目的地にたどり着いたとき、既に火の手は砦全体を包もうとしていた。


「もう、待ってたわよ!」


 到着が遅れたせいか、一人で場を持たせていたルリの服にはあちこち擦り切れている。幸い怪我はしていないようだったが、このままでは危ない。 

 行く手を遮ろうとしたコオニを何体か蹴散らして、オオオニと相対するルリの前に駆け込んだ。 


「増援だと? だが、餓鬼一人に何が出来る!」


 目の前の巨体は、全身で怒りを露にし震えている。そのままオオオニは、全力で金棒を振り下ろした。

 重たい一撃を受け止め、持っていた太い枝が粉々に砕ける。いくら亡霊さんの剣の腕が卓越したものとはいえ、流石に丸腰では分が悪い。

 咄嗟に威力を反らしたものの、衝撃を受けて壁まで吹き飛ばされ、口から苦悶の声が漏れる。

  

「止めだ!」 


 その隙を逃すまいと、オオオニは走りながらもう一度金棒を振り上げた。


「ユウ、これを!」


 声がしたほうを見れば、砦に放置されていた日本刀を、ルリが思い切り投げ飛ばしていた。

 振り下ろされた金棒が体に直撃する寸前、刀は吸い込まれるように亡霊さんへと。


「少々古びているが、中々よい刀だ」


 刀を受け取った亡霊さんが呟いた、次の瞬間。

 金棒の持ち手から先が、丸ごと消えていた。一拍置いて、何かが床に落ちる衝突音が辺りに響く。

 凄まじい速度で描かれた剣筋は、まるで空中に稲光が奔ったかの如く。素人目には一瞬何かが光ったように見えただけで、気付けば刀は既に鞘の中へ納められていた。


「俺の金棒……が」


 何が起きたのか理解できず、うわ言を呟くオオオニ。放心したようにがっくりと膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。


「お、親分がやられた!」

「逃げろ!」


 自分達の大将が負けたのを見て、コオニ達は一目散に逃げ出して行った。


「そろそろ逃げたほうがよいのでは?」


 炎の回りは予想以上に速く、この部屋も大部分が煙に包まれようとしていた。 


「こいつから聞き出さないと」 

「何でも話すから、見逃してくれぇ」


 式神とルリに包囲されたオオオニは、情けない声を出して床に這いつくばっている。


「じゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ、あんたに女達を攫わせたのは、一体どこのどいつ?」

「あれは確か……」


 オオオニが喋り出そうとした、その時。


「伏せろ!」


 風を切る音と共に、飛来した矢がオオオニの頭を貫いていた。矢は正確に眉間を打ち抜いており、叫び声を上げる間もなくオオオニは絶命していた。


「一体、どこから」

「早く逃げねば、私たちも危ないぞ!」

 

 不思議がるルリの袖を引っ張り、燃え盛る砦から全速力で逃げ出す。

 丁度砦の外へ抜けたとき、火花の弾ける音を響かせて、砦がゆっくりと燃え落ちていった。 


「危機一髪だったわね!」

「まったく、無茶するんだから……」


 煤で汚れた頬を気にもせず、無邪気な笑みを浮かべるルリ。多少呆れつつも、その顔から目を離せずにいた。

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